第5話 魔力と魔法

 目を覚ますと、見慣れない部屋の中にいた。

「どこだ……ここ……?」

 少しして、黒い本革のソファーに寝かされていることに東は気づいた。朦朧もうろうとする意識のまま、状況を確認すべく体を起こす。

 辺りを見渡して、その豪華絢爛ごうかけんらんな内装に思わず息を呑んだ。燦然さんぜんと輝くシャンデリアに、空色の天井画。磨き上げられた金の壁には曇り一つなく、巨大な宝石がいくつも彫り刻んである。

 壁の近くには、瀟洒しょうしゃな家具に、趣向を凝らして作られた銀色の調度品が規則正しく並んでおり、床は足首まで埋まってしまいそうなほど毛足の長い絨毯じゅうたんが敷き詰められている。

 ただ豪華なだけでなく、高貴な雰囲気も漂う空間はまるで国立美術館のようだった。

「……?」

 二十畳ほどある広い部屋だったが、中には東以外誰もいない。異様に静かで、時計の秒針音だけが重く響いている。

 壮麗かつ寂寥せきりょうな空間は、贅を尽くした監獄を思わせた。

「うっ……」

 何故か濁った血の味がした。口の中に血が溜まっていたのか、呼吸をするだけでドロっとした空気が流れ込んでくる。

 加えて、四肢の痙攣けいれん、動悸や眩暈が一気に襲ってくる。苦痛というほど強烈なものではないが、おこりを移されたような名状しがたい不快感があった。

「あれ……? なんだ、これ?」

 何かがおかしい。そう思い、体内の違和感に探りを入れようと両手両足に力を込める。

 しかし、手足の感覚ははっきりしていて、体は十全に動いた。肉体の損傷も確認できず、痛みの残滓ざんしすらない。

 あるのは、全身を隈なく奔る搔痒感そうようかん。体の切れた箇所を強引に接着されたような物質的な違和感があり、全身を掻きむしりたくなる。まるで継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインになった気分だった。

「……」

 茫洋ぼうようと霞む思考を凝らして、事の前後を把握しようとする。

 見慣れぬ景色、体の違和感、考えられる原因を頭の中でひとまとめにし、矛盾のない結論を想定する。

 そして、最後の記憶に辿り着いた。

「あ……」

 瞬間、全ての感情が凍りついた。終わっていたはずの惨劇、死んでいたはずの記憶が蘇る。

 全身を貫く鋼の痛み、否。痛みという表現すら生温い。内臓は粉砕し、ほとんどの骨がへし折られ、身体中の熱が血と共に流れていった、存在そのものが安定しなくなる感覚。

 全て思い出した。異世界に転生したこと、ソルタという男に全身をえぐられたことを。

「え、じゃあなんで俺、生きているんだ?」

 斬られた手足、喉、骨折箇所に内臓の損傷などを一つ一つ触って再確認する。

 だが、それらしい怪我は一つも見当たらなかった。なますのように斬られた傷は跡一つ残さずふさがり、外見は完全に元どおりになっている。

 外見だけではない。朽木くちきのように折れた骨は新しく生えたかのように再生し、腹から飛び出た臓物も体内で正常に機能している。あらゆる傷が生き返ったかのように治っていて、まるでもう一度異世界転生をしたのかと錯覚するほどであった。

「どうなってるんだ……? 十年くらい眠っていたのか? いや、そもそもあのレベルの致命傷って自然治癒で治るものなのか?」

 繰り返される自問に応える声はない。未だ思考の判然としないまま、答えのない自問に懊悩おうのうし続ける。

 すると扉の方から、ガチャリという音と共に、一人の男が悠然と部屋の中に入ってきた。

「おお、やっと目ェ覚めたかクソガキ。ったく、丸二日もオレの家で眠りこけやがって。オラ、動けるんだったらさっさとこの屋敷から出てけ」

「……っ‼︎」

 透き通るような金髪、サファイアのような瞳。

 ひときわ以上に見目麗しい男であるが、その声と眼差しは冷酷にして無慈悲。緊張に身を硬くした東を嫌悪も露わに睥睨へいげいしている。

 見間違えるはずもない。部屋に入ってきた人物こそ東を襲った張本人、刺突の魔術を使う殺人鬼、ソルタ・アリオトであった。

「ぁ、ぁぁ……」

 恐懼きょうくに身が竦み、倒れるようにソファーにもたれかかる。それほどまでに、人間離れした碧眼から放たれる視線はおぞましく致命的だった。

 だが、当のソルタは嫌悪感こそ抱いているものの、殺意までは持ち合わせておらず、余裕のある洒脱な声で東をたしなめた。

「落ち着け。もうオメーを殺す気はねぇよ。それに、オメーの怪我を治したのはオレだ。助けた相手に死なれるのは寝覚めが悪い」

「……え?」

 今、ソルタはなんと言ったのか。理解し難いその言葉に、東の思考は空白と化した。

 顔を上げると、先ほどまで刺々とげとげしいオーラを放っていた殺人鬼が、少しばつの悪そうな表情を浮かべて佇立ちょりつしている。どうやら傷を治したのは本当であるらしい。

 殺人鬼が医療技術を身につけていることも意外であったが、それ以上に暴行の限りを尽くした男が治療を施してくれたこと驚きを隠せなかった。

「お前が治してくれたのか? なんで……」

「なに、ただの実験だ。最近身につけた回復魔法の性能を試したかったんだ。切り貼りするにはちょうどいいサイズの肉塊が足元に転がっていたからな」

 ソルタは、東に向かい合うようにして仰々ぎょうぎょうしくソファーに腰掛けると、硬く引き締めていた表情をさらに強張らせる。

「ま、どうあれ傷は治した。もうオメーに果たす義理なんかねぇ。さっさとここから出てけ」

「……………」

 退室を促すソルタ。

 出て行きたいのは山々だった。いくら介抱してくれたとはいえ、ソルタは出会い頭に剣を放ってくる残虐な人殺しだ。そんな人間と同じ部屋にいるのは、一秒だって落ち着かない。ライオンの飼育小屋に閉じ込められたような暗鬱な気分になる。

 だが、このまま外に出れば、それこそ野良犬や野良猫のように飼育小屋すら与えられずに野垂れ死ぬことになるだろう。東とてそれは避けたかった。

「頼む。一晩だけこの屋敷に泊めてくれないか?」

 妥協と打算に満ちた提案ではあった。ここが殺人鬼の住処である以上、死の危険があることに変わりはない。

 だが、右も左も分からない外に出るよりはこの屋敷に残る方が、生存率がわずかに高いと東は踏んでいた。一日だけこの屋敷を生活の拠点とし、必要な情報を掻き集めてさっさと逃げる所存だ。彼の器量を以ってすれば、一日時間があるだけで、異世界の文明を理解し、適応することはできるだろう。

 そんな東の思惑を他所に、ソルタは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、硬く強張った声でぶっきらぼうに言い放った。

「断る。オレはガキとバカと自分以上のクズが嫌いなんだ。一つ屋根の下どころか、同じ天の下にいることすら我慢ならねぇ。あ、でも幼女は別な。彼女たちは人類の宝だ」

 飄とした気風とは裏腹に、決然と声を尖らせる。

 しかし、東はこの発言を受けて、ソルタとは仲良くなれると確信した。

「いいのか? こう見えて俺は結構おしゃべりだ。納得しないままに外に出されたら、ソルタのあることないこと街中で叫んじゃうかもしれないぞ」

「チッ、減らず口を。これだからガキは嫌いだ」

 ソルタは盛大に顔を歪めた後、目を一度瞑り、諦めたように呟いた。

「わーったよ。一晩食事付きで泊めればいいんだろ? ただし、明日の朝には、力づくで外に放り出してやるからな」

 心に温かな安堵が流れる。とりあえず目先の心配事は解消された。

「にわかには信じがたいが、どうやらオメーは異世界から来たって話だからな。身寄りのないオメーには哀矜あいきょうって接してやるよ。で、これからどうする? 時間が時間だから晩飯にしてもいいし、部屋に案内してもいいんだが……」

 ソファーから立ち上がろうとするソルタを片手で制すと、まず初めに聞いておかなければならないことを口にした。

「あ、その前に……この世界の基本的なことについて教えてほしいんだ。明日この屋敷をつにしても、いろいろ知っとかないと生きていけないだろ」

 東の発言に興味を惹かれたのか、ソルタは大仰に眉を上げた。

「ほう、異世界に来てまずやることが現状把握か。そのために一宿一飯を要求したのか? なんだ、意外と頭が回るじゃねえか」

 歯を輝かせて、ニカっと笑う。ソルタはこの時初めて人間らしい笑顔を見せた。

「いいだろう、餞別せんべつ代わりにいろいろ教えといてやる。まずは、そうだな。冒険者ギルドについて話しておくか」

「冒険者ギルド?」

「おう。まあ簡単に言えば冒険や探索を生業なりわいとする者の支援組合なんだが……これが結構巨大な組織でな。武器、食料、日用品なんかを売ってくれるし、冒険先で拾った珍しいものを買い取ってくれることもある。他にも、コンサルティング、冒険メンバーの結成、宿泊所の提供まで基本何でもしてくれる。ここを出たら、近くの冒険者ギルド管理協会に行くといい」

「おお……そんな独り立ちスターターセットみたいなのを提供してくれる組織があるのか。充実しすぎてて逆に引くな……」

「だろ? しかも、冒険者ギルドに登録すれば、ギルドカードが発行されて、それが恒久的な身分証明となる。今は身分証明書がなければ、一日たりとも街で暮らしていけない時代だからな。まずはそっから揃えておけ」

 まさに至れり尽くせりだった。

 中でも、ギルドカードの存在は大きい。身分証明ができればお金を借りることができる。それを元手に冒険業で稼いでいけば、生計を立てていけるだろう。

 この世界のことで分からないことがあれば、受付嬢に相談コンサルトすればいいし、チームを結成できれば情報が集まってくる上に、困難を分割できる。冒険者ギルドの情報は、大きな収穫と言えた。

「まぁ、魔物の討伐や未開地の探索といった危険な仕事が多い分、実力が伴わないと仕事を斡旋あっせんしてもらえないんだけどな。でも、召喚術で呼び出されるほどの人間なんだし、魔法・・はそこそこ使えるんだろ? オレを後ろ楯にギルドで募集をかければ、相応な口過ぎの職に就けるはずだ」

「お、おう……ん?」

 魔法。

 究極の神秘、人智を超えた力、超自然的な現象を起こす術。

 様々な伝承、神話、伝説、お伽噺にて語られてきた不思議な能力や、現象をさす言葉である。

 魔法の種類は多様に描かれており、炎や氷を出す、雷や土を操る、体力を回復する、空を飛ぶ、動物たちと意思を疎通する、物を出現させるなど生身の人間ではできないものが多い。

 使用方法も様々で、杖やほうきを用いて発動させるものもあれば、魔法陣や呪文を使うこともある。中には、金の王冠やにれの葉、竜の血などを触媒として大いなる神秘を起こす秘術もあるが、それは一個人で扱うものではなく、儀礼的なものであることが多い。

 ともあれ、魔法というのは超常の力だ。いと小さき人の位においては到底御し得るものではなく、精霊や神仏に選ばれた数少ない人間が、奇跡の代行者として行使する神秘である。

 それも、物語の中のことであり、一般社会においては、その存在が認知されることすらない。どちらかというと本来の意味としてではなく、不思議な現象の比喩として使われる言葉だろう。ソルタのように、『使えて当然』という認識の下で発せられる言葉ではない。

「いや、俺魔法なんて使えないぞ。というか、俺のいた世界に魔法を使えるヤツはいなかったぞ」

「……は?」

 あり得ないものを見るような眼差し。その瞳は驚嘆というよりは、戦慄に近い感情で揺れていた。

「嘘だろオイ……そんなことってあるのか? え、じゃあ異世界では風呂沸かす時はどうしてたんだよ。まさか、いちいち薪を割って火をくべていたのか?」

「そりゃあ、機械を使ってだな……」

「キカイ? 器械のことか? 随分とレトロモダンな暮らしをしていたんだなぁ」

「いや、どちらかと言うと、メトロポリタンな生活だったと思うが」

「ふーん。え……マジで魔法使えないの? 誰だよ、こんなカスを召喚したヤツ……」

 不愉快げに顔をしかめ、大げさに溜息をつくソルタ。

 その目が、いかにも社会的弱者を責めるようで東はいたたまれない気持ちになる。

 どんよりとした息苦しさの中、お互いに何とも言えない顔で黙りこくった。

「……おい、なんか言えよ」

「うし、じゃあまず、冒険者になるのは諦めろ」

 一瞬の沈黙。その後、絶叫。

「は……はぁあ⁉  おい、冒険者になれねえんじゃ、宿も飯も金も身分証明書だって手に入らなくなるじゃねえか‼ 明日からどうやって生きていくんだよ‼」

「カバチ垂れてんじゃねぇ! 魔法が使えねぇオメーなんか冒険者どころか囮にすらなれねぇんだよ‼ なれるものと言えば魔物のエサか、虫の苗床なえどこ逆賊匪賊ぎゃくぞくひぞくの玩具が精々だ! オメーを野に放つくらいなら、いっそ牢に閉じ込めて見世物にでもした方がまだ人間社会に貢献できるわ‼」

 ぎゃおぎゃおと吼える男二人。ソルタは東に対する嫌悪感が、東はソルタに対する恐怖心が、この時完全に消し飛んでいた。

 だが、呑気に口論している場合ではなかった。この世界では日常的に魔法が使われており、それを前提とした文明が構築されている。魔法が使えない東の生活力は野良犬程度しか期待できず、そんな人間をそのまま屋敷の外に出せば、何日か経った後に死ぬのは目に見えている。

 いくらソルタとて、助けた人間には死なれたくなかった。再び諦めたように目を閉じると、

「本当にしゃーねぇな。わーったよ。オメーが一人前の冒険者になるまで、ここで面倒見てやるから。恩に報いろ」

 心底不満げに、そう言い捨てた。

「え……?」

 一瞬、空白の時間が生じた。呆然とする意識の下で、ソルタの発言を整理する。

 なるほどつまり、ソルタは「今日からここに住め」と言ったらしい。

「おおおおお! マジか、やるじゃねぇかソルタ、助かったぜ‼︎」

 一瞬のうちに薔薇色の感情が頭の中を走り抜け、大声を上げて笑い出す。その興奮ぶりは、まさに欣喜雀躍かんきじゃくやくであった。

「チッ、うるっせぇな。図に乗るんじゃねぇよクソが」

 まるで小躍りせんばかりの喜びようの東を一瞥すると、さも鬱陶しそうにぼやく。

 しかし、重要なことを思い出したかのようにすぐに表情を引き締めると、おもむろに口を開いた。

「うし、そうと決まれば話題を変えるぞ。オメーには『魔力』と『魔法』について教えてやる」

「魔力と魔法?」

「あぁ、この世界で生きていくなら、冒険者ギルドよりも先に魔力や魔法について知る必要がある。ったく、こんな初等部の学生でも知ってるようなこと今更教えたくねぇんだが、事情が事情だからな。耳の穴かっぽじってよーく聞いとけ」

 自然と背筋が伸びる。東の真剣ぶりが伝わったのか、ソルタは満足げに頷いた。

「じゃあまず『魔力』について説明するぞ。魔力っていうのは、万物の構成要素だ。この世のありとあらゆる物は魔力でできていて、どんなものでも限界まで細かくすれば魔力という物質に辿り着く」

 要は魔力とは、原子のことである。万物を構成する最小単位の物質、それがこの世界では魔力という名で通っているのである。

 無機物から有機物、生物から無生物、砂粒から星に至るまで、神羅万象ありとあらゆるものは魔力でできている。

「んで、その魔力を操る方法のことを『魔法』というんだ。魔法を使えば、魔力でできている物ならなんでも創造することができるし、性質や形状を変化させることもできる。例を挙げれば、鉄を金に変換して錬金術を行ったり、土塊つちくれを変形してゴーレムを造ったりとかな」

 魔力と原子はほぼ同一の定義を持つが、決定的に異なる特性がある。それは、魔法という力で操ることができるか否かである。

「なるほどな。じゃあ、あの時俺を襲った剣を出現させたのは……」

「あぁ、俺の体を構成する魔力の一部を、変換、整形して剣を作ったんだよ。魔法は正真正銘、身を削って行うものだからな。使いすぎると、体が虫食いのようにボロボロになる。まぁ、そういうときは食事や呼吸で魔力でできたものを摂取すればいいんだけどな」

 そう言うとソルタは腕を前方に差し出し、掌から濃密なオーラのようなものをほとばしらせた。

 ソルタを構成していた魔力の一部が、形や性質を失い、無色のエネルギーとなって体内から出てきたものだ。これに魔法でイメージを付与すれば、どんな物でも創造できる。

 秒を待たずに魔力はどろりと形を変え、黒い意匠を凝らした忌まわしき剣が、東の目前に顕現した。

 ソルタが魔剣を握り締め、ひゅんと一振りすると、側に置いてあった銀製の調度品が果実のように容易く真っ二つに断ち割られた。

「まあ要約すると、魔力を操って物を創ったり、物の性質や形状なんかを変化させたりするのが魔法だ。物を創る魔法を『創造魔法』、物の特性を変化させる魔法を『干渉魔法』という。これだけは覚えておけ」

 そう言うとソルタは魔剣の実体を解く。

 すると、剣は澄み渡った音色を奏でながら、飛沫の如く四方に飛散した。剣の断片は一瞬のうちに無色のエネルギーに戻り、霞のように消滅していく。

「オーケー、理解した。魔法ってなんでもかんでもちちんぷいぷいでどうにかできる夢のような力だと思っていたが、理論や法則があったんだな……となると、魔力でできていないもの、例えば時間や空間、重力や浮力といった概念や現象は魔法じゃ操れないのか?」

「あぁ、普通は無理だ。だが、やりようではある。魔法では重力に干渉することはできないが、物体の重さを変えることならできる。物体の質量が変化すれば、それにかかる重力圧が変わるだろ?」

 なるほど、と東は首肯した。であれば、時間や空間すらもやり方次第では魔法で掌握可能なのではないか。東の総身に戦慄が駆け抜けた。

「魔法か……やっぱ使えれば便利だろうし、覚えておいて損はないよな」

「ちげぇよ、損得以前の問題だ。生活する上での絶対条件なんだよ。さっき言ったろ? 火炎魔法や水魔法が使えないと、風呂を手で沸かすことになる。それに、今や盗賊や殺人鬼なんかも魔法を使うし、街の外に出れば、竜や魔物が跋扈ばっこしてんだ。そういうのから身を守るためにも、魔法を覚える必要があんだよ」

 すごく説得力のある発言だなぁと東は感心した。今後はソルタのような残虐な人間に殺されないよう、魔法は使えるようにする、と固く決意した。

 しかし、それにあたっては大きな問題が残っている。

「使えないと生きていけないのかもしれないけど……俺は魔法の使い方なんて知らないし、習ったこともないぞ」

「練習すりゃいいじゃねぇか」

「いや、俺は魔法が存在しない異世界から来たんだぞ。この世界の人間は自然と身につくものかもしれないけど、俺の体は魔法を使えるようになっていない。前提が色々と違うんだ。そんなんでどうやって魔法を身につけるんだよ」

 するとソルタは眉をひそめて、

「ん? いや、魔法を使えるようになるだけなら簡単だぞ。それこそ十秒もあれば身につけられる。たとえ異世界から来たオメーだろうと、産湯うぶゆに浸かったばかりの赤子だろうとな」

 やおらそう呟いた。

「なっ……にぃ⁉︎」

 驚愕のあまりソファーから転げ落ちそうになる。まさか万象を再現し、支配するという超能力がたった十秒で身につけられるとは、さしもの東とて想定していなかった。

「え、じゃあ……どうやったら魔法を使えるようになるんだ?」

 固唾を呑んで耳をそばたてる。だが、ソルタの口から出てきたのは、思ったよりもシンプルな回答であった。

「簡単なことだ。他の人間に『魔法使いになる魔法』をかけてもらうだけだ。正確に言えば、オメーの体を構成する魔力に干渉して、『魔力を操る性質』を付与するんだ」

 唖然とした東は、張り詰めた声で呟いた。

「……へー、魔法ってそんなことまでできちゃうの……」

「おう、さっきオメーは魔法を夢のような力と言ったな。あながち間違いでもねぇぞ。たしかに、できることは『物を創る』と『物に干渉する』だけだが、応用すれば割となんでもできるもんだ。まあ本人の力量次第だがな」

 無論、魔法を使えるようになっても、修練や鍛錬を怠っては、大した魔法は使えない。即席の魔法使いができることなど、重いものを持ち上げたり、マッチ程度の火種を起こしたりと、手足を使ってもできるようなことばかりである。

 たゆまぬ研鑽けんさんの先に、練達の術師となり、他人を魔法使いにするレベルの奇跡を再現することができるのだ。

「うん? 待てよ。魔法って魔力に干渉するものなんだよな? だったら俺は魔法が効かないんじゃないか? だってほら、俺は魔力のない世界で産まれたから、体が魔力でできていないし……」

 東の指摘はもっともだった。魔法とは、魔力を操る方法であって、原子を操る方法ではない。

「なるほど、だから『魔法使いになる魔法』も効かない、魔法使いにはなれないと?」

「あぁ、そりゃそうだろ? 俺の体はこの世界とは理が違うんだから」

 それを聞いてソルタは、妙に涼しげな表情で静かな笑みを浮かべた。

「安心しろ。今のオメーの体は魔力でできている。だってそうだろ? オメーの怪我は魔法で治したんだから」

「あ……」

 言われてみて納得した。魔法が効かないのであれば、治癒魔法だけ効くのはおかしい。ならば、東は既にこの世界の理に適した体になっている。

「いやいやいや! それっておかしくね⁉ 異世界に来たら体が勝手に魔力に置き換わるものなの⁉ 異世界転生って人間の肉体改造ありきの現象なの⁉︎」

「落ち着け。そんなわけねぇだろ。そもそも、いくら魔法を使ったって、異世界から人間を召喚することはできねぇ。いいか? オメーはな、転生したんじゃねぇ。おそらく召喚術によってんだ」

「……?」

「安心しろ、心当たりはある。この話の続きは食事をしながらだ。もう夕食時だし、オメーは二日も飯食ってねぇから腹減ったろ?」

 空気を読んだように腹の虫がぐぅ、と鳴る。

 正直、はやる気持ちもあったが、今は食欲とソルタの厚意を優先することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る