第10話 魔法と魔術③

 魔法を学び始めて一ヶ月が経った。

 なるほど東は学問や運動だけでなく、魔法においてもその天才性を示したらしい。飽きっぽい性格のせいで長続きはしないが、天性の勘の良さで様々なジャンルの魔法を習得していき、たったひと月で日常生活に支障のないレベルまで技術を鍛えていた。

 だが、いくら魔法を修練しても、東はなんら達成感を得ることはなかった。何しろ、彼にとって魔法を身につけることは理想のための通過点でしかなく、自分のための魔術を開発することこそが彼にとっての到達点である。そこに至るためならば、情熱も感動も伴わない魔法の修行での苦労はいとわない。彼は、楽するためなら努力を惜しまない人間だった。

「はぁ……」

 だが、肝心の「理想的な魔術」を未だに見つけられずにいた。

 東の理想は、楽してレベルアップができ、日常生活のあらゆる面倒事を解消し、物騒な魔物や悪逆の徒を瞬殺できる最強の魔術、これに尽きる。

 しかし、理想の条件を全て達成する魔術を開発するのは、いくらなんでも無謀に過ぎた。魔術とは、あくまで限定的な能力であり、複数の条件を一手に担うものは実現不可能だからだ。

『森を覆うほどの炎を出す魔術』『大量の水を放出する魔術』『死者を蘇生させる魔術』『いかなる怪我も完治させる魔術』など、単一の能力に特化したものなら開発可能だが、『巨大な炎を吐き、膨大な量の水を噴き出しながら死者を蘇生させる魔術』といった条件過剰の能力は開発できない。それは魔力操作の原理に反している。

 無論、魔術を多数習得すれば、東の理想を叶えることができる。しかし、魔術を複数身につけるのはあまりにも時間がかかり、非常に効率が悪い。そも難易度が高く、東の器量をってしても困難を極めるだろう。

 ゆえに、一つで理想の全てを叶える魔術を思案しているのだが、一向にそれらしい答えが浮かばず途方に暮れていた。

「この期に及んでまだ思案か。オメーも難儀な奴だな」

 芝生に寝転んで空を眺めていると、頭上からトゲがあるが、涼風のように凛とした声が聞こえてきた。

「千思万考、深謀遠慮しんぼうえんりょ、大いに結構。だが、いたずらに時間をかけるのは感心しねぇ。そんな在るか無いか知れねぇ魔術ものを探究するよりも、既存の魔術を極めた方がよっぽど有意義だと思うが?」

 低く抑えた声で告げると、東に冷ややかな視線を送った。

「いや、俺はこれでいい。魔術が真に万能の手段なら、必ずや俺の野望を叶えるものが存在するはずだ」

 ソルタの言圧にじることなく、東は毅然きぜんと応じる。

「万事楽にこなす魔術ねぇ……魔力操作の領域を逸脱しているきらいはあるが、まぁ、やりようではある。これは魔術の基本則だからな」

 重力は操れなくても、物の重さを変えて重力圧の強さを変化できるように、魔力でできていないものでも、手段を変えれば間接的に操作できるのが魔術だ。

 どんなに突拍子とっぴょうしのない現象でも、術者に技量があれば、再現できる可能性はゼロではない。

「まぁ、目的ばかりに縛られず、自分の特技や性分に合った魔術を開発するといい。魔術は魔力で想像をかたちにする技術なんだから、必然イメージしやすい魔術の方が再現度は高くなる。絵だって好きなものの方が描きやすいだろ? オメー、なんか自分の特徴を言ってみろ」

「面倒くさがり屋」

「他は?」

「何もない」

「オメーみてぇな奴をクズって言うんだ」

 ソルタは東のげんを何のはばかりもなく一蹴する。だが、東はソルタの罵倒などなんら意に介することなく、空を眺めて黙考を再開する。

 やはり他人にどう否定され、非難されようとも、東の魂は本能的に快適さを追い求めている。それは異世界に来ようが、はたまたクローン技術でコピーされた人間になろうが変わらない。こと煩瑣はんさな手間を省くことにかける情熱であれば、東は誰にも劣らぬと自負している。

 魔術とは、発動過程に想像を伴うため、性格や特技に関する能力を習得しやすい傾向がある。いわば人を映す鏡であり、心のかたちの表象だ。例を挙げれば、強烈な破壊衝動を抱えた人間は爆弾を具現化する魔術に、剣が好きな人は何種類もの剣を創造する魔術に適性を示すだろう。

 なればこそ、活かすべきはこの怠惰な性格ではないだろうか。そこまで考えた後、ふと、東の脳裏に閃きがはしった。

「なぁ、ソルタ。こんな魔術は習得できるか?」

 そう言うと東は勢いよく起き上がり、自身で考えたオリジナル魔術の詳細をソルタに説明する。理論や方法、その魔術を発動するにあたってのデメリットまで。

 東の魔術の全貌を聞き終えたソルタは一拍の間を空けた後、得心とくしんしたように笑みを浮かべた。

「できる。干渉魔法を一点特化すれば可能だ。なるほどたしかに、この魔術の使い手は、オメー以外にあり得ねぇ」

 言祝ことほぐように宣言すると、ソルタはその紺青こんじょう双眸そうぼうに悪戯めいた色をあらわし、東を凝視した。

「その魔術は生活を楽にするだけじゃねぇ。オメーを世界最強・・・・にする魔術でもある。自論だが、人類の頂点に君臨するのはいささか以上に面倒くせぇぞ?」

「あぁ、分かってるさ」

 路地裏の闇中で偶然巡り会った殺人鬼と面倒くさがり屋は、このとき初めて笑みを交わし合った。

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