第3話 あなたの魔術属性は

空気が澄み渡らせる大自然の草木の間を風が吹き抜ける—————

その突風に、思わずアリッサは自身の茶色の髪を抑えつけて、目を伏せる。風が止み、ゆっくりと目を開けると、そこには限られたものしか潜ることができない鉄格子の門がある。観音開きに入るものを歓迎しているそれに、自身と同い年ぐらいの少年少女たちが歩みを進めていく。


 今日はこの学院の入学式の日だった——————


 周囲を見渡せば、自身と同じように羨望の眼差しで足を止めている人や、自信と憂いに満ちた表情で堂々と中に入っていく者など、様々だった。かく言うアリッサも前者であり、あまりの光景に感極まって、しばらく時を忘れていたようだった。

 それに対して、アリッサをここまで送ってくれた人物は興味を示さずに、既に中に入ってしまっており、はぐれてしまっている。だが、案内の書類は所持しているため、それに従えばこれ以上迷うことはなさそうである。

 合格を告げられたのは昨日の今日であったが、入学の書類は無事に完成し、懸念していた移動に関しても、アリッサに合格を突きつけた小太りの魔術により、一日も関わらずにたどり着くことができた。

 アリッサの知識で言えば、瞬間移動魔術……いわゆるワープと呼ばれる類の魔術ではあるが、その分類は最高位魔術と呼ばれる習得難易度の非常に高いものになっている。だが、その男は、慣れた手つきでそれをやってのけた。

 最高位魔術ともなれば、宮廷魔術師のベテランでも一つ習得しているかどうかが怪しい類の超魔術であるが、それを涼しい顔で発動したあの男は何だったのだろうか、とアリッサは最初こそ疑念を抱いたものの、目の前の入学式の門を見て全部どうでもよくなってしまった。


 一度深呼吸をして高ぶった感情を抑え込みつつ、アリッサもようやく初めの一歩を踏み出し、境界線を越えていく。そうして、他の生徒の流れに身を任せて歩き始めようとしたとき、アリッサの耳に誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


 「あのぉ———————。アリッサさんで間違いないですよねぇ?」

 「はい?え、あ、はい、そうですけど……」


 出鼻をくじかれたせいか、アリッサは少し抜けたような返事を返してしまう。そんな彼女を見ていないのか、目の前の女性は安堵の息を吐き、胸を撫でおろしたようだった。

 その女性をよく見ると、後ろで束ねられた三つ編みにされたエメラルドグリーンの髪が腰まで伸び、同じ色の瞳は見るものを魅了するように透き通っている。丸ブチのメガネを身に着け、少しそばかすとしわが顔にある所と、学院の制服ではない紺色のローブを着こなしている点を考慮すると、この人物が学生ではないことが理解できる。


 「すみませぇん。わたしは、ここで教師をしているローザリーですぅ……。ちなみに、あなたの担任になる人物ですぅ……」

 「それはどうも……。もしかして書類に不備とか?」

 「あぁ、それは大丈夫でしたぁ。でも、このあと配布するはずの学生証の項目がまだなのでぇ、式の前に少しだけよろしいですかぁ?」

 「書類とかですか?それとも、写真撮影とかですかね?」

 「まぁ、そんなところですぅ。アリッサさんは入試の際に色々と検定ができてなかったようなので、学生証がまだできてないんですぅ」


 アリッサは過去を思い返しながら、状況を理解した。つまりは、入試の時は実技の項目の魔力検定や、魔力属性検定などを全て病欠してしまったため、不足しているものがあるということららしい。アリッサは、昨日採寸して徹夜で母親が丈を整えた学生服に似つかわしくない動物の布で出来た袋を背負い直す。ちなみに、指定カバンであるポーチは腰にしっかりとつけているため、布袋の方に入っているのは所謂、引っ越しのための着替え等である。

 学院の指定カバンはいわゆるマジックバックというものであり、握りこぶし二つ分ほどの腰のポーチには、アリッサの前世で言うと遠足用の大きめのリュックサック並には荷物が入る。これは、空間魔術が施されているからであり、普通に買えば、貴族にしか手が出せないぐらいのお値段がするらしい。

 なお、このポーチはある程度の容量しか入らないが、もう少し値が張るものとなると、家1つ分が収納できるものもあるらしい。そういった超高級品は流石に学生には持てないが、このセントラルと呼ばれるリリアルガルド中央魔術学院に入学することさえできれば、こういった魔術ポーチや、耐久性の高い制服なども無料で配布してくれる。本当に、必要最低限のものだけで、学ぶことができるというわけである。


 アリッサは父親に渡された懐中時計を開いて時間を見て、余裕があることを確認しつつ、教師のローザリーに返答をする。


 「いいですよ。どこに行けばいいんですか?」

 「今からわたしが案内しますので、ついてきてくださぁい」


 そう言ってアリッサはローザリーに連れられ、生徒たちの流れから離れていく。だが、周囲の人間たちはアリッサたちのことは気にしている様子はない。おそらく、皆、自分のことで手一杯なのだろう。


 そうして、案内されたのは誰もいない礼拝堂のような場所であった。木製の床を踏みしめ、奥の方に進んでいくと、水晶玉が一つ、石の台座に鎮座していた。ローザリーは台座の裏側に回り、魔術術式の操作を始める。それは数秒もかからずに整い、アリッサはローザリーにより、台座の前に立つ用に促された。


 「アリッサさん、台座の前に来て、この水晶に触れてくださぁい。まずは入学式の基本情報の登録からですぅ。ちなみにこれ、いろんなところで使えるので、虚偽申告はしないでくださいねぇ」

 「しませんってば……。冒険者組合証や通行証に使うものを偽造して、犯罪者になりたくないですし……」

 「よろしい。では、まず、名前と年齢を———————」


 ローザリーが後ろで話しながら魔方陣を書き込み、アリッサが目の前の水晶に手を乗せた瞬間、水晶は人の温もりに呼応するかのように淡く光り、朝陽のみが差し込む礼拝堂の影を消していく。


 「アリッサ。後ろにつづく称号や一族名はありません。年齢は15です」

 「次ですぅ。あなたの種族と、出身国を——————」


 アリッサはこれを聞いて少し悩む。そして、ウソをつくことなく、自身のことを正直に話し始める。


 「種族は……記憶にないため、わかりません。私を育ててくれた両親はヒト種です。同様に出身国もわかりません。育ったのはリリアルガルド国内のアルド村です」


 この回答に対し、流石のローザリーも顔を顰める。別に珍しいことではないが、虚偽の疑いもあるため、少し慎重になっているのだろう。ちなみに、ヒト種というのはその名の通り、この周辺諸国で一番人口が多い普通の人間族のヒトのことである。このほかにエルフ種、ドワーフ種、キャットシー種とよばれる、デミヒューマンの亜人族がある。その他には、精霊種などの現象族、サキュバスや吸血鬼といった悪魔族の生物も存在する。もちろん、そのハーフなども存在することは一般常識である。

 ローザリーは、アリッサの言葉を確かめるために、石板に触れてもう一つ魔術を発動する。恐らくは、ウソを見抜くためのものであるが、真実を話しているアリッサには関係がなかった。


 「もう一度、先ほどの復唱をお願いしますぅ」

 「種族と出身はわかりません。育ての親はヒト種、育った場所はリリアルガルド国内の村です」

 「あなたの育ての両親はこのことを知っていますかぁ?」

 「はい、知っています——————。10歳の時に聞かされました」


 頻繁に術式の反応を確認するローザリーであったが、もう一度アリッサの真っ直ぐな瞳を見て、そっと目を伏せた。


 「登録では、ヒト種、リリアルガルド出身とします。よろしいですかぁ」

 「はい、構いません—————」


 しばしの沈黙が流れ後に、ローザリーのいる側の石板にセットされた小さな名刺サイズのプラスチックに似た素材でできたカードのようなものが明るく輝く。それを確認してローザリーは一つの術式を閉じて、違う種類の術式を右手で発動し、魔方陣が明滅する。


 「これで、基礎情報の登録は終わりですぅ……。次は所持属性の検査になりますぅ」

 

 所持属性——————

 誰もが持つ、魔力資質のことを指す。魔術属性は五大属性と二神属性に分類される。どれがどの属性に強いということはないが、該当する魔術で分類されているらしい。

 五大属性は『火、風、水、土、雷』、二神属性は『光、闇』に分類される。このほかに、どれにも該当しない『無』属性というものもある。『無』属性は主に、肉体強化や集中力強化などの基礎的なものが多い。なお、この所持属性がこの世界においては非常に重要であり、職業や魔術師の運命を大きく分けてしまう。

 さきほど、『誰もが持つ』といったが、けっして『誰もが全ての属性を持つ』というわけではない。つまりは、人によっては『火、水』しかないという人間もいるというわけである。

 そう言った人間は風属性魔法や土属性魔法が一切使えない。発動をしようとしても不発に終わってしまう。それでも使いたいならば、他人が魔力と術式を込めた魔石を発動させるしかない。つまりは、自身の魔力の資質にあった属性の魔術しか発動できないのである。

 また、その所持属性にも『所持割合』というものが存在し、一般的に同じ魔力量を込めて発動した術式でも『火7、水3』の人間と、『火3、水7』の人間が、出したそれぞれのファイアボール威力は、圧倒的に前者の方が高い。

 つまりは、所持割合が高い属性の魔術ほど、威力や規模が上がるのである。後者の人間が同じ威力を出すためには、2倍強の魔力量が必要とされている。言い換えれば、属性割合が高ければ燃費はいいが、戦術の幅や、習得でき内容が狭まっていく。その逆も言えるということである。


 こういった所持属性の違いがあることから、戦闘や魔術で糧食を得るためには自身の所持属性を知っておくことは非常に重要である。一般的に、五大属性の割合が高ければ、魔術師などの後衛となることが多い。逆に無属性の割合が高ければ前衛になることが非常に多い。二神属性は、役割で言うならばプリーストやダークセージといった、特殊な動きをする職業になることが多い。

 なお、魔力量は個人差こそあるが、使えば使うほどわずかに上昇していく。ちなみにこれは筋トレと同じなので、流石に種族での限界は存在する。

 そんな鍛え方の違いの理由から、無属性魔力を多く所持する戦士や兵士は、頻繁に魔力を行使する後衛の魔術師よりも魔力量が上昇しにくい傾向にある。



 ローザリーの掛け声とともに、アリッサも水晶の上に乗せた手が震えたことで、自身の緊張を実感することになる。これで、自身の将来が決まるのだから当然のことである。

 アリッサは生まれてこのかた、自身の所持属性をきちんと見たことがない。水属性の魔術が使える母親に教わったことはあったが、水属性の魔術が全て使えなかっただけを覚えている程度である。


 「それでは測定しますねぇ。リラックスして、水晶に触れていてくださぁい。所持属性は色で現れますからぁ」


 ローザリーの言うことを説明するならば、この触れている水晶が赤と青に混ざり合ってに輝いたのなら、『水、火』の属性持ちで、残りの割合が何なのかを魔術で1%単位まで読み取ってくれる、ということである。

 アリッサはそのことを理解して、深呼吸をして気持ちを落ち着かせながら、水晶に触れ続ける。すると、水晶が一瞬で輝きを放ちだし、講堂を再び明るく照らし始める。

 アリッサはまぶしさと恐怖からか、思わず目をふさいでしまうが、水晶の輝きは長続きせずに、淡い光に収束していったため、ゆっくりとまぶたを開けることができるようになっていた。

 だが、その瞳に映ったのは驚くべき光景であったため、ローザリーのみならず、当の本人であるアリッサさえも言葉を失ってしまう。



 ———————水晶には色がなく、周囲の景色を全て透過していた



 本来はありえない事象が起きたため、起きていたため、ローザリーは即座に測定結果を確認し始める。そして首を傾げた後に、何かを思いついたのか、こちらに結果が刻まれた文字を空中に描くことで見せてくれた。


 「————————あなたの所持属性は、ありません」


 ローザリーの言葉と共に、空中に描かれた割合をアリッサも確認する。そこには7つの属性を示す値が書かれており、そのすべてが『0』であった。代わりに、『無』と書かれた割合に『100』と書かれており、アリッサも思わず顔をしかめる。


 「この水晶は無属性を透明で示すのでぇ、普通の場合は色が薄くなるんですぅ。でも、全部が無属性だとこうなるみたいですねぇ。先生も初めてみましたぁ」

 「ちなみに、全部無属性だということは……」

 「ご存知の通り、あらゆる魔術が使えませんねぇ。でも、安心してください。それで、この学院を退学になるということはありませんのでぇ」

 「いや、そういう問題じゃ……」

 「あ、ちなみに、こういう場合の適正職はウォーリアーなどなので、宮廷魔術師は残念ながら諦めた方がいいですねぇ」

 「ぁぁぁぁ———————。」

 

 声にならない声で叫び、顔を思わず手で覆いつつ、アリッサは自身の測定結果にふさぎ込む。そんな彼女とは対照的に、結果を生徒手帳に記入し終えたローザリーはマイペースに次の手続きを始める。


 「次は魔力量の測定ですぅ……。もう一度、水晶に触れて、今度は手に意識を集中してみてくださぁい……」

 「はい……」


 先ほどの結果に落ち込んだアリッサは、言われるがまま、右手を再び水晶の上に乗せる。結果に落ち込んではいるものの、やるべきことはやらなければならないという使命感のみで、測定に協力し、乗せた右手に意識を集中させる。


 刹那——————


 甲高い音を立てて、アリッサが先ほどまで掴んでいた水晶に亀裂走り、瞬く間に砕け散った。残ったものは、水晶の置かれていた台座のくぼ地と、先ほどまで周囲のあらゆる景色を透過していたことが嘘のように白濁した水晶の欠片のみであった。

 再び二人の間に静寂が訪れる。


 「あらら、壊れちゃいましたかぁ……。まぁ、長年使っていましたし、予備のものを……」


 そう言って、ローザリーは台座の横のタンスを漁る。だが、全ての棚を開けた後に、すぐにアリッサの元に戻ってきた。


 「そういえば、入学試験の時にも壊れたので、これが予備でしたぁ……。しかし困りましたね。これじゃあ、測れません……」

 「絶対に必要なんですか?」

 「うーん……。あくまで、こちら側の能力把握のための資料だったので不要ではありますが……。そうですねぇ、たしかに今回は仕方ありません。次の機会に測りましょうかぁ……」


 そう言ってローザリーは術式を全て閉じる。そして石板に込めていた魔力を止め、置かれていたアリッサのカードを回収する。


 「これは入学式の後に、生徒手帳と一緒にお渡しいたしますぅ。そろそろ時間になりますし、一緒に式場に向かいましょうかぁ」


 そう言って、ローザリーは結果に対して肩を竦ませていたアリッサの頭を軽くたたいて、先導するように歩き出す。アリッサもため息を吐きながらも、ローザリーの後を追って、ゆっくりと歩き出した。

 こうして、世にも奇妙な、無属性しか持たない少女の物語がようやく始まったのだった。

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