第3話 異世界②
街に着いてまず目に入ったものは、煉瓦造りの建物群であった。
二階建てから三階建てほどの高さで、三角屋根の家々がぴたりと身を寄せ合うように並んでいる。壁にはところどころつる植物が絡みついており、
建物の群れに挟まれた通りは石畳になっていて、その上を人や荷車がコツコツ、カタカタと音を立てて通っていく。華やかながらも落ち着いた街並みは、ファンタジックな雰囲気を醸し出していた。
「思ったより人が多いな。結構高度に発達した文明なのか?」
通りを行き交う人々は、いかにも王侯貴族が着ていそうな華やかな衣装を着こなしている人が多かった。男性はシャツにズボン、帽子という構成で、色合いこそ地味であるが、クラシックな雰囲気を醸し出す紳士の装いという趣がある。
一方、女性は
「なんか中世のヨーロッパみたいだな」
渋い雰囲気の建物群を見ながら石畳の道を歩いていると、正面にあるアーチ道がぽっかりと口を開けており、中をくぐると賑やかな広場に行き当たった。
広場の中心には、尖って何段にも重なったゴシック風の噴水がさらさらと涼しげな水音を響かせている。納涼のためか、噴水の周りには多くの人々が会話を楽しんでいた。
「いわゆる街のヘソってやつか? 立派なものだ」
談笑している人々は、池の上を跳ねる水しぶきのようにキラキラと笑っている。人々が心から平和を楽しんでいる表情だった。
「一時はどうなるかと思ったが……こりゃ、なかなかいい街なんじゃないか? 転生先としては上々だな」
そう言うと、東は噴水池の縁に腰を下ろし、ささやかな涼をとることにした。
眩しいほどの陽の光。風に吹き流される雲。さらさらとした水の音。
眠くなるほど穏やかな空気に、不思議な懐かしさと安息感を覚える。東は異世界の景色を五感で楽しみ、この世の春を全て謳歌したような気分を味わっていた。
「っと、あんまゆっくりしている場合じゃないよな。宿とか、飯とか……ん?」
ふと、視線を上げた先、建物と建物の隙間に人間一人がギリギリ通れるほどの通路があった。奥の方はほとんど見えず、この先の前途を示すように黒く
あのような暗い路地裏に、進んで入ろうとする人はそう多くない。
だが、一瞬、ほんの一瞬ではあるが、薄暗い闇の奥に、透明な人影が溶けるように過ぎっていったのが見えたのだ。
「……」
——いけない。
ドクンと心臓が脈打つ。目まぐるしいほどの速度で血が循環する。
体は燃えるように熱く、息が切れて激しく足が震える。まったくもって理由は分からないが、ものすごく嫌な感覚が心の中をじわじわと支配した。
——いけない、その先に行ってはいけない。
荒れ狂う心音、破裂しそうなほどの動悸。
眼からは涙が止まらず、気持ち悪くて吐き気がする。脳内でこだまする警報が頭痛を加速させる。だというのに、闇に向かう足は止まってくれない。
——いけない、その先に行ってはいけない。
自分の悪寒は正しい。そもそもそこに行く理由はあまりにも少ない。だというのに、好奇心が逃走本能を押しつぶしている。もはやこの動悸が緊張によるものか興奮によるものか分からなくなっていた。
いけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけない。
頭の中では、同じ言葉がループしている。危険信号が脳内に反響する。それらを全て無視して立ち上がると、闇の中を吸い込まれるように駆け抜ける。
その途中、何故か男にナイフで心臓を刺される光景が脳裏に浮かんだ。
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