第2話 異世界
呆然と目を覚まし、ゆっくり上半身を起こした。
一面に広がる草原、頭上ではよく晴れた空が澄み渡り群青色をしている。
「……どこだ、ここ?」
長い夢を見ているような気分だった。草原を渡ってくる風を感じながら東は目を細める。
草の上に白い光の粒がふりそそぎ、風のうねりが美しい歌声のように響いている。どこか幻想的で、神秘的で、懐かしい景色であった。
「んんっ……」
みずみずしい空気を吸い込み、眠ったままの意識に喝を入れる。
それでもまだ意識が
周りには誰もいない。あるものは草原と青空、遠目には、大きな城とそれを囲う街。全てが未知の光景であり、そもそも日本ですらない可能性が高かった。
どうしてこんなところに来てしまったのか、東は自分自身に問いかける。
だが、その自問も長くは続かなかった。
「え……?」
突如、視界が闇で覆われた。巨大な何かが東の頭上を通り過ぎたのだ。
ソレは天蓋のように青空を隠し、砲弾の如く空を裂いていく。
直後、強烈な爆風が吹き上げた。
「なっ————⁉︎」
雷のような轟音が響き渡り、地面が激しく震える。
葉が風にあおられ空に舞い上がり、細かい土が砂塵となって肌を打ち付ける。
東も姿勢を保てず、前方に大きく吹き飛ばされた。
「ぐうぅぅううう‼︎」
猛烈な突風。東の体は流され、草地に叩きつけられる。受け身を取る余裕もなく、骨が折れそうになるほどの衝撃に耐えながら、斜面を転がり落ちる。
少しして、暴風が止んだ。体についた葉や砂を払いながら、徐々に小さくなっていく影の背を目で追う。
空を飛ぶ謎の物体が何であるか分かったとき、東の目が点になった。
「竜だ……」
天を覆うほどの翼、鎧のような肌、見上げるような巨体。
例えようのない神秘の具現は、紛れもなく竜であった。一匹の白い巨竜が孔雀のような尾をたなびかせ、空を泳ぐように飛んでいる。
巨大な飛竜の
ォォォォォォオオオオオ……
遠くの空でこだまする竜の雄叫びを聞きながら、東は呆然と佇んでいた。
「異世界転生……」
自然とこの言葉が出てきた。
見知らぬ景色、慣れない空気。
空を飛ぶ竜は実在した記録がないどころか、物理学上確実に飛行できないほど巨大な体格をしている。すなわち、この世界では東の知らない理や法則が働いていることになる。
そう考えたとき、解決するキーワードにこれほど適したものは東の中にはなかった。
「……」
微かな風に、草が揺れる。
東はその場で大の字になって寝転ぶと、ぼんやりと空を眺めた。
「異世界か……面倒くせぇな」
最初に出てきた感想がそれだった。
異世界はそれぞれ異なる法、歴史、摂理のもとで成り立っている。元いた世界ではありえないこと、たとえば人々が日常的に魔法を使っていたり、竜が空を飛んでいたりすることが、異世界ではあり得てしまう。
そのため、異世界に転生した者は何が起こるとも分からない新しい環境に順応し、臨機応変に生きていかなくてはならなくなる。東にとって、これは強烈に面倒くさい事案であり、異世界に転生できた感動は現実的な不安によって感情の隅に追いやられていた。
「ま、四の五の言っても仕方ないか。ここは一つ、情報収集としゃれこもう」
東は勢いよく立ち上がると、異世界の新鮮な空気を思い切り吸い込んだ。
空には、太陽が門出を祝福するようにキラキラと輝いている。
大きく伸びをして、肩を揉みほぐしながら、はるか遠くに見える城下街に向かって歩き出した。
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