第19話 七聖賢④

 影深き、路地の奥。

 その闇の中に、ふと半月が咲いた。闇と一体化するようにジッとしていた浴衣姿の妖艶な美女が、笑いの形に唇を歪めていた。

 史記に書かれたような神聖な大亀に腰を下ろし、エデンの園に置かれたような蛇を携える女の姿は、まるで一葉の画であるかのように美しく、おりのようによどんだ闇の中に眩く絢爛けんらんな威光を放っている。

 その女の傍らには、十代半ばの少年が片膝をついて恭しくおもてを伏せていた。

「其の方、わらわが何者か申してみよ」

造化四神ぞうけのししんの一柱、玄翁女帝げんのうじょてい様でございます」

「足りぬ」

 不遜の狼藉を働いた少年に、玄翁女帝は緑の瞳をぎろりと向ける。

「面目次第もございません。常世とこよを統べし偉大なる君臨者、玄翁女帝様でございます」

 少年の讃美さんびに気を良くしたのか、満足げな笑みを浮かべて混ぜ返す。

「答えよ、首尾は順調か?」

 こうべを垂れ、地面に膝をついた少年は、自身の成果を滔々とうとうと報告した。

「はっ、昨日もバルジ王国西部にある都市を爆破して参りました。これで無知な民草は姿なき破壊の神に恐怖し、絶望したに違いありませぬ」

 ふむ、と少年の言を首肯しゅこうして認めると、翠緑の瞳に神威を込めて、脅かすように少年を見据みすえた。

「其の方、妾の力を使って何をすべきか分かっておろうな?」

 神の如き強烈な偉容にも、少年は一切物怖じすることなく、自信を込めて返答した。

「はっ。おびただしいほどの嘆きを、鮮血を、屍を。貴女に捧げることこそ我が宿命、慟哭どうこくって御身をたたえることこそ我が宿願。貴女の寵愛ちょうあいたまわるためであれば、この身を賭して殺戮の代行を務めさせて頂きます」

「……結構ぞ。武勲のほどに期待する」

 何を照らすこともない闇の中、女は満足げに呟く。甘い陶酔とうすいに満ちたため息が、そっと夜陰に溶け出した。

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