終章 家族への手紙


 激マズポーションの一件からほどなくして、アリッサの名前を呼ぶ声がホール内に響く。どうやら、ギルドカードの発行が終わった様である。その声を聞いて、アリッサは意気揚々と飛び出し、呼び出された場所へと小走りをしながら向かう。

 呆れながらもキサラが後ろからついてきてくれているので、特に心配することは何もなかった。


 呼び出された場所は、最初に受付をした窓口であった。そのため、アリッサのギルドカードを受け渡したのも最初の受付嬢であった。受付嬢は、ギルドカードをテーブルの上に置き、アリッサに受け取ることを促す。


 「アリッサ様、こちらがギルドカードになります。今から冒険者組合での規則についてご説明いたしますが、よろしいですか?」

 「あ、はい。お願いします」

 「では、まず、冒険者組合のランクについてですが——————」


 そう言って、受付嬢の説明が始まる。手始めは冒険者組合のランクについて、つまりはギルドランクについてである。要約すると、段階は下から『ブロンズ』『シルバー』『ゴールド』『ミスリル』『オリハルコン』となっており、一定の基準を満たすことで一つ上のランクに上がれるといういうことであった。その基準というものは『レベル』と『クエストの達成』である。シルバーランクに上がるためには、レベル30を超えた後、冒険者組合が斡旋したシルバーランクの中でも難しくない依頼を達成することでなせるらしい。同じようにゴールドやミスリルに上がるときも同じである。

 ちなみに、『シルバーランク』の冒険者は、生活費をかなり切り詰めてようやくできるレベルの収入であるらしい。一応、シルバーランクになれば、組合が宿を一部屋格安で提供してはくれるが、それでも生活は難しいらしい。つまりは、ブロンズで職業を冒険者にしようものなら、餓死は当たり前の業界ということである。『ゴールド』になればそれなりの生活は出来るが、それでも一般的な庶民よりも少しだけ上の生活しかできない。

 一般的に、冒険者の平均レベルは40と言われており、ほとんどの人間がシルバーランクで生涯を終える。つまりは、危険が伴う割には、ほんの一握りの人間しか夢を掴めない厳しい業界なのである。そのため、レベルが高いとされている者たちは、安定収入を求めて、宮廷魔術師や騎士団に所属することが大半である。


 そのほかの受付嬢の説明としては、組合のクエスト保証金制度や、パーティ編成時の受けられるランクの変化や注意点、さらには、冒険者資格のはく奪に繋がるような規定違反についての説明などであった。


 一通りの説明を受け終え、アリッサは自身のギルドカードを眺め出す。まるで子供の用に、はしゃぎ、動作を確認する。薄い石英の板のようなギルドカードに手をかざすと、身分証明書のようなものが表示される。その下に、依頼達成率や、討伐したモンスターの数などが書かれており、身分証明書の機能は問題なく動作しているように見える。なお、ギルドカードでは、発行時点からの討伐数カウントのため、先日のニードルベアーなどはアリッサのカードには記入されていない。

 続いて、カードに表示された画面を弄っていくと、ステータス画面が表示される。だが、ここで、アリッサの顔が突然曇りだす。端的に言うのであれば、表示がおかしかったのである。

 レベルの部分は問題なく、『24』と表示されている。だが、魔力総量の部分は『E43』と表示され具体的な数値は出ていない。ちなみに、学生証の時は、『未測定』と書かれていたため、わからなかったからこそ知りたかったアリッサであったため、眉間にしわが寄っていた。


 「あの……たぶんですけど、エラーメッセージが表示されているのですが……」

 「はい? 少々お借りしますね……」


 そう言って受付嬢はアリッサからギルドカードを受け取り、確認をし始める。マニュアルのような分厚い本をめくり、エラーメッセージのコードとその内容を確認しているようであった。数秒後に、首を傾げた受付嬢は、一度、ギルドカードをアリッサへと返却した。


「どんなエラーだったんですか? やっぱり初期不良でしたか?」

「あ、いえ、そうではなく……アリッサさんとお連れの方……お時間は取らせませんので、奥の談話室までお越し願えますか……」

 「うん? だから、何のエラーだったのかと……」

 「合わせてご説明いたしますので、まずは談話室に移動いたしましょう」


 受付嬢は、そう言いながらアリッサの手を掴み、奥の部屋まで連行する。アリッサはよろけながらもついていき、キサラも無表情のまま、後ろをつける。

 受付嬢は、談話室に入るなり、通信機で連絡を取り、誰かと話し始める。アリッサたちは高級そうな皮で作られたクッション性がいい大きな椅子に腰かけさせられ、その光景をしばらく見させられる。

 受付嬢が通信を切ってから数分後、ローブに身を包んだ初老の男性が入室し、軽く頭を下げた後に、軽く手をかざして、部屋全体に何か魔術をかけ始める。


 「失礼。情報漏洩の考慮のために、遮断の結界を貼らせていただきました。これで、外部に音が漏れることはないでしょう。おっと、申し遅れました。私の名はタライザラックといいいます。ここベネルクの組合支部長をしています」

 「これはどうも……アリッサです」


 そう言いながら、タライザラックと名乗った男は、キサラたちとは反対側の椅子に腰かけ、前かがみになりながら白いひげが付いた顎に手を当て始める。


 「アリッサさん。単刀直入に言いましょう。このギルドカードでは、あなたの魔力総量は測れません」

 「—————うん?」

 「驚かれるのも無理ないかと思いますが、この『E43』というのは、測定限界を超えたときに現れるエラーです。小さな魔術回路ですので、たまに起こるのですが、この場合の組合の対応をお伝えいたします」


 そう言って、タライザラックはアリッサの持っているギルドカードを一度手渡すように無言で促し、アリッサもそれにこたえる形で話を聞きながら渡す。


 「一つは、このままご使用いただくことですが、もう一つは、こちらであなたに鑑定魔術を使用して、直接編集するかです。その場合は、数値が動かなくなることをご了承ください」

 「えっと……『たまに起こる』と言っていましたが、こういうことってよくあるんですか?」

 「そうですね。鑑定魔術が施された水晶のようなものならば測定は出来る人も、この小さなギルドカードではエラーとしてできない場合がよくあります」

 「そうなんですね……あまり実感がわかなくて……」


 アリッサが苦笑いを浮かべて、頭を軽く掻き始めると、キサラが割って入るように口を開く。


 「このギルドカードをどうするのかを決める以前に、一度測っておいた方がいいのではないでしょうか。アリッサはこの間、何度か魔石を暴走させてましたし、その行為を戦略として組み入れるならば、自分の限界を知るべきかと思います」

 「なるほど……。—————って、確かにアレは意図的にやったけど、戦略として組み入れる気はないから! 魔石は高いし! 武器だってタダじゃないんだから!」

 「ほう……魔石を暴走させる……ですか。ちなみにどのような術式をご使用になられたのですか? やはり、回路を壊すための増幅系の魔術ですかね?」


 この言葉にアリッサは首をかしげる。興味津々でこちらを見る組合支部長に眉をほそめながら、アリッサは何かを使っていたのかな、と過去を思い出してみる。


 「魔術……使ってたっけ……。なんかこう……一気に魔力込めたら暴走してただけだった気がするけど—————」

 「魔術を使用していない? 大変失礼ですが、それは本当ですか?」

 「あ、はい。あと、先ほどの回答ですが、このままで構いません。受診料とか払えませんし、修正手数料もありませんので」

 「ふむ……。では、お金は取りませんので、魔力の解析だけをさせてはもらえませんか? 組合上層部に報告する義務がありますので……。あぁ、もちろん、この情報は外部に漏らしたり致しません……」

「組合支部長さん。このような場合はスクロールで誓約をするべきではないでしょうか」

「まったくもってその通りだな。少々、失礼する」


 キサラの指摘を受けたタライザラックは、指示を飛ばし、後ろで待機していた受付嬢に一枚の羊皮紙を持ってこさせる。そして、そこに自分の名前と内容、最後に右親指での朱印を押し、アリッサに手渡す。


 「これで、こちら側がから記述内容を破った場合は、賠償金を規定額支払うこととなる。内容を確認し、サインをお願いしたい」

 「あ、はい……」


 アリッサは内容を一通り見たが、変な文はなかったため、サインを施し、自分のマジックバックにしまい込む。それを確認すると、タライザラックは神妙な面持ちになり、真っ直ぐアリッサを見据えた。


 「それでは、誓約書に従い、魔力総量とレベルを確認させていただきます。肩の力を抜いて、深呼吸してください」

 「はい……」


 アリッサは頼りない返事をして、軽く呼吸をする。疑念が渦巻いてはいたが、それ以上はなく、特に緊張などはしていなかったため、肩の力は元から入ってはいなかった。

 それにどう思ったのかは定かではないが、タライザラックは無言のまま、アリッサの額に手をかざし、何やら呪文を唱え始める。すると、白色の小さな魔方陣が、アリッサの額の前で輝きだし、情報を読み取り始める。本来、水晶などで行うのだが、魔力量が多い場合はこの方が測りやすいのかもしれないと、頭の中で思考をまとめながら、アリッサは黙って結果を待つ。


 その瞬間、アリッサの育ての親に対して送る手紙の内容が決定した——————



『拝啓

 こちらは穏やかな小春日和が続いております。友達ができ、日々を楽しく過ごしております。これも、私を育てていただいた家族のおかげです。

 最近、アルバイトの為に冒険者活動を始めたのですが、その登録初日、ベネルクの組合支部長にお会いし、よくしていただきました。そんな支部長ですが、その日、私の前で盛大に吐瀉物をぶちまけたので、怒りと笑いを抑えるためにここに書いておきます——————

(後略)』

 

 



【アリッサ】

LV:24  魔力総量:E43(支部長が吐瀉する程)

ギルドランク:ブロンズ  ジョブ:ウォーリアー


【キサラ】

LV:36  魔力総量:不明(それなりに多い)

ギルドランク:シルバー  ジョブ:メイジ

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