第13話 闘う君へ

 エイト・プリンス魔法学校において、制服とはすなわちローブであった。別に、エイト・プリンス魔法学校が特別なわけではなく、ローブは呪文を唱える時に動きやすく、手入れも簡単なため、魔法学校では積極的に導入されている代物だ。ローブの色が学年を表し、白、赤、黒色に統一されている。

 東はこの日、学年色である黒のローブを纏いながら、教室の片隅で魔法薬の授業を受けていた。その教室は校舎の二階にある木の壁に囲まれた古臭い部屋で、古い革装本の強烈な香りと、蜘蛛くもの巣のほこりっぽい臭いが混ざり合っている。

「このように、魔法薬レフェクティオは滋養強壮作用があり、少量で大幅な魔力を蓄積できます。マッケンジー氏によると、試験管一本分の量で一日分の食事に相当する魔力を得られるそうです」

 そう言うと教師は、簡単な薬の調合を開始した。干しマンドラゴラを計り、マムシを黒焼きにし、サソリを完璧に茹で、バジリスクの血を取り出すと、それらを全て大釜の中にぶち込んだ。

 やがて大釜から強烈な緑色の煙が上がり、シューシューと音を立てると、その液面が黄色く泡立っていく。教師が巨大な木製のへらでかき混ぜると、大釜の中身がんだ黄金色の液体に変わった。

 各工程について、教師は丁寧に説明を加えながら、魔法薬調合の実演をしていく。東は黙々と授業を聞きながら、羽根ペンを器用に動かし、羊皮紙に内容を書き留めていった。

「では明日、皆さんも実際に魔法薬を調合してもらいます。今日の内容をしっかりと復習するように」

 結びの言葉で締めると、教師はその日の授業を終えた。



「ふぅ、あいつの授業は聞く価値あるかもな」

 昇降口へと続く長い廊下を歩きながら、東は平然と呟いた。

 東にとって、授業とは勉強するだけでなく、教師の実力査定をする時間でもある。教え方、態度、進行速度、それぞれを正確に吟味ぎんみし、聞くべき授業とそうでない授業を判断する。聞くべきでないと判断した場合、その科目は徹底して自学習に励むか、履修を諦めるのである。

「魔法薬はいいとして、使い魔の講義はゴミだったな。あいつの授業は受ける価値な———ん?」

 ふと、窓の外に目を向けると、一羽のカラスが東に向かって飛んできた。

 カラスは窓から廊下に侵入し、天井付近を二、三度旋回すると、降りてきて東の肩にとまった。人に対して警戒心を抱いておらず、訓練された動きをしていることから、そのカラスは『使い魔』であることが分かった。

 使い魔とは、人の言葉を解し、命令を聞くことができる魔物のことである。大抵のことは魔法で解決できる世の中ではあるが、情報伝達や物資の運搬、遠く離れた人との意思疎通は魔法をってしても困難を極めるため、人間よりも移動能力に優れた鳥や馬、夜目が効くふくろう蝙蝠こうもりなどが頻繁に利用される。

 中でも、今し方東の肩に止まったカラス、レイブンクロウは知能が非常に高く、魔法によって強化された飛行能力は、休息を挟めば海を越えて大陸間すら渡ることができるほどである。

「……?」

 よく見ると、カラスは白い封筒を咥えていた。

 おそらくこれを渡しに来たのだろう。そう察した東は封筒を手に取り、雑に開けると、中の手紙をあらためる。文面は、小筆で書かれたであろうとても美しく丁寧な文字でこうつづられていた。


 ——放課後、校庭にて決闘を申し込む。逃げたら殺す。 


「……」

 少なくともラブレターではないことは、容易に見て取れた。物騒な文面から察するに、これは正真正銘の果たし状ないし脅迫状である。

 無駄なことはしない、面倒なことはやらない。これが彼にとっての金科玉条であり、目の前の手紙がその好個の例である。よって、従う義理もなければ、行く道理もなかった。

 だが手紙には、逃げたら殺すとまで書いてあり、東に対して相当強い私怨を抱いた人物であることが窺える。もし決闘を反故ほごにしてこのまま帰宅すれば、手紙の主は次の日以降、徹底的に東を追い回すだろう。それはそれでさらに面倒くさい事態である。

「はぁぁ……面倒くせぇ……」

 重い足取りのまま、東は約束の場所、校庭に向かうことにした。


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