第6話 入学パーティ

 自身のやらかした後始末を終え、シャワーを軽く浴びて訪れたパーティ会場は予想以上に広かった。奥のステージまでどれぐらいの距離があるのだろうかと疑ってしまうほどには広い。

 そんな会場を、アリッサは学校指定の制服で練り歩く。周囲を見渡してみれば、自信と同じように制服で過ごしているものや、わざわざ高級なタキシードやドレスを身に纏っている人物もいる。本当に人それぞれ服装をしていた。

 もちろん、人種ではない、魔族や亜人族も数多くいるのだが……


 セントラルの制服はアリッサの現世の記憶で言うブレザーに近かった。白いYシャツの上に、金色のライン上刺繍が入った紺色の上着を羽織る。胸元には学園ごとにリボンやネクタイをつけることができる。ちなみに、一年生は赤、二年生は緑、三年生は青となっている。

 そのほかは、シンプルな柄のスカートもしくはズボンを履くことができる。もちろん、種族ごとに、尻尾用の穴が開いていたり、そもそも形が違ったりもしているが、人種は概ねアリッサと同様であった。その他のオプションとしてカーディガンのような防寒着もあるため、寒さがあまり得意ではないアリッサにとっては必須アイテムである。ちなみに靴下は、学院指定の黒色のひざ下ハイソックスをアリッサは履いているのだが、種族の都合で履けない生徒もいることから、タイツでもショートソックスでも、素足でも、なんでもいいらしい。それは当然のことながら靴にも適応されるため、アリッサは村でも愛用しているくるぶし上までの厚手のハイカットブーツを着用している。

 山岳地帯の村であるため、ブーツの底には、踏み抜き防止用の鉄板が入っているが、見た目上はあまり変わらない。



パーティは既に始まっているようであり、談笑の声がこだまし続けている。それを傍目にアリッサはパーティの端に寄せられている料理に目を落とす。高級志向の品々が並んでいるが、立食形式のパーティであるが故に、あまり食べようとしている人は見当たらない。それを証明するかのように、遅れて来たのにも関わらず、食材は有り余っていた。


アリッサは社交界のルールなどというものは知らないため、同じように知らない生徒と同じように気ままに過ごすと決めていたため、迷うことなく、食事の方に向かっていく。

皿に適当に食べたいものを取り、会場の端で壁に寄りかかるように腰を落ち着かせる。

 会場の方を眺めてみると、皆、仲良さそうに談笑している。話している言語は当然のことながら共通エルドラ語。つまりは、この周辺諸国で最も広く知られている言語である。発音や言語の形はアルファベットに近いというのが、前世の知識をもつアリッサの感想ではあるが、その前世のように地域ごとで訛りというのも存在しているようである。

 育ての父親に習った知識によると、アリッサたちが現在いるリリアルガルドの周辺諸国は、2000年ほど前は『エルドラ』という一つの統一国家であったらしい。それが、魔王軍の進行による魔族との全面戦争を経て、分割されたのが現在の諸国である。

海を挟んだ向こう側にある魔族の国『アストラル』は、その大戦の際に敗北しているが、現在も残っているところを見るに、人間側の歴史がそう記されているだけということはアリッサもすぐに想像できた。これらの情報は、前世の記憶により、先入観がなかった転生者特有の感覚であるので、アリッサは口外するつもりはなかった。口に出せば、『変人』として扱われるオチが見えているからである。

一番『アストラル』に近く、リリアルガルドの西側にある魔導大国『リーゼルフォンド』は宗教の国として有名であり、2000年前の大戦で活躍した聖女ブロスティ・リーゼルフォンドが建国したとされている。そこを中心に広まったのが、一番広く知れ渡っているブロスタ教というものである。

 リリアルガルドの右側にあるのが、軍事王国『ブリューナス』であり、大戦時の『勇者クライム』が建国者である。なおこの『クライム王』は未だに存命らしい。その事実を知ったアリッサは純粋な人間かどうかを疑ったが、難しいことなのでそれ以上考えるのやめた。

 ブリューナスのさらに東側にあるのが、かつての統一国家の残りから存続した帝国『エルドライヒ』。ブリューナスがエルドライヒを仮想敵国として認識していることもあって、あまりリリアルガルドに情報は入ってこないが、『魔道具』の技術力が高いと言われている。

 ちなみに、現在アリッサがいるリリアルガルドは、ノイマン・リリアルガルドという人物が建国者であり、2000年前から、この小国らしい。理由は、建国者が研究実験したいだけの土地だったからだとかという話はあるが、いわゆる諸説というものなので、本当に正しいのかは、当時の人間でなければわからない。



 リリアルガルドは永世中立国であるが故に、そういった諸国の人々は当然のことながら流入する。もちろん、これらの諸国以外からも訪れている人がいるのは、目の前に広がるパーティ会場にいる者たちを見れば一目瞭然である。

 だが、今のところは言い争いが起きている気配はない。皆、自制心が高いのか、それほどの理性を持ち合わせた人物たちが揃っているのか定かではないが、平和なのは事実である。

 そんな過去の凄惨な大戦を乗り越えた平和な景色に食事を済ませているアリッサだったが、口の中に残る食べ物の味をリセットしようとバーテンダーから受け取った飲み物を飲んだ瞬間に噴き出す羽目になる。


 「アルコール—————ッ!?」


 アリッサは喉がわずかに焼けるような感覚に襲われたが故にえずいてしまったが、周囲をみると普通に飲み交わしていた。『村では飲んだことはないが、ここでは常識なのだろうか』と疑念を思いつつ、リンゴジュースだと思っていたリンゴ系のカクテルが付いた口元をアリッサはハンカチで拭った。

 その光景が奇妙に見えたのか、周囲の人は一瞬だけアリッサを見るが、すぐに興味を無くして会場に溶け込んでいく。アリッサは実のところで言えば、お酒に耐性があるかなどわからない。その知識もなく、前世でも付き合いで稀に飲む程度でしかなかった。その行動が災いして、現在に至る。

 ただ、どんな時も介抱してくれる人はいるようであり、アリッサに駆け寄ってきてくれた女性がいた。水を差しだしてくれたその人物を見れば、黒を基調とした高級そうなドレスを身に纏った人物であった。妥協が一切ない透き通るようなスカイブルーの髪が腰まで伸び、会場の照明の角度によっては銀にも見える。蝶のような髪留めにより露出した前頭部の肌や、頬の色つやを見るに、平民には見ない。そして、「大丈夫ですか?」とコップを差し出してくる女性の瞳は吸い込まれるようなコバルトブルーであり、目じりがきついのも相まってか、悪人顔に見える。とはいっても、こうして駆け寄ってきたところを見るに、悪い人ではないのだろう。身長はアリッサと同じぐらいに見えるため、160前後といったところだろうか。胸は……ないとは言い切れないが、あるともいえない。おそらく、アリッサの方がわずかに上回っているが、フローラのものと比べれば五十歩百歩である。


 そんな美しい貴族の女性から渡されたコップに入った水で、口の中を拭いつつ、アリッサは礼をするように軽く会釈をする。


 「ありがとうございます……。お酒だとは思わず……」

 「ははは……。まぁ、慣れてないとそうなりますわよね……」

 「あの……お名前をお伺いしてもいいですか?」

 「構いませんわ。私はユリア・オータムです。同じ学友なのですから、貴族や平民と区別しないで構いません。私も敬語は使わないようにしますので」

 「それは、使っているんじゃ……。あ、名乗り遅れました。アリッサです—————」

 「アリッサさん。先ほども申し上げた通り、もっと砕けた話し方でお願いします」


 どうしてそこまでこだわるのだろうか、とアリッサは疑念を抱きつつも、「わかった」と軽く返事を返す。すると、その女性は、ドレスにしわができることを厭わず、アリッサと同じように壁に寄りかかる。


 「ユリアと呼んでください。私もアリッサとお呼びしますので……」

 「わかりまし……。わかった—————」


 こちらを睨むような目線に、思わずたじろぎつつ、言い直すアリッサではあるが、徐々に順応しつつあった。


 「気になったんだけれど、ユリアはどうして会場の隅に来たの? 食事をとりに来たようには見えないし、貴族は真ん中あたりで立ち話でもしてると思ったんだけど……」

 「えぇ……おっしゃる通り——————。で、疲れたんですよ。正直に言って、あたしはそういうのは柄じゃないというか、メンドクサイというか……」


 (なるほど、こっちが素か)などとアリッサは感心しつつ、急に砕けた話し方を始めるお貴族様を物珍しそうに会話を続ける。バツが悪そうに瞳を逸らすユリアの表情は確かに疲れているようにも見える。


 「それで偶然にも私が目に入った、と……。まぁ、こっちとしても話し相手がいなくて暇してたんでいいですけど」

 「いいですねぇ。あたしもこんなに自由なら良かったのに……。息がつまるんですよねぇ……。宗教を作った奴も、こんな社会を続けてきたやつも、一発ぶん殴ってやりたい」


 華奢な腕でシャドーボクシングを始めるユリアに、アリッサは思わず笑みを浮かべてしまったが、ユリアはそれを見て何かを思い出すように笑い返してくれた。


 「なんだか、アリッサとは初対面に思えないんだよねぇ……。話しかけたときもそうだったけど、なんというか、2000年前から友達っていうかんじというか……」

 「それはないでしょ。私もユリアもまだ十数しか年を数えてないんだから……」

 「それもそうだよね。忘れて忘れて!」


 最初は普通通りに接していたが、段々砕けてきたこの貴族の女性を、アリッサは本当に貴族なのかと疑いだす。美しいドレスも、着心地が悪そうにしているし、ヒールに関して言えば、今にも脱ぎたいという意思がひしひしと伝わってくる。


 「そういうアリッサは、会場の中心にいかないの?あたしみたいな性格にも見ないし、友達もできそうなのに」

 「私もそういう煩わしいのは嫌なので……。ユリアを見てると、平民でよかったなって思えるぐらいには、嫌いですね。というか、私、ここにご飯を食べに来ただけなので、そういうのは予定にないです」

 「ふふ……。なんだか気が合うね、あたしら。よければ連絡先を交換しない?」


 口を押えて上品に笑うユリアを見ていると、本当に貴族なのか、それとも平民なのかという疑念がまた渦巻き始める。


 「連絡先? 実家の住所です? それとも寮部屋の番号?」

 「うん? 生徒手帳の固有番号ですけど……。もしかして通信水晶を知らないの?」

 

「なんだそれは」とアリッサは口にするが、実家にある通信水晶を知っているので、想像はつく。


 「通信水晶といったらアレですよね。いやー、流石に一人一人に持てるほど裕福じゃないし、重量もそれなりにあったと思うのですが……」

 「もしかして使い方しらない? あのね、生徒手帳はその実家にあるやつの小さい版で、同じことをできる……ってこれは流石にしってるか……」

 「え、なにそれ便利————。」

 「あぁ、知らないのね……。他にもいろいろできるよ。暦をみたり、メモを残したり、まぁ、主な用途は身分証明だけど……。というか昼間に説明受けたでしょ?」

 「あー、えっと……。たぶん、聞き逃してました、ハイ……」


 アリッサは説明会の際の自分の言動を思い返す。重要な話など右から左に流れていた気がする。


 「ま、いいや。パンフに説明書載ってるからあとで見ればわかるし、今はとりあえず、あたしがやっとく。貸してみ、生徒手帳」


 アリッサが自身の生徒手帳を渡すと、ユリアは慣れた手つきでカードのようなものから、端末のような画面を作り出す。そして、数秒と経たずに渡し返される。


 「すごいですね」

 「こんなのフツーでしょ。お礼は、今度遊ぶ時でいいから」

 「飯を食うお金がない平民から、何をむしり取ろうと?」

 「あー、そういやそうだった。ま、今回は友達記念ってことでタダにしとくわ」

 「いや、友達に金をせびらないでよ……。貴族なのに……」


 「あ、そういえばそうだった」と言わんばかりに頭を抱えるユリアを見て、アリッサもすこしだけ微笑んでしまう。それから、身の上話を多少しつつ、アリッサは食事を進めていく。隣のユリアは、流石に周囲の眼があるため、食べることはしていなかった。

 そうやって十数分ほど話し込んでいると、ユリアを見て、こちらに歩み寄ってくるタキシードの男性がいた。整えられた金髪で金色の瞳、背が高く、容姿がよく、肌つやもいいことから、ユリアの知り合いなのだろうと、アリッサは勝手に予測を立てる。

 まるで小説から飛び出してきたような見た目に、思わず、「ワォ、イケメン」などと軽口を叩きそうになるぐらいにはその男性の容姿はよく、整っていた。驚いていると、アリッサの脇腹に、ユリアの肘鉄が入ったため、アリッサは敬語へと言語を切り替えることとなる。


 「やぁ、ユリア。ここにいたんだね。突然いなくなるから探したよ」

 「それはお騒がせいたしました。私、このアリッサさんと楽しく談笑をしてましたの。レオナルド様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」


 屈託のない美しい笑みを浮かべるユリアを見て、アリッサは唖然としつつも、会話に戻らず、そのまま二人の会話を傍聴する。透き通るような声で話すユリアを見ていると、さきほどの雰囲気が微塵も感じられないほど、貴族であることがうかがえた。


 「それで、ユリア—————。こちらの方は?」

 「えぇ、私のご友人のアリッサさんです。アリッサさんのお話はとても面白いので、ついつい聞き入ってしまいまして」

 「ほぉ、それは私もあとで聞きたいですね」

 「あ、どうも。ご紹介にあずかりましたアリッサです」


 適当に挨拶を返すと、ユリアに軽く肘でアリッサは突かれる。どうやら、こちらもまじめにやれと言う合図なのだろうが、そういう知識が全くない平民のアリッサにとっては何のことやらわからなかった。見かねたのか、ユリアがため息を吐きながら男性の紹介をこなしてくれる。


 「こちら、ブリューナス王国第二王子のレオナルド・ブリューナス様です。アリッサさん、ご失礼のないようにお願いします」

 「うんうん、ブリューナスの第二王子ね……ん? 第二王子?」


 今までの失言に思わずアリッサは口を覆う。セントラルでは、そういった身分制度は適応されないが、目の前に王族がいるというだけで平民のアリッサはたじろいでしまう。貴族のように挨拶をする習慣も作法もしらないために、それ以上のことは出来ないのだが……


 「はじめまして—————。レオナルドです。私は構いませんが、上下関係に敏感な人もこの学校にはいるので注意してくださいね」

 「これはどうもすみません—————。っと、ふと思ったのですがお二人はどのようなご関係で? パーティで探すぐらいだから親友なんですか?」


 全く懲りずに、いつも通りの口調で話すアリッサに、レオナルドとユリアは思わず苦笑いを浮かべたが、自分で宣言した通り、気にしている様子はなかった。


 「ユリアから話は聞いていないのかい? まぁ、自慢する性格でもないか……」

 「えぇ、説明しておりませんでしたわ。アリッサさん……レオナルド様は私の婚約者です」

 「へぇー、ということは、ユリアは将来的には妃になるのね。そんな人と知り合えるなんて、今日は運がいいのかな」

 「キミという人は不思議な人だね。普通は傅いたり、すり寄ってきたりするのに……」

 「んー。まぁ、たしかにその選択もあったけど、したところであまり関係ないと思うし……。あと、どうせ隣国だし、あんまり気にすることでもないかなぁって」


 困り果てるレオナルドを横目に、ユリアはその影に隠れながら腹を抱えて笑いだしている。レオナルドの視界には入っていないが、アリッサからはばっちり見えている。


 「まぁ、あなたが『大陸全土を武力支配したいぜー』とかいう野心家なら考えますけど、そうは見えないので、特に心配することでもなさそうなので」

 「そういった願望がないことは事実だけど……。すまない、私もそういった人と会ったことがなかったら少し驚いてしまって」


 レオナルドとアリッサが話しているときであった。アリッサは会場の空気が変わったことを察知する。ガラスが割れる音ともに、周囲の人間が避けるように真ん中に空間ができ始める。アリッサが持ち前の視力で凝視してみると、そこでは身長の高い白人の男性と、ここでは珍しい薄いオレンジ色の肌の女性。珍しいのはそこだけではなく、光を全て吸収するような黒い瞳と髪を持っている点である。

 女性の方は、そういえば同じ講義室で説明を受けていたことをアリッサは思い出しつつ、周囲と同じように傍観を決め込む。すると、騒ぎに気付いたレオナルドも不安そうにその光景を眺め出す。


 「まずいね……。あの雰囲気、どちらかが剣を抜くよ……」

 「そうですねぇ、まずいですねぇ。というか、飯がまずくなりそうですね」


 そう言いながら、アリッサはもっていたお皿とコップをそっと床に置いて、話を聞くべく、近づいていく。できれば血生臭いのは勘弁だと思いつつ、周囲の主催者側の先輩方は止めないのかと見渡してみるが、止める気配は一切なく、呑気に警備や配膳をしている。毎年起こっていることだから、気にしていないのかもしれない。


 刹那——————


 女性の方が、腰から短剣を引き抜いた。あまりの出来事に、女性を煽っていた大柄の男は硬直して動いていない。アリッサはそれを確認するよりも早く、床を蹴り上げていた。魔術で身体強化をしたアリッサの体は、黒髪の女性が短剣を振り下ろすよりも早く、二人の間に割って入り、片手で大柄の男を突き飛ばす。そして、もう片方の腕で、短剣の刃を真正面から受け止めた。

 鈍器で殴りつけたような打撃音と、鈍い痛みに、思わず顔を歪めつつ、しばしの静寂を体感する。驚いた表情も、悲鳴を上げるような表情もなく、目の前の女性を真っ直ぐに見据える。


 防刃の制服のおかげで打撃として済んでいるが、これがもし普通のドレスだったならと、アリッサはぞっとしながらも、自らのずぼらさ感謝した。それでも衝撃は通るものであり、受け止めた右腕からじんわりと赤みを帯びた液体があふれ出す。遅れてやってくる刺すような激痛に、思わず折れているのではないかと、心の中で泣き叫んではいるが、表情にはできるだけ表さないようにしていた。

 というのも、アリッサに短剣を振り下ろした黒髪の女性が鋭い目つきでこちらを見ていたからである。殺意といった感情に覚えはないが、本能的に「あれはしてはいけない瞳」であると理解する。その証拠に、もしもアリッサが割って入らなければ、女性の方は確実に男を殺していたのだろう。


 「どいてくれませんか……。関係のないあなたまで殺すつもりはありませんので」

 「そっちこそ、短剣をこちらに押しあて続けるのはやめてくれないかな。できれば、その殺意もしまい込んでほしいんだけど……。というか、そこまでする? 見ている感じ殺すまでもない気がしたんだけど」

 「奴は私の両親を蔑んだ。両親から授かったこの容姿を貶めた。それだけで、理由は十二分にあります」

 「どんな修羅の世界だ、あなたの育ってきた環境は……」


 アリッサと女性が一触即発のままに相対していると、突き飛ばした大柄の男がいつの間にか起き上がっていた。そして、上に掲げた腕に全て石でできた斧を作り出し始める。


 「痛てぇじゃねぇか。この魔物野郎が!」


 男の「魔物野郎」という言葉で何となくだが、アリッサは状況を理解する。そういえば、2000年前の対戦時のアストラル帝国の王は、目の前の彼女と同じ漆黒のような黒髪だったとされている。瞳の色は伝承だと違うのだが、そういう容姿が似ているということで、酒の勢いで煽ったのだろう。けれど、煽った相手が修羅の国出身の子だったが故に、こうなった、ということに……

 アリッサは思考を巡らせるが、それよりも前に、自分ごと斧を叩きつけようと振りかざした男をどうしようかという考えに思考を移す。短剣だから、腕で受け止めたが、もう片方の腕で受け止めたら、今度は確実に腕が吹き飛ぶ予想しか考えられなかった。かといって、避けるには時間が足りない。

 考えても仕方ないと、もう一度、咄嗟に残った左腕でアリッサは受け止める用意をする。



 だが、いつまで待っても衝撃は訪れなかった。気づけば、大柄の男とアリッサの間に、さらに誰かが立っていた。それは黒髪の男性であり、姿勢よく立つ姿は、どこかの貴族のようにも見える。

 黒髪の男は片手をポケットに突っ込みながら、もう片方の手で大男の石斧を素手で軽々と受け止めていた。


 「騒々しい。せっかくシェフが作った飯がまずくなる。場をわきまえろ」

 「テメェ、喧嘩売ってるのか?」

 「お前がどこの貴族かは知らんが、きちんとした知識は身に着けて置け。魔王というものは、オレのように完璧な魔族だ。そこの小娘のように脆弱な人間ではない」


 そういえばと、アリッサはおとぎ話を思い出す。そこに記された物語の容姿は確かに目の前の黒髪の男と一致しているような気がした。だが、それ以上に、あの石斧を片手で軽々しく受け止めた男の強さの方がアリッサは気になった。

 しかし、考えるよりも先に、さらに第三者の怒号で静寂が再び破られた。


 「そこまでです! 双方、武器を収めてください。そこの男の言う通り、ここは争う場ではありません。どうしても争うというのならば、このレオナルド・ブリューナスが預からせていただきます」


 どうやら、レオナルドが前に出て、場を取り仕切っているようである。そのおかげか、周囲の視線も困惑から非難に変わり始める。それを見て、双方とも多少は冷静さを取り戻したのか武器を収め始める。


 「ふん。命拾いしたな、小娘——————」


 それだけを言い残し、大柄の男は野次馬の群れをかき分けて会場の外に歩き出す。対し、黒髪の女性の方は、それを確認して、反対側の出口に向けて歩き出そうとするが、レオナルドがその腕を掴んで止める。


 「待った—————。一応、事情を聞いておく。別室に来てもらえるかな?」


 黒髪の女性は嫌そうに軽く舌打ちをしたが、アリッサの方を軽く見て、仕方なさそうにレオナルドに従って後ろを歩きだし、この場を離れた。しばらくは静寂が包み込んでいたが、アリッサは右腕の痛みでそれどころではなかったので、周囲の声はあまり耳には入ってこなかった。そのためか、気づけば、大男の方を止めていた黒髪の男性も周囲に溶けるように消えていた。

 お礼を言う暇もなかったと後悔しつつ、周囲からの奇異の眼差しに耐えかねて、アリッサも痛みにより苦笑いしながらも、ゆっくりと歩き出す。あまり、あの黒髪の女性をこれ以上悪く言われても困ると思い、できるだけ手に怪我がないことを装いながら、会場を後にした。

 誤魔化してはいるが、十中八九、右腕の骨は折れていた。歩くたびに、腫れあがった右腕と服が擦れて、永遠に続くような鈍痛とは別の痛みが走る。


 アリッサはため息混じりの深呼吸をしながら歩いていたおかげで、会場の外には難なく出ることはできた。おそらく、だれもこれ以上は興味を示しはしないだろう。


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