第6話 召喚術

 主塔の中の大広間に案内された。

 開放的な部屋の中心には、台架を並べてテーブルが置かれており、綺麗に磨かれたテーブルウェアはシャンデリアの灯を受けて、暖かく輝いている。正面の壁にしつらえられた暖炉が部屋の中をぼんやりと照らしていた。

「おぉ……」

 料理は既に並べられていた。

 丸々と太った豚の丸焼き、焼き立ての黒パン、鶏肉の赤ワイン煮込み、エスニックスープ、薬草サラダ、ベリーのタルト、レモンケーキ、色とりどりなマジパンの装飾菓子。色彩豊かな西洋風料理が上品な輝きを放っており、テーブルの上は水差しや塩入れなどの容器で美しく飾り立てられていた。

「すげぇ……貴族のパーティみたいだな」

「世界中の美味珍味を並べ揃えたフルコースだ。食え」

 ソルタはテーブルの前にある椅子にどさっ、と腰をおろすと、グラスに食前酒をだばだばと注ぎ、一息であおる。ソルタに向かい合う形で東も椅子に座った。

「じゃ、いただきゃす」

 言うが早いか、ソルタは豚の丸焼きを鷲掴みにし、豪快にかじり始めた。

「……うわ」

 獣のような食べ方だった。ガリガリ、ボリボリと小骨をかじる音と、ねちょねちょと脂の滴る音が静謐せいひつな大食堂にこだまする。

 ソルタの食事ペースは凄まじく、東が五回瞬きをしている間に、豚の体は半分も胃袋に収められてしまった。

「どうした、食わねぇのか? それともまだハラ減ってねぇのか?」

 口元の脂を袖で拭いながら、ソルタは首をかしげる。

「ああ、いや、その、いただきます」

 正直、これほど豪勢な食事は気が進まなかった。

 東にとって、食事とは栄養摂取であり、それ以上でもそれ以下でもない。言わば、栄養の塊を口に運ぶ反復運動であり、それが為せるなら、ある程度美味しければそのレベルの違いに拘泥こうでいしない。それよりも肝要なのは、その反復運動の回数とそれにかける時間をどれだけ減らせるかである。

 その点において、宮廷料理もかくやというソルタの食卓は、料理の数も多ければ食器の数も多く、食べるのに手間と時間がかかって非常に面倒である。

 ゆえに、手間暇かけて美食を味わうくらいなら、他の作業を中断することなく食事を済ませられる、おにぎりやハンバーガーの方が好ましく、さらに言うなら食事という行為そのものを省略できる点滴の方がより一層好ましいというのが、東の食に対する価値観だった。

「……」

 だが、ここで食事を拒めば、「庭の雑草でもんでろ!」とソルタに怒気漲る一喝を放たれるだろう。

 背に腹は代えられぬと悟り、ナイフとフォークを手に取ると、豚肉を手際よく食べやすいサイズに切り分けていった。ナイフを入れるたびに、こんがり焼けた皮がパリパリと音を立て、断面からは脂がジュワッと溢れ出る。

 一口大のサイズまで切り終わると、豚肉の焦げ目をフォークで刺し、口元まで運んだ。

「……いただきます」

 がぶ。

「……っ‼︎」

 瞬間、世界が光に包まれた。

「……っむ、はむ、うむ」

 一心不乱に豚肉を頬張ほおばる。豚肉をかじるたびに、こんがりとついた焼き目がパリパリっと音を立てる。熱々でジューシーな肉汁が口の中をとろけるように広がり、噛めば噛むほど肉の旨味が伝わってくる。妙なソースやタレはかかっておらず、純粋に豚肉本来の濃厚さを楽しめる一品であった。

「おぉ……これは……」

 琥珀こはく色のスープは上品な湯気を立てており、口にすれば極上のコンソメが舌の上を優しく包む。クミンの芳香が強めだが、それがまたたまらない。薬味成分が冷えた体をグッと熱くさせてくれる。

 タルトはスパイスやベリー類がふんだんに使われており、甘めの蜜でコーティングされている。サクサクとした歯応えが心地よく、ほどよい酸味が口の中に溢れ出す。

「んまい! うんっまい‼」

 そこから先はさじを止められなかった。鶏肉の赤ワイン煮込みは熟成されたコクのあるソースで、肉の脂はトロットロである。黒パンを浸して食べると、なお味わい深い。

 薬草サラダはさっぱりとした味わいで、口の中を爽やかにしてくれる。脂っぽい食事の箸休めに丁度良い。

「ウメェな、コレ! こんな美味い飯食ったの初めてだ! 食に対する価値観が変わったよ。あんがとな」

「ふん。礼を言われる筋合いなんかねぇよ。オメーは怪我人だし、二日間の断食で体が衰弱してんだろ。いいからさっさと食べて血肉をつけておけ」

 ばっさりと切り捨てるソルタ。相変わらずトゲのある物言いだが、その声は穏やかに弾んでいた。

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