幕間 跳梁
とある少年の話をしよう。誰よりも勉学に励み、人を憎んだ少年の話を。
少年は幼い頃から早熟と言われるほど見識深かった。日に百冊以上の書物を読み、十歳を超えた頃には、同学年では他の追随を許さないほどの有識者となっていた。
その膨大な知識量が認められ、ついには全世界の魔術師を束ねる最高学府、エイト・プリンス魔法学校に
だが、現実はどこまでも過酷だった。この世界において、知識とは魔法や魔術の練度を高めるために必要なものであり、知識人だからといって評価されるわけではない。故に、いくら知識があっても、魔法や魔術に活かす実力が備わっていなければ、魔術師としての価値を失うのである。
リチャードは幼き青春の日々を勉学に捧げすぎたため、知識量は人の何倍もあったが、それ以外の能力は軒並み平均以下だった。無論、魔術の腕も例外ではない。
魔術の技量を誇りに入学してきたエイト・プリンス魔法学校の生徒達にとって、リチャードのようなレベルの低い魔術師は目障りな邪魔者でしかなく、むしろ同じ環境で魔術を学ぶことに嫌悪すら覚えていた。
それは教師たちとて例外ではない。名門出身の生徒ばかりに期待を託し、リチャードのような魔術の扱いに優れない生徒には術の伝承どころか魔導書の閲覧すら渋る有様だった。
やがて嫌悪は暴力に発展し、エイト・プリンス魔法学校の生徒達はリチャードを激しく攻撃した。
だが、リチャードのような劣等生を蹴飛ばそうが、押し倒そうが、物を投げつけようが、教師達は見て見ぬふりをした。反撃しても、職員室に連れて行かれ、処分を受けるのは常にリチャードの方であった。
当然、エイト・プリンス魔法学校の生徒達は「自分は何をやっても許される」と思うようになり、ますます暴力エスカレートさせていくこととなった。
そうして、彼は日に日に憎悪を熟成させていくこととなった。だが、この時はまだ彼は復讐を考えたりはしなかった。自分の知識が認められないのなら、魔術の腕を上げて周囲に才能を認めさせようと思い至ったのだ。自身に適した魔術は何かと考えた時、彼は真っ先に爆弾が思い浮かんだ。
火には人を魅了する独特なものを含み、暖炉の火や花火、キャンプファイヤーはその魅力を活かした娯楽の最たる例だ。火の持つ魅力は土砂降りの豪雨や轟く雷鳴、荒天の波濤が持つ神秘に似ている。これらの現象は、ほとんどの人に原始的な性質として備わっているものであり、特に害が生じるものではない。
実際、彼もこの時までは純粋に燃えているものを眺めるのが好きな好事家なだけであり、それを自身の得意魔術に活かそうと思っただけである。
なにより、彼には尊敬する人物がいた。〈破壊〉の七聖賢 アルカイド・ノヴァフレアである。アルカイドの背を追うべく、彼は火薬を精製する魔術に腐心するようになった。持ち前の化学の知識を最大限活かし、慎重かつ丁寧に研究を重ね、やがて彼は高い威力を持ち、多様な調整が可能な爆弾の開発に成功した。
まさに革命的な魔術だった。従来の爆弾を作る魔法や魔術は、火薬の量にものを言わせたものが多く、暴発の危険性が高いため扱いが非常に難しかったが、彼の爆弾魔術は魔力の消費が少なく、扱いも簡単だった。
彼は自分の魔術が
だが、それでも周囲はリチャードを劣等生と蔑んだ。彼のレベルでは高い威力といってもたかが知れており、他にも高火力の爆弾を作れる魔術師は大勢いたのだ。
結果、またしても彼の実力は認められなかった。それならばと、彼は自分の魔術理論を世間に公表すべく論文を執筆し、査問会に持ち込んだが、愚者の妄言と一蹴され、挙げ句の果てには爆薬を愛する危険人物として周囲から疎まれた。
彼はすべてを恨んだ。人を恨み、憎んだ感情の果てに、死んで然るべき者たちを焼き尽くす爆弾を作る決意を固めた。自身が愛した爆弾を悪魔の武器へと変えようとしたのだ。
それから彼は血の滲むような努力を重ね、ひたすらレベルを上げた。爆弾は安全性を全て捨て、威力のみに徹底した構造に改良した。
血と火薬に
「
そして少年リチャードは超常の力を手にし、長く望んできた復讐を果たすことにした。
しかし、このとき既に殺人の対象は、エイト・プリンス魔法学校の生徒と教師達から、社会全体に広がっていた。実際、自身の憎悪や鬱憤を社会全体の責任転嫁し、非行、犯罪にはしるケースは度々見受けられ、その究極の形が無差別大量殺人であり、彼が行ったのが街を爆撃するという凶悪犯罪であった。
隣町を試験的に襲ったところ、難なく成功し、思った以上の爆発に心震えた。
味わう甘美な陶酔感、この場を支配しているのは自分だという深い満足感が空虚な心を埋め尽くした。
斯くして、リチャードは気の向くままに街を襲い、壊滅させた。後にその一連の事件はパペットボンバー事件と呼ばれた。
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