第18話 七聖賢③

「うっす、ただいま。今日の飯も豪華だな」

 ソルタの屋敷に戻り、主塔の中の大広間に行くと、宮廷料理もかくやという豪華な食卓が出迎えてくれた。

 磨き立てたテーブルにシャンデリアの光が輝き、テーブル掛けには、陶磁器とうじきやナイフ、フォークが並べられている。厚切りの牛ステーキを中心とした最上級クラスのコース料理が銀の食器に盛られていた。

「オラ、さっさと座れ。待ちくたびれたぞ」

 ソルタは既に着席しており、仏頂面で東を迎えると、傍らに置いてあったワインをだばだばとグラスに注ぐ。

 促されるまま東も席に着くと、目をつむって手を合わせた。

「いただきます」

「いただきゃす」

 合唱と共に、二人は食事を開始する。

 厚切りのステーキは非常に上品な味わいだった。口に入れた瞬間、上質な脂身が滑らかに溶け出していき、肉の旨味が口いっぱいに溢れ出す。表面に軽く振られた胡椒こしょうが鼻を抜けていく感覚もまた心地いい。

 そして、ソルタは相変わらず豪放で品のない飲み食いをしていた。ワインを時折くびりとあおり、肉を素手で掴んで食べている。傍らに置かれたナイフとフォークには一瞥いちべつもくれない。

 このような粗雑で思慮分別を一片だに持ち合わせていない山猿やまざる同然の人間が英雄として語り継がれ、讃えられているという事実を、東は未だに信じられない。

「なぁ、お前って七聖賢なんだよな……?」

「あぁ、それがどうした?」

 どうやら英雄としての誇りを持ち合わせていないのは、アルカイド・ノヴァフレアだけではないようだ。英雄と呼ばれることを、まるで子供の戯言をかかずらわるかののように馬耳東風に聞き流していた。

「じゃあさ、その七聖賢について詳しく教えてくれよ」

「あん? 聞いてどうすんだよ。七聖賢になりてぇのか?」

 ソルタが喋ると同時に、口いっぱいに頬張っていた肉切れの一部がつばと一緒にテーブルに飛び散る。

 不愉快極まりなかったが、この程度の振る舞いを許容できなければ、ソルタの同居人は務まらない。彼は入室する時、扉をノックしたり開けたりせず、壊して中に入るような男だ。

「違う。だって今、パペットボンバー事件ってのが起こってるんだろ? 今のうちに、七聖賢であるアルカイドの情報を仕入れておいた方が、いざ事件に直面したときに対応しやすいじゃないか」

 ふーん、と生返事、あるいは大きな鼻息を吹くと、ソルタはおもむろに呟いた。

「なるほどねぇ。勉強熱心なのはいいことだが、それは徒労だ。犯人はアルカイドじゃねぇからな」

 ソルタの言を聞くと、東は興味深そうに大眉を上げた。

 他の人が言ったのであればせん無い妄言として一蹴していた内容であるが、他でもないソルタが放った言葉となると、どうにも信憑性が増して仕方がなかった。

「やはり、違うのか?」

「あぁ、アルカイドの真似事を楽しんでいる犯人がいることは既に調べがついている。ま、これは南十字星軍サザンクロスどころか、他の七聖賢すら掴んでいない情報だけどな」

 華やかな見た目と粗暴な態度からは思いも寄らないが、ソルタは犯罪者プロファイリングのスペシャリストである。

 隠密調査、追跡術、諜報ちょうほう技術、行動分析においては他の追随を許さない。それだけでなく、暗殺術や捕縛術などの多彩な技術や知識も身につけているため、犯人を特定後、再犯をする前に闇討ちする戦法を得意とする。

 七聖賢ではあるが、ソルタ自身もまた、一級の犯罪者である。凶悪犯罪を誰よりも熟知した彼だからこそ、真っ当な英傑では及びもつかない手段や考察で、犯人を特定することができるのだ。

 彼は長年の経験や勘から、早々にアルカイドが犯人である可能性を否定し、真犯人を特定するべく暗々裏に行動していた。

「でもそんなことあり得るか? 街一つを爆撃するなんて、それこそ今頃七聖賢になっていてもおかしくないと思うんだが」

「あぁ、この事件、真に恐ろしきは黒幕にある。調べたところ、実行犯の奴は最近までどこにでもいる普通の魔術師だったんだ。それが黒幕の強化魔術によって、七聖賢と同等の力を持つ魔術師に進化した。そして、超常の力に欲した犯人は、その力を以って内なる狂気を爆発させた———」

「ちょっと待て」

 狼狽もあらわに、半ば反射的な勢いでソルタの言葉を遮った。

「それはよりあり得えねぇよ。たしかに、人をレベルアップさせる魔術は存在するのかもしれない。だが、普通の魔術師を七聖賢と同等になるまで強化するなんて不可能だ。それこそ……」

「レベル100の魔術師でもないとそんなことはできねぇ。あぁ、そうだろうな。オレもオメーも言うんだし、それは間違いねぇよ。だがな……」

 背筋を伸ばすため一旦そこで言葉を止めた後、ソルタは先を続けた。

「オレたちが知らないだけで、世界の何処かには、もはや英雄と呼ぶのもおこがましい絶対的な神の存在、レベル100に至った魔術師がいるかもしれねぇぞ。それが今まで謎の組織によって隠匿いんとくされていたが、何らかの事故で解放された……それが今回の事件の真相かもしれねぇぞ」

「……」

 東の明らかな狼狽に、ソルタの青い目があやしく光る。

「だがそうなると、この世界にオメーが来たことに天啓てんけいじみたものを感じるな。もしそんな神の力を持つ人間が暴れ出したら、いくらオレたち七聖賢が集まったところで敵うはずがねぇ。だがオメーがいりゃ、少しは勝機があるかもしれねぇからな」

「そこまで期待されても困る。面倒事に首を突っ込むのはご免だ」

 失笑と同時に溜息ためいきをつくと、東は思い立ったかのように呟きを漏らした。

「そういや、話がれちまったな。本当のことを言うと、パペット・ボンバー事件は建前で、俺は七聖賢について知りたいんだ。七聖賢ってどういう人間がいるんだ? 英雄の集まりとは聞いているが」

「総じてクズばかりだよ。ミザールは兵士を道具のように使う帝国軍の元帥で、メグレスはあらゆる生命を実験に使う狂科学者マッドサイエンティスト、ドゥーベは人類にとっても魔物にとっても敵である絶対悪だ。アルカイドに至っては、他の七聖賢が可愛く見えるほどの外道だからな。まぁ、実力さえあれば、鬼や悪魔でもなれてしまうのが七聖賢だ。オレでもなれると言えば、大体分かるだろ?」

 音に聞こえし英雄達が揃いも揃って騎士道精神も欠片もない人格破綻者と知り、東はしばし呆気あっけにとられた。

 だが実際、彼ら七聖賢に騎士道精神は必要ない。彼らが戦う相手はあくまで人間ではなく魔物である。人間同士の戦争であれば、戦いに人としての倫理が求められたであろうが、害獣を狩るのに法や理念など存在しない。

 彼らの戦場に必要なものは、弱肉強食の方程式から成果を導き出す合理的な判断力と、それを遂行する実力だけだ。それ以外は敗北の可能性を助長する不純物でしかない。

 的確に、最低限のリスクで勝利と生存を勝ち取ることだけを狙う狩人、それこそが名にし負う七聖賢の正体である。

「……そんな物騒な奴らがなんで素直に国や王族の言うことを聞くんだ?」

「まぁ、大量の金が貰えるからな。この豪邸だって半年分の給料で購入したものだ。あと、要求はなんでも呑んでくれるってのもある」

「すると例えば?」

「オレとかは、どんなに人を殺しても無罪放免だ。七聖賢になってからは、大手を振って殺しができているぜ」

 予想以上に下衆げすな返答に、東は偏頭痛を覚えた。

「だがな、実力は本物だ。オレら七聖賢の戦闘力は、国家が所有する第一総軍にも匹敵する。これが何を意味するか分かるか? オレたちが本気になれば、単身で戦争・・が起こせるんだ」

 約三十年前、道化の狼藉に激怒した七聖賢の男がいた。

 小一時間暴走した彼の周辺には夥しい数の屍山血河を積み上げられ、都市全域は焦土しょうどの山と化した。

 彼の暴走を止めるべく、国家が所有する数多の兵が導入され、その大半が成す術なく散っていった。この時の惨状を言葉にするならば、それは紛れもなく戦争であり、残虐無比の殺し合いであった。

「なるほどねぇ。そんな危険人物を放置するくらいなら、報酬という名の頸木くびきに繋いでおいて、じゃじゃ馬のように働かせた方が利点が多いってわけか……」

 ソルタは不敵に笑って、グラスの中の酒を飲み干した。東の分析を決して侮辱とは受け取らなかった様子である。

「まぁ、金さえ払えばなんでもするってわけじゃないが、魔物討伐程度であれだけの金が貰えるなら割のいい仕事だ。人類を救うくらいオレからすれば些事でしかねぇ。それは他の七聖賢も同じだ。特に、アルカイドと∞は歴代七聖賢の中でもトップクラスの実力者だからな。正直、魔物を駆逐するだけなら、あの二人がいりゃ事足りる」

「……∞」

 一にして全、全にして究極の一。この世の全てであり、他の何物でもない。

 無限の名を冠する英雄に、東は不思議と興味を持った。

「なぁ、∞ってどんな奴なんだ?」

「あいつは……なんていうか、不気味な奴だ」

 ソルタにしては珍しく、奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い物言いだった。

「とんでもなく強いってのもそうなんだが、奴は。どこにいても監視されている気がして気味がワリィ。アズマも気を付けろよ。明日には奴に追跡されているかもしれねぇぞ。奴は正義は愛しているが、人間はこれっぽっちも愛していねぇ。そこら辺で少しでも悪いことしてみろ。次の瞬間、跡形もなく消されてるぞ」

「世界中……? 監視……?」

 言外に意味するところをめず、東は首をかしげる。

 だが、ソルタは心なしか少し顔を蒼くしており、これ以上∞について聞いても答えてくれそうにないため、代わりに別の話題を用意した。

「なぁ、ソルタって〈魔導〉の七聖賢なんだよな? その魔導ってどういう意味だ? 聞いたところによると、二つ名が功績や能力を表しているらしいじゃないか」

 別段得意げになるわけでも不満を露わにするわけでもなく、ソルタは悠然とワインのグラスを傾けながら返答した。

「魔導っつーのは、読んで字の如く『魔術で世界を導く』って意味だ。名誉ある魔術講師や、秘伝の術の師匠を表す言葉でな。言っちゃえば、偉大な先導者の称号だな」

「じゃあ、お前も高名な講師なのか?」

「まぁな。オレは同じ七聖賢である、メグレスやドゥーベの師匠だ。当時は無名だったガキ二人を英雄と呼ばれるまで修行をつけてやった。要するに、オレは英雄を育てた英雄ってわけだ」

「へぇー、そりゃすごいな。お前が七聖賢になるのも納得だ」

「あぁ、懐かしいな……当時八歳のガキだったあいつらも、気が付きゃ今年で三十五か……時が経つのは早いもんだ」

「そうか……んん?」

 ソルタの述懐じゅっかいの聞き捨てならない異常性を察知し、緊張で身を硬くすると、震える声で問い質した。

「なぁ……お前歳いくつなんだ?」

「五十七だ。それがどうした?」

「はあああああああ⁉︎」

 驚きの度合いでいえば、異世界に転生した時ですら、ここまでの衝撃はなかったと断言できる。後頭部をハンマーで殴られたような衝撃が、いつまでも東の中を奔っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る