第11話 入学試験

「せっかくだから魔法学校行って常識や一般教養を身につけてこい」

 オレが教えるのは面倒だ、そう付け足すと半ば追い出されるような形で、東は魔法学校の試験会場に足を運んでいた。

 魔法学校とはその名の通り、魔法や魔術についての理論や技術を学ぶ教育機関である。数学や化学、物理といった一般科目に、薬草学や魔物の飼育学など、魔法に関する科目が組み込まれた授業が展開される。

 中でも、今東が向かっているエイト・プリンス魔法学校は名のある家門の出自や、古の秘術の正統な後継者、魔術戦大会の優勝経験者など、全世界の優秀な魔術師を束ねる最高学府であり、魔術師の総本山的存在とも言える。

 ゆえに、入学試験は非常に狭き門であり、そこに招聘しょうへいされるとあれば、末代まで語り継がれる名誉とされる。

 そんな最高教育機関の門を、東は叩こうとしていた。

「立派な建物だな……ソルタの家にも引けを取らない造りだ」

 狭い路地裏を通るまでもなく、暗い洞穴ほらあなに隠されているわけでもなく、魔法学校は少し栄えた街の真ん中に堂々とそびえ立っていた。三階建てくらいの高さがある古風な煉瓦れんが造りの建物であり、いい具合につたが絡まっていて洋館を思わせる趣があった。

「失礼しますよー」

 にれの木が生い茂る庭を抜け、建物の中に入ると、大理石の玄関ホールが仰々しく迎えてくれた。壁は松明たいまつの炎に照らされ、天井はどこまで続くか分からないほど高い。壮大な大理石の階段が上に向かって伸びている。

「入学試験を受験される方は、二階の応接室までお越しくださーい」

 試験官に案内されるがまま階段を上って二階に上がり、廊下を少し歩くと、巨大な教室の扉の前に立つ。その大きな鉄格子の扉の周りには、既に大勢の受験生が集まっていた。

「では、只今から一次試験を開始いたします。最初の試験は魔法の技能検定です。試験監督に指示された通りに魔法を使ってもらい、それを見て技能を審査させていただきます。この試験で合格点を出せなかった場合、即時失格となりますので、気を引き締めて臨んでください」

 そう言うと、試験官はその場にいた受験生に受験番号票を配り始めた。どうやら、番号順に呼び出しがかかるらしい。さっそく一番の番号札を貰った生徒が教室の中に入っていくところが確認できた。

 東も受験票を受け取ると、廊下の壁に設えられたガラス窓の傍に立ち、外の景色を眺めて無聊ぶりょうを慰めることにした。

 やがて二時間ほど経った後、試験官から呼び出しの声がかかった。

「では、二百七番の方、二番扉にどうぞ」

「失礼しゃーす」

 扉を軽くノックをして中に入ると、大きな部屋が広がっていた。奥行きがあって天井が高く、床から天井まで壁面を埋めた本棚に、ぎっしりと本が詰まっていた。早朝の淡い光が、高いガラス窓からぼんやりと差し込んでいる。だが部屋が明るいのは、部屋の隅に置かれた二つの大きな燭台に蝋燭ろうそくが灯されているからだった。

「では、こちらにおかけください」

 促されるまま椅子に腰かけると、目の前の長いテーブルの後ろに五人の人物がいた。背もたれの高い、彫刻が施された木の椅子に座っている。五人とも歳はかなり取っており、ビロードの縁取りのある立派なローブを纏っている。如何にもこの魔法学校の理事といった佇まいであり、長老格の威風を放っていた。

「東秀です。お願いしゃす」

 大儀そうに履歴書を試験官に渡すと、手と足を組んで椅子にもたれかかる。

 試験官は書類をいぶかしげに眺めると、磨かれたテーブルの上に手を組んで、最初の指示を出した。

「ではまず、この蝋燭ろうそくに火をつけなさい」

 そう言うと、長テーブルの真ん中に座っていた髭の長い長老が、一本の細い蝋燭ろうそくの乗った燭台を取り出し、東の目の前に置いた。

 東は意識を集中して右手を差し出すと、蝋燭ろうそくの先端に小さな赤い炎を出現させた。

「蝋燭の火を消しなさい」

 命じられるがまま、蝋燭の炎が消えていくところを心に思い描き、魔力を燭台に集中させると、蝋燭の火が細い煙を残してフッとに消えた。

 その後も、水を出しなさい、針を造りなさい、椅子を空中に浮かせてみなさい……と立て続けに課題を出され、東はそれを粛々とこなしていく。

 やがてその数が十に至った後、五人の試験管は東の実力を首肯して認めた。

「よろしい。では、一次試験は終わりです。二次試験は校庭で行います。移動しなさい」

「うっす、あざした」

 東は頭を軽く下げると、ポケットに手を入れ、教室の出口へときびすを返した。


 ———東が去ってしばらくした後、残された試験官達は顔を見合わせて、真剣な口調で話し合っていた。

「今の子、どう思いますか?」

「我々相手でも物怖じしない胆力は大したものだが、あのふてぶてしい態度はどうかと思うがね」

「いえ、性格そこじゃなくて。彼、何か変な感じがしませんでしたか?」

「えぇ、そうね。彼は魔法を発動させるまでの工程があまりにも少なすぎたわ。火を消すとなると、魔法で風を起こして消すのが一般的だけど、彼は『火を消失させていた』。なんの予兆もなく、一瞬にして、まるで最初から無かったかのように」

「発動の過程どころか呪文の余韻すらない。何か普通じゃない力を使っているように見えますな」

「もしかするとこれは……二次試験で面白いものが見れるかもしれんのぉ」


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