第9話 魔法と魔術②

 相反するイメージがあるものの、魔法と科学は親和性が高い。例えば、光や火といった魔力でできていない『現象』を創造するには、発光や燃焼といった化学反応を起こす必要がある点が挙げられる。燃焼に必要な物質、金属ナトリウムと水といったものを魔法で創造し、反応させれば、実質火を創るのと変わらない。

 この事実を確かめるべく、最初の修行は魔法で簡単な化学反応を起こすところから始まった。

「……」

 東は地面に腰を下ろして、結跏趺坐けっかふざの姿勢を取っていた。左手には魔導書を持ち、もう片方の右手は中空にかざしたまま静止している様は、ある意味坐禅を組んでいるようにも見える。

 魔導書とは、魔法に関する書物だ。様々な魔法の使用方法、魔法を発動させるにあたって便利な呪文、触媒、護符ごふ、その他にも魔法の法則や真理について記された写本である。

 その内容を目で追っていき、頭に入れると、呼吸を整えて魔力の解放に意識を集中させた。体を構成していた魔力の一部がほつれて、透明なエネルギーの塊となって右掌てのひらから溢れていく。

 これに魔法でイメージを付与すれば、如何なる物体、現象でも再現できる。東は頭の中で光の球を思い浮かべると、発光反応に必要な物質を魔力で創造していく。

「すぅ—————」

 軽く瞑目めいもくして、心を表層の意識から離し、深層へと沈んでいく。意識の臨界点、集中の到達点に辿り着くと、ゆっくりと『魔法』を発動させた。

の光は明日へのきざはし、煌きにて未来を明示す———」

 魔導書の呪文を丁寧に詠唱する。東の言霊ことだまに呼応するように、魔力が反応し、燐光を帯びていく。輝きはさらなる輝きを呼び集め、まばゆく束ねられていき、やがて白色の光球と成った。

 この発光体は蛍の灯のように静かに輝き、数秒後にフッとかき消すように消滅した。

「ほぉ……」

 一連の魔法を見届けると、ソルタは妙に生真面目な顔で、東をまじまじと見つめた。

「いやぁ、この魔導書は入門書の中では結構難易度高い方だったんだけどな。大したもんだ」

 興奮気味にまくし立てるソルタを余所に、東の内心は冷めていた。

 これだけ魔力と集中力を動員して成したことが、豆電球程度の灯りを点けただけ。これでは労力に対して成果が薄く、あまりにも効率が悪い。魔法を覚える意味すら、東は疑問を抱いていた。

「なぁ、呪文って唱える意味あるのか? この時間無駄じゃね?」

「何を言うか。特定の意味を内包する文言を唱えることで、脳内に描いたイメージを強固にし、魔法の再現度を高くする効果がある。これを『詠唱効果』って言うんだ」

 音読が学習において有効と言われるように、五感全てを用いて魔法を使うことで、イメージが鮮明になり、魔法の成功確率や習得速度が上昇する。

 魔法の威力は術者の内包する魔力量に左右されるが、性能は術者がどれだけ完璧に魔法の過程をイメージできるかにかかっているといっても過言ではない。ゆえに、魔法使いは魔法を発動する際、様々な手練手管てれんてくだを使って明瞭かつ明確なイメージを描くことに専念する。

 魔法を使う前に技名を叫ぶ理由も詠唱効果これである。無論、技名を敵に教える以上、対策されやすくもあるのが難点ではあるが。

「じゃ、次は三十二ページのところ、火炎魔法をやってみろ」

 言われた通り魔導書のページをめくると、火を起こすのに必要な要素を把握する。

 書を閉じ、体を強張こわばらせ、意識を空白にすると、己が魂の暗黒の深みより魔力を呼び起こす。片手を前に差し出し、瞑目めいもくして、静かに詠唱をつむいだ。

ほのお、星の命。濁世塵土だくせじんどに示現して、日輪となりて天照あまてらす———」

 呪禱じゅとうの結びをつけると共に、魔力が激しい熱を帯びていき、陽炎かげろうのように揺らめいていく。やがて熱がこもりきった魔力は激しく音を立て、空気を焦がして紅蓮と燃えた。

「……」

 目もくらむ炎はやがて赤熱する小さな火球となり、静かに膨張していく。その後、白い煙と共に炸裂し、旋転せんてんする火焔となった。

「あちっ、あっつ……!」

 魔導書に燃え移らないよう、急いでその場を離れ、服についた火の粉を払う。

 その様が余程愉快だったのか、ソルタは底意地の悪い憫笑びんしょうで顔を歪めていた。

「ハハハ、いいツラだ。だが、なるほど呑み込みは早いじゃねぇか。こりゃ、レベル7くらいはあるかもな」

「レベル?」

「おう、魔法の技量、内包魔力量の多寡たかを総合して、魔法使いとしての能力を測ったものだ。レベルが高いと優秀な魔法使いとして称される」

「ほーん。ちなみに何段階評価なんだ? 十段階か?」

「百段階だよ、自惚うぬぼれんな。まぁ、とは言ってもレベル100までいった奴は歴史上、ほぼいねぇ。人類どころか生物としても珍しい領域だ」

「あ、人間以外も魔法って使うんだ」

「あたりめーだろ。竜は魔法を使って空飛んで、火を吹いてるんだよ。つーか、魔法を使う生き物を総称して『魔物』っていうんだ」

 異世界に来て、最初に見た白い竜を思い出した。物理学上確実に飛行できないフォルムで、空を泳ぐように飛んでいた矛盾、それが魔法によるものだと判明し、改めて魔法の万能さに戦慄した。

「正直、レベル90でも百年に一人の天才と讃えられる。レベル100とか神話の領域で、もはや実在するのかどうかも分からん」

 実際、成人した魔法使いの平均的なレベルは20とされているため、レベル40でも相当な手練てだれであり、レベル50ともなれば達人と称されてもおかしくはない。

 東のレベル7は、子供の手習い程度の熟練度ではあるが、魔法を習得して一時間もまたがずその域に至ったとあれば、称賛に値すべき器量と言える。

「そういうソルタはいくつなんだよ」

「レベル83だ。それがどうした?」

「……?」

 無論、東は魔法使いのレベルや強さについてわきまえているわけではない。だが、先の解説を多少聞いた程度で判断するならば、ソルタはどうにも人の身でありながら人の域を超えた者、圧倒的に強大な存在に思えてならない。東はうそ寒いものを感じていた。

「ま、レベルを上げたきゃ、真摯しんしに修練を重ねるんだな。オレの見込みではそうだな……数年かけて修行すれば、レベル20前後にはなれんだろ」



 次の日、東は創造魔法の修練に明け暮れていた。

 創造魔法とは、想像したものを魔力で創る魔法である。すなわち、想像したものの物質化だ。それは純粋なイメージ・コントロールと呼ぶに相応しい魔法である。

 この魔法の利点は、必要なものを即席でそろえられることもあるが、最大の利点は、現実ではあり得ないようなものをも思い描き、現実の物体として再現ができることである。

 すなわち、現実にある物を頭の中で思い描き、大きさを変え、色を変え、材質感を変え、重量感を変え、性能を変えてイメージし直せば、その通りに現出することになる。極端な例として、シュルレアリスムの絵画のように、柔らかくなって歪んだ時計や、人間よりも巨大な卵を創ることもできる。

 しかし、物体を魔法で再現するには、強いイメージを持つ必要がある。細部に至るまで構造を把握し、頭の中で立体的な設計図を描き、構造上の矛盾を全て取り払うことで、はじめて想像が実体を持って現実になる。即ち、少しでもイメージにほころびがあれば、それはたちまち妄想に堕ちてしまい、構造を保てず、幻となって霧散してしまう。

「で、オメーは何を創造する?」

「……じゃあ、剣。剣ならすぐ造れそうな気がする」

「ふーん。まぁ、剣なら構造がシンプルだし、導入素材としては上々か」

 東が剣を造ろうと決めたのは、ソルタの影響であった。東に降り注いだ剣の雨、その剣の造り、貫く鋼の重み、背筋も凍るような刃の鋭さ、全て忘れられるはずもなく、今でもしっかりと脳裏に焼き付いている。

 ゆえに、イメージを強く持つのであれば、剣が一番やりやすいと、東は無意識的に確信していた。

「ホレ、これ見てイメージを強化しろ」

 ソルタは魔力を加速させ、即座に剣を創造すると、東の足元に放り投げた。

「……ふむ」

 地面に突き刺さった黒い意匠いしょうの不気味な剣を見つめる。その凶器の細部に至るまで観察し、記憶にとどめると、固く瞑目めいもくして、右手を中空に差し出した。

「solve et coagula」

 意識を集中させる。水面みなものように澄み渡った心には波紋、細波、泡のひとかけらすらも浮かばない。研ぎ澄まされた感覚を一本に束ね、剣のように鋭く尖らせる。

 そして、頭の中で剣の構造を思い描いていく。

「separatio solutio coiunctio」

 まずは切先、刃の先端部。

 刺突攻撃を行うために使われるこの箇所は力が直接一点集中する箇所だ。一番鋭く、そして強固でなければならない。濃くなった鉄を最大限延ばして、針のように仕上げる。

「calcinatio, puterfactio ablutio」

 次いで刃先、刃そのもの。

 刃先を非常に鋭く造れば、剣の切れ味が優れていき、斬撃の強さが増していく。刀身を徐々に削り、脆くなりすぎない程度に薄く尖らせる。

「coiunctio coiunctio coiunctio」

 次いで樋、剣身に彫られた溝。

 剣身自体の強度を損なわず、重量を軽くするための構造である。削りすぎては剣が折れ、浅すぎては刺さった剣が抜けにくくなる。最も軽く、最も硬くなる最高のバランスを見極め、剣の中心にくぼみを刻んでいく。

「……」

 刃は成った。これだけでも充分ものを斬ることができるが、まだ足りない。

 剣には柄、すなわち持ち手の部分が必要だ。柄は重くすれば剣の操作性が向上し、軽くすれば斬撃の破壊力が大きくなる、いわば剣の足だ。剣の性能はここで決まると言っても過言ではない。

「obscurum per obscurum」

 始めにつば、相手の攻撃から手を保護する箇所。

 剣に組み込まれた盾ともいえるこの構造は、丈夫な金属を用いる必要がある。形は西洋刀に準拠し、棒状の板にする。

「ignotus per ignotus」

 次いで握り、グリップと呼ばれる部分。

 直接手にする箇所のため、滑らないよう細い溝を作っておき、長さは両手で握れるくらいまで伸ばす。

「arcana artis ars magna」

 完成した。今や頭の中で、立体的な設計図ができている。

 描いたイメージに反応し、手のひらで魔力が流動、変形して剣の形が実体化していく。

「ぐっ……ぅうう———‼︎」

 剣が実体化の度合いを増していくたびに、手足の感覚が希薄になり、体の構造が少しずつ欠けいくのを痛感する。やがて視界も赤く点滅し始め、突き刺さるような耳鳴りが聞こえ出す。

 これが創造魔法の代償、肉体の魔力をほどき、別の物体に変形させようとした行為の果てだと理解した。

「かはっ、がぁぁ……‼︎」

 やがて、神経さえも溶解し始め、悶絶するほどの痛みが奔る。歯を食いしばって苦痛の残滓ざんしを鎮め、必死に悲鳴を呑み込みながら、体内の魔力を限界まで加速させる。

 魔力がてのひらから外に流れ、空間の一点に結集する。その魔力を礎として、剣が実体を帯びていき————

 今、この瞬間に真実と成した。

「がはっ……‼︎ はぁ、はぁ………」

 手の中には急造の剣がある。

 ずっしりとした鉄の重みに、ひんやりとした肌触り。氷のように冷たい輝きを放つ切っ先はこれが人を殺すための道具なのだと暗に示している。

「はぁ、はぁ……うわー……」

 その剣のなんと不出来なことか。ただひたすら鋭いだけの鉄の棒、安物の包丁をそのまま延ばしただけの剣の成り損ない。これで打ち合おうものなら、獲物と衝突した瞬間、なんの抵抗もなく砕けるだろう。その上、存在まで希薄で、水に入れたら溶けてしまいそうだ。

善哉ぜんざい善哉ぜんざい。最初でこれだけできれば充分だ。後は修練を重ねて精度を上げていけ。魔法がイメージに追いつけば、それだけで一端いっぱしの魔法使いにはなれるだろうよ」

 満足げに頷くソルタの傍ら、東は自分で造った剣を見て、内心落胆の念を禁じ得なかった。

 光や火を起こした時にも痛感したことだが、魔法とは甚大な労力と複雑な工程、大量の魔力を要し、本来なら人の手にはおよばぬ奇跡を起こすものだ。

 だが、奇跡とはあり得ぬ現象を起こすものであり、それは必ずしも莫大な成果を担保するものではない。事実、剣の創造に至っては、死にかけるほど絶大な負担を体にかけたというのに、得られた成果といえば、右手に握られた剣の成り損ないのみ。これではあまりにも実利とリスクの釣り合いが取れない。

 無論、東の技量が未熟だからということもある。真摯に修行に励めば、今よりはもう少し手際良くできるだろう。だが、魔法を日常動作と同じくらい自然とできるようになるまで、一体どれほどの修練が必要になるか。それを想像するだけで、面倒くさがり屋としての性根が悲鳴を上げた。

 ———もしかして、魔法を使って楽することはできないのではないか?

 東は胸に抱いた疑惑の念を、苦り切った溜息と共に吐き出すと、手にした剣を雑に放り投げた。



 また次の日は、干渉魔法について学習した。

 干渉魔法とは、物理的手段によらず、他の物質や生物に影響を及ぼす魔法であり、いわば念動作用サイコキネシスのようなものである。

 物を意思の力で曲げたり、動かしたりすることができ、熟練の魔法使いともなれば、物に新しい特性を付与することもできる。東を魔法使いにした、『魔力を操る性質』を付与する魔法は、この干渉魔法に該当する。

 この魔法は創造魔法と比しても消費する魔力量が少なく、体への負担も少ないため、非常に安定性が高い魔法であると言える。

 だが、物体、特に生物には対魔力と呼ばれる『魔法に対する抵抗力』が存在するため、簡単には魔法で干渉することはできない。物体の抵抗をはいして干渉する技術が必要となるため、難易度は干渉魔法の方が高いのだ。

「スプーン曲げ?」

「おう、これが干渉魔法の基本だ。とりあえずやってみろ」

 そう言ってソルタが懐から取り出したのは、よく磨かれた銀のテーブルスプーンだった。軽い金属でできているが、非常に硬度が高いため、ただ力任せに曲げるのは困難だろう。

「……」

 東はスプーンを受け取ると、それを地面に置き、静かに腰を下ろす。

 スプーンの首に意識を集中させると、渾身の表情でこぶしを振りかざした。

「ぐぬぬ……」

 東の意識に反応して、スプーンの首に向かって魔力が放出される。そしてスプーンの鉄の魔力が次々と位置や配置を変えていき、次の瞬間、軽々とスプーンが曲がった。

「はぁ、はぁ、曲がったぞ……」

「ほぉー、無知蒙昧むちもうまいなカスかと思ったら、そこそこ優秀なガキじゃねぇか。創造魔法も干渉魔法も初見であっさりできるとはな」

 豪胆に笑って、東の華奢きゃしゃな肩を叩く。一方東は、称賛などなんの価値もないとばかりに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「……はぁ」

 疑惑はいよいよ確信に変わりつつあった。魔法は夢のような力などではない。使った魔力分の現象しか起こせない、エネルギーの等価交換。物理法則とほとんど同じだった。

 ともすれば、東の理想、『働かなくても魔法で楽に生活する』は定義から崩壊することとなった。魔法を使うという行為自体が、楽な試みではないのだ。

 それを理解した瞬間、モチベーションが一気に低下し、早くも修行に飽きが生じていた。

「どうした? サンタの正体知ったガキみてぇなツラしやがって。オレが褒めてるんだぜ? もっと嬉しそうな顔しろよ」

 そんな東の落胆の理由に、ソルタはつゆほども気づかなかったらしい。気を引き立てるように背中をたたくと、楽しそうに破顔はがんする。

「なぁ、魔法って修行する意味あるのか?」

 憂鬱ゆううつの溜息を吐きながら、ソルタに不満げに声をかける。もはや、機械の方が魔法よりよっぽど便利なのではないかと思うようになるまで、可能性を感じれずにいた。

「そりゃあ、使えないと日常生活困るだろうが。それとも何か? オメーは石器時代の暮らしがしてぇのか?」

「別にそういうわけじゃないけど……こんなんいくら極めても無意味というか……」

 それを聞いてソルタは、苦笑混じりの溜息をつくと、東に向けて毅然きぜんと言い放った。

「しゃーねぇな。じゃあちょっと早ぇけど、オメーには『魔術』の知識を授けてやる。そしたら、ちったぁ魔法にもきょうがそそられるだろ」

「魔術……?」

 思い返してみれば、会話の端々はしばしに息づいていた単語であった。しかし、東の認識からすれば、魔術も魔法も意味するところはほとんど同じであり、明確な差異があるとは思えなかった。

「簡単に説明してやろう。これが魔術だ」

 ソルタは前に右手を差し出すと、呪文を詠唱した。

「Every heart has its crown of flames.」

 瞬間、周囲の空気が一変した。

 詠唱の呟きとともに、魔力がたけり、うねり、渦を巻き、今にも爆発しそうなほど激しく膨れ上がっていく。それは素人目の東から見ても、魔法という規定を遥かに上回る芸当であった。

 ごうごうと唸り始めた魔力は、ソルタの右手のひらに集まり、塊となって凝縮する。


「≪炎を統べしヴァーミリオンけき竜に似る≫」


 つむいだ呪言に応え、魔力が化け物じみた咆哮を上げた。ソルタの手のひらから、膨大な量の炎が一直線に放たれる。

「なっ……‼︎」

 吐き出された紅蓮の波濤はとうは、優に広場の半分近くを埋め尽くした。炎は燃え盛り、じりじりと草木を襲っていく。やがて森全体を侵食した火はさらに趨勢すうせいを増していき、燃え尽きて倒れた木が、バキバキと音を立てる。

 東は脱魂だっこんしきった表情で、業火に染まった景色を見つめていた。

「たしかにオメーの言う通りだ。魔法っていうのはそんなに華やかなもんじゃあねぇ。だがな、魔法の最大の特徴は特定の方法で修練し、極めれば、人知を超えた『術』にまで昇華する。これを『魔術』と言うんだ。要は、魔法の上位互換が魔術ってわけだ」

 ソルタが指を軽く鳴らすと、湖を凝縮したような巨大な青い塊が、広場上空に出現した。

 青い塊が音を立てて破裂すると、中から大量の水があふれ出し、津波のように押し寄せ、紅蓮のとばりをかき消していく。

 青の洗礼を受けた森の炎は、跡形もなく消え去った。真っ黒になって倒れた木が、その破壊の規模を物語っている。水蒸気とも煙ともつかないものが、火事跡から立ち昇っていた。

「ぁ……」

 魔術の奥深さ、そして威力に圧倒された東は、腰を抜かして地面に転がり、絶句した。

 広場をも包み込む業火と、森をも呑み込む大洪水。平和に慣れた東から言わせれば、天変地位も同然の光景だった。

「魔術には二種類ある。『複合魔術』と『一点特化魔術』だ。複数の魔法を組み合わせて一つの術にしたものが複合魔術、単一の魔法を極限まで強化させたものが一点特化魔術だ。とりあえず、これだけは覚えておけ」

 即ち、先ほど放った≪炎を統べしヴァーミリオンけき竜に似る≫は『炎を放つ魔法』の一点特化魔術ということになる。

 召喚術や回復魔法も正確に表現するのなら、魔法ではなく魔術だ。召喚術は『人のクローンを造る魔法』と『造った人間を不老不死にする魔法』を掛け合わせた複合魔術、回復魔法は『負傷者の肉体を造る魔法』と『造った肉体を傷口に縫合ほうごうする魔法』を合わせた複合魔術である。

「魔術を習得するのは難しくてな、原則として一つ身につければ上々とされている。ごく稀に二つ以上身につけている奴もいるが、そんなの世界に百人くらいだ」

 実際、その内の一人がソルタなのだが、当の本人はさして自慢する風もなく、平然とうそぶいていた。

「一生をかけて手に入る究極の力、それが魔術だ。これを極めれば、本当にどんな神秘でも再現できる。そこでだ、もし一つだけ破格の能力を得るとしたら、オメーはどんな能力にする? それでも考えて、ひとまずは無聊ぶりょうの慰めとしとけ」

「おおぉ……‼︎」

 東の総身に感動の嵐が駆け抜ける。

 人の手には余る神秘、人の身では起こし得ない奇跡。これだけの規模の現象が起こせるのなら、大抵の野望は実現できるだろう。ともすれば、東の理想を叶える魔術が存在する可能性も十二分にあるのではないか。

 まさに夢の力だった。これこそが東の求めていたものだった。感動と興奮が冷めぬままに、東は拳を握りしめ、天高くかかげた。

「よっしゃあ、やってやるぜ‼︎」

 それからというもの、東は貪欲な吸収力で、魔法を学んでいった。全ては、『楽に生きる魔術』を開発するために。

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