第25話 東の魔術②


「まったく、とてつもなく面倒なことに巻き込んでくれたな。中にいた奴ら全員を助けるのに十三分もかかっちまった」

 煤埃すすほこりにまみれ、肌を多少焼き焦がしながらも悠然と校舎から現れた東は、開口一番嫌悪も露わにリチャードを睨みつけた。

「仕方がないだろう。災害とは現れる場所を選ばぬものだ。ボクの暴威に巻き込まれたのなら、抗おうとはせず潔く諦めるべきなのだ」

 リチャードは既にこの世の命を支配する、破壊の使徒である。前はソルタの出現にすら萎縮していたが、今やたかだか睨みつけられたぐらいで威圧されるような器ではなくなっていた。東の言を一蹴すると、傲然とまなじりを決して、にわかに凄みを帯びた貫禄を示すのだった。

 だが東とて、敵の気迫に畏敬の念を示すほどの高潔さは持ち合わせていない。校庭に向かって歩みを進めるにつれ勘づいた違和感を、リチャードに問い質した。

「おい。アリアは、というかここにいた生徒はどうした?」

 それまで粛然と構えていたリチャードが、途端に無邪気な喜悦で輝いた表情を見せた。

「あぁ、アレね。ほら、そこの赤い染みがアリアだ。で、そこのぶちまけられた内臓がカウス、あそこにある痛々しい何かがウェズンだ。あれ、違ったかな。なにせ、ここまで醜く壊れると判別がつかないものでね。生きてても仕方がない奴らの死に様なんていちいち覚えていられないよ」

「……ちょうど暇だったんだ。お前を殺してやる」

 殺意に凍えたひときわ冷淡な一瞥をくれると、東は魔力を解放した。轟、と彼の周囲に激しく魔力が渦を巻き、白く染まった彼の髪が風にあおられ激しくはためく——戦いに向かう獅子のたてがみのように。

「下等生物の分際で、このボクに楯突こうとするなぁぁ‼」

 叫ぶやいなや、リチャードもおぞましい量の魔力を吐き出すと、一瞬にして魔力が爆弾人形の姿に変わった。人形は土色の津波と見紛うほどの群れを成し、東の方へと迫ってくる。

「フン——!」

 迫り来る人形の波を、東は透徹した目で見据えると、空間上に二本の剣を出現させた。磨き抜かれ、研ぎ澄まされた刃。英雄として数々の剣の魔術を目の当たりにしてきたソルタをして業物と言わしめる逸品、“双剣 東二式あずまにしき”。それを手の中に収め、泰然と構える。

 斬る。一瞬にして判断した。驕りでも気負いでもなく、純粋な分析として。

 百を超える人形を二刀で迎え討つという無謀を決意し、二刀を振るった瞬間、衝撃的な光景が眼前に出現した。

「はえ?」

 驚きの声はリチャードのものだった。波のように押し寄せた人形の大軍が、次の瞬間悉く斬り裂かれ、木屑と化した。轟音を響かせながら塵と消えていく人形を眺めながら、リチャードは呆然自失の体で立ち尽くした。

 あり得ない剣撃だった。目に見えないほど速く、鋭い鮮烈華麗な斬撃。まるで攻撃そのものが瞬間移動・・・・したかのような、不可視にして不可避の速攻であった。

「あれ、これだけか? もう少し期待していたんだが。まぁ、俺のレベルは100だからお前ごときが互角に闘えるとは思ってないけどな」

 嘆息と同時に嘲笑を投げると、手にした剣を放り捨てた。まるでこれ以上の攻撃は大人げないと言わんばかりの憚りない態度であった。

 無論、その態度を寛容に受け流すリチャード・アウェイクではない。一つ、大きく息を吐くと、彼の全身からバキバキとかまびすしい音が鳴り出した。

「レベル100だと? 冗談にしても笑えないな」

 リチャードの全長が二倍近くまで膨らみ、背や腰から新たな触手が次々と生え、蛇のように動き出す。足は象のように太くなって急激な肉体の変化を支える。

 より醜悪に、より凶悪に。これが人間の極地であるとでも言うように、さらにおぞましい異形の姿へと変じながら、リチャードは絶叫した。

「ボクこそが玄翁女帝様の眷属けんぞくにして、七罪死皇しちざいしこうの一人、〈憤怒〉の魔人 リチャード・アウェイク! 世界最強の存在なんだ! 貴様ごときがボクより強いなどあり得るはずがないんだ‼」

 歪んだ叫びをほとばしらせながら、どす黒い魔力を周囲に発散させる。そしてそのよどんだ瞳に敵の姿を映すと、全身に生えた触手を矢のような勢いで伸ばしてきた。

 狙いは全身を破壊されたソルタと、余裕の表情でたたずんでいる東だ。迫り来る触手を人形のように高速で切断することもできなくはないが、リチャードの肉体は再生能力を持っているため、ここで斬り伏せたところでたちどころに生え代わってしまう。

 気づいた時には防ぎようがないほどの速さと鋭さで東の眼前まで迫ってきていた。

「ふぅ———」

 だが、東の表情に変化はなく、むしろ『どう処理するのが楽しいか』に思考を巡らせる余裕すらあった。

 うねくる触手が蛇の群れのように縦横無尽に張り巡らされ、敵を掃滅そうめつせんと鎌首をもたげたその刹那、涼しげな声が周囲に響いた。

黒刺武双千本桜シュバルツキルシエード

 呟きと同時に周囲の景色が一変した。

 言うなればそこは剣の世界だった。夥しい数の剣が空中に乱立し、冷たくかおる鉄の煙に覆われている。まるで空間の全てに鉄の棘が生えてしまったかのようだ。

 空間上に固く突き刺さった千本の剣はそのどれもが鋭く研がれた名剣、秋水の刃。霊廟のように連なり、冷たく無機質に佇んでいる。

「なんだ……コレは」

 異常をいち早く察知したリチャードは、即座に攻撃の手を止めると、周囲を見渡した。燃える校舎も、えぐれた地面もそのままに、剣の存在だけが最大の変化として輝きを強調している。

 呆然と周囲を眺めているリチャードを他所に、東は宙に浮かんだ剣の一本を掴むと、高々と掲げた。

 気高き王者の魂に、剣は殺意を以って応えた。空間に並んだ千本の剣が、一斉に切っ先をリチャードに向ける。

 そして数秒後、何条もの銀光が一斉に掃射された。

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ——————⁉︎」

 無数の剣が舞う。何百何千という空を切る音、敵を地面もろとも串刺しにしていく無数の矢。降り注ぐ剣の雨を浴びて、リチャードの体は次々と突き穿うがたれ、破壊される。

 そこに反撃の余地などありはしない。矢継ぎ早に放たれる千剣の雨に全身を蹂躙されながら、魂削たまぎる絶叫を上げる。

 数十秒後、剣の嵐がおさまった。針山のように突き刺さった剣の真ん中で、リチャードは死に続けながら蘇生し続けていた。体を抉った剣が容赦なくリチャードの肉体を崩壊させ、それと同時に驚異的な再生力が損壊を修復していく。

 しかし、リチャードの持つ生命力が発揮しうるのはあくまで肉体の治癒だけであり、ダメージそのものを無効化するものではない。肉が裂け、骨を貫く激痛は、終わることなく連続してリチャードの精神を蹂躙する。

 不死身の体は自殺行為にも等しい特攻や、捨て身の不意打ちを戦術として有効にする最高の体質だったが、それがここにきて仇となった。何十箇所も致命傷を貫かれても死ねず、残りの時間の全てを死の苦しみに悶えて過ごすことになったのだ。痛みすら感じる間もなく即死した方がまだ幸いだったのかもしれない。

「なぜだぁ……なぜ、魔人の力もなく、それだけの強さを発揮できる⁉︎」

 痛みにむせび泣きながらも、リチャードの脳内に占めるのは、恐怖でも悲観でもなく、疑問だけだった。

 たしかにあり得ない話だ。たった三ヶ月しか魔術を修めておらず、玄翁女帝の力を借りてもいないのに、前人未到のレベル100に到達し、魔人リチャードを圧倒した。正攻法であれば確実に不可能な急成長を東はやってのけたのだ。

 もし東のように急速にレベルアップする方法があるなら、誰もが実践しているだろう。

「なぜもなにもない。俺の魔術が最強なだけだ」

 東の魔術は瞬間移動だと周知されていた。しかし、怪我を一瞬で完治する、夥しい数の人形を一瞬で破壊する、千本を超える剣を出現させるなど、東の戦法は瞬間移動の領分を逸脱しすぎている。

 この事実から得られる結論は一つ。つまるところ彼の能力は瞬間移動ではない。彼の真の魔術は——

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