第7話 召喚術②
三十分後。
メインディッシュを済ませ、優雅に紅茶を飲みながら、レモンケーキとマジパン菓子をつつく。
のんびりとデザートに舌鼓をうっていると、ソルタが突然口を開いた。
「んじゃ、さっきの話の続きをするか。オメーをこの世界に呼んだ『召喚術』についてだったな。さっそくだが、オメー、『クローン』って知ってるか?」
「クローン? まぁ、ちょっとは知ってるぞ。たしか、生き物をコピーして、全く同じ生物を造るっていうあれだろ? いわば分身した生物のことだよな?」
「そこまで知ってりゃ話は早ぇ。召喚術とはな、呼び出してぇ人間のクローンを召喚する魔術なんだ。そうすりゃ、本人を召喚すんのと変わんねぇだろ?」
「なっ……⁉︎」
即ち、今この世界に存在している東は、オリジナルの東脩を元に造られた分身ということになる。
魔法とは、魔力を操る力だ。魔力でできているものならば、理論上、
「じゃあ、俺はこの世界の誰かが造ったクローンってことなんだよな?」
「そう言っている」
「……転生者特典は?」
「……は?」
「だから、転生者特典はあるのかって聞いてんだよ」
「オメーは何を言っているんだ」
当惑の表情を浮かべるソルタ。その顔が、転生者特典なるものは存在しない、と暗に示している。東は一人嘆息して顔を伏せると、
「俺のいた世界ではな……異世界転生する理由には大体、神様のような超常の存在が関わっていたんだ。で、異世界に転生したら、その神様的な存在から最強の能力を与えられるって相場が決まってるんだよ。そうやって与えられる能力を転生者特典って言ったりするんだけど……」
「よく分かんねぇけど……オメーは人が開発した技術によって呼び出された人間だ。人の
侮蔑とも
「だがまぁ、転生者特典っぽいものならあるぞ。今のオメーには、不老不死の能力が宿っている」
「なに……?」
不老不死、歳をとらない不滅の肉体。
中国の
太古の時代より、様々な権力者が金に糸目をつけずに追い続けてきたが、ついぞ辿り着けなかった伝説上の神秘を、東は体現しているのだ。
「そういやお前、俺に薬をかけたとき言ってたな。『なぜ歳を取らない』、『召喚術で呼ばれたのか』だのなんだの」
「あぁ、召喚術で呼ばれた人間は不老不死の能力を得た状態で現界する。だから要は、召喚術は『人のクローンを造る魔法』と『造った人間を不老不死する魔法』を掛け合わせた術なんだ」
たしかに、魔法はモノの性質や性能を変える力でもある。ならば、生物に不老不死という体質を与えることも不可能ではないだろう。なにせ、『魔法使いにする魔法』があるくらいだ。
だが、東は今一つ釈然としない面持ちのまま、ソルタに問い
「にしても、どうやって人間を不老不死にするんだ? 魔法で体の魔力をいじくれるとはいえ、人の命の長さをそう簡単変えることができるものか? だとしたら、この世界の平均寿命がとんでもないことになるんじゃ……」
「いや、簡単にはできねぇよ。オレの知る限り、不老不死の魔法を使えるのは、世界で二人だけだ。なんせ、オメーのいう通り、ただ体の魔力をいじくっても不老不死にはならねぇからな。テロメラーゼっていう酵素を、体内で大量生成できるよう遺伝子を書き換えるんだ」
「テロメラーゼってなんだ?」
「……医者か生物学者にならねぇ限り使わねぇ知識だ。オメーには関係ねぇ」
にべもなくつっぱねるソルタ。
己の身体に対しては
「頼むよ、かいつまんで教えてくれよ」
よほど東が
「じゃあテロメラーゼを説明する前に、言っておくことがある。生物の細胞内には、『テロメア』っていう竿みたいな形をした、寿命を
実際、クローン羊のドリーは六歳という若さで加齢による骨関節炎を患い、天寿を全うしている。諸説あるが、これはクローン生命体特有の急激老化、寿命の縮小によるものとされている。
「でな、そのテロメアを、『命の回数券』を増やす酵素が存在する。それがテロメラーゼだ。テロメラーゼを体内で無限合成するよう、魔法で肉体改造を施すことで、そいつは不老不死になるっていうわけだ」
即ち、テロメアは命のロウソクであり、テロメラーゼはロウソクの
なるほど、それならば理論上、不老不死にはなるだろう。東も不老不死の能力を得ずに現界していたら、本来の寿命の半分も生きられなかった可能性が高い。召喚術の開発者は、クローン生物の弱点を見越したうえで、能力を開発していたのだ。
「なるほど、それで不老不死か……転生者特典っていうか、救命処置って感じだな」
「そういうこった。とまぁ、だいぶ話が逸れちまったが、まとめると、オメーは召喚術で呼ばれた不老不死の人間ってことになる。じゃ、本題に戻るぞ」
「本題?」
「そうだ。元はといえば、体が魔力でできていないオメーは魔法が習得できないかもしれないって話だったろ? で、今の話聞いてどうだ? 魔法使いになれないと思うか?」
東は顎に手を添えてしばし黙考すると、納得したように口を開いた。
「いや、なれる。今の俺の体は魔力でできている。だってそうだ、召喚術は魔力で人間を造る魔法なんだから。だったら俺の体の魔力に『魔法使いになる魔法』をかければ、魔法が使えるようになる」
「理解したか? そういうことだ。明日から魔法の修練を開始する。魔法の使えない今のオメーなんて、魔物からすりゃあ大きめで栄養豊富な餌だ。今日食べた豚の丸焼きみたいに食い散らかされたくなければ、さっさと強くなれよ、オイ」
だが、ソルタの
東には成就すべき理想があった。金と力にものを言わせ、一生部屋から出ずに、ひたすら惰眠と娯楽を貪るカウチポテト生活を実現するというものだ。
魔法を使えば、成し遂げるのは容易い。欲しいものは何でも創ればいいし、食べたいもの、飲みたいものも自分で用意できる。
部屋から出る必要もなければ、働く必要もない。万象の支配を手中に収めて、何故わざわざ疲れるような真似をしなくてはならないのか。魔法を覚えた暁には、必ずや快適で理想的な生活を手に入れてみせる。
ぞくぞくした高揚に従い、東は笑った。ここに来るまでに溜めに溜め込んできた暗鬱な気持ちが清算されていくような爽やかな心地がした。
「そういやさ、結局召喚術って何に使う魔法なんだ?」
「あん?」
「いやだって、俺はてっきり召喚術は異世界の人間を召喚する魔法だと思っていたけど、どうやら前例はないんだろ? だったら、何のためにこの技術は開発されたのかなぁって……」
「あぁ、そういうことか」
ソルタは傍らに置いてあった酒瓶を
「召喚術の主な使い道は、死者の蘇生だ。死んだ人間でも、クローンが生きてりゃそいつが復活したことになるだろ?」
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