夢のハナシ

猫に鬼灯

夢のハナシ

 不意に目を開けると列車の中にいた。そんな訳ない、自分は昨日自宅の寝床の毛布に包まって寝たはずだ。という事は今、見えている世界は夢というやつだ、多分何かの弾みで起きれるほどに現実の自分は浅く眠っているのだろう。然し、まだ覚める気配なんてものは無い、今回はどんな夢を見ているのだろうと思いセピア調になっている世界をぼんやりと見回した。

 平生見かける様な列車の中にいるとばかり思っていたが、自分が夢の中で揺られているのは自分以外誰もいない蒸気機関車などに見られる様な列車の中であった。列車の歴史やイロハすら明るくは無いが、一見したところ飛び切り古いモデルなのだろう、内装は何処となく昭和レトロな雰囲気で常日頃自分が乗る列車に比べて落ち着きがあって、ヤケに心地の良い空間であった。席はボックスタイプの席なのか、目の前の椅子に誰かが座れば必然的に向かい合う様に設置された椅子があり、自分もそれに一人で腰掛けている。深い紅をしたビロードだけがこちらを見ていた。

 目を窓の外に向ける。眠る脳味噌は細かく描写する気が無いのか、はたまたこれが良いと思い敢えてそうしているのか分からないが、何処までも真っ白が続いている。その中に、天井が崩れ外壁は剥がれ落ち骨組みが彼方此方から飛び出すほどに随分と荒れ果てた、木造や鉄筋コンクリートで出来た建物がズングリと立っていて、一つや二つ、三つの群れを作って疎らに素敵に並んでいる。随分自分好みの景色ではないかと喜んだが、あくまでもこの映像を映し出しているのは紛れもない自分の脳味噌なので、自分好みになっていても可笑しくはないだろう。そのまま汽車の揺れに身を任せて、世界を楽しんだ。


 視界の端に何かがいるのがわかった。窓の景色から目を離してそちらに目をやると、仰々しい格好をした男が一人通路に立ってこちらを見ていた。恐ろしさは無い。寧ろ格好に反した精神を持つ良き人だろうと感じ取った。

 暫く男を見つめていると、彼は手を動かし、自分の真向かいの誰も座っていない席を指差した。現実であれば男の行為は不可解極まるものだろう、空きだらけの車両の中敢えて人のいる席を選び取り、剰え相席を懇願してきたのだから。然し、ここは夢の中。自分は酔狂にも彼に相席を快く許し、軽く頭を下げて手を広げた状態で開いている席を指した。彼は深く頭を下げると、背負っていた荷物を床に置き、酷く丁寧な仕草でビロードのソファに体を預けた。

 特にどちらも話す事はなく、沈黙のまま向かい合って汽車に揺られる。また景色を楽しむために外に目をやっていたが、男の格好がいやに気になりチロチロと横目で観察をした。何せ男の仰々しい格好というのは、自分が生きている中では、資料としてやドラマや劇などでしかお目にかかれないものだったからだ。

 男が身に纏っている服や床に置かれた荷物は全てがオリーブドラブに彩られており。デザインや道具はどう見ても、先の大戦でよく見られるものばかりであった。然し使い慣らされた形跡は全くなく、服も道具も鞄も全て新品の雰囲気をしていた。目深に被られているせいで表情を窺い知る事は出来ないが、几帳面なまでに真っ直ぐ伸びた姿勢で座る彼は、その凛々しさに反して諦めにも似た色を纏ってしまっている。

 夢だからといって、足を組んでだらけた格好で旅気分を味わう自分とは大違いだ。


 窓は相変わらず真っ白な背景に、廃墟の群れを度々映し出している。人らしき姿は一向に無いし、生気すら感じない。そんな中で男は一体何処へ行くというのだろうか。




 脳味噌は急速に別世界を形成した。




 気付けば自分は何処かの山奥にありそうな小さな村の前に立っていた。セピア調の汽車の時とは大違いで、ここの景色は現実と大差ない色合いで緑色が喧しく主張している。まるで夏みたいだった。自分が形成した村は、全てが木造建築の平家が殆どで二階建てなんかもあるが二、三軒ほどしか無かった。家のデザインもこれまた資料やドラマなんかでしか見ない様な昭和レトロ感満載の物しか並んでいなかった、いや下手したら大正時代まで遡りかねないだろう。

 先の汽車でもそうだったが、こういった雰囲気のものは寧ろ好物であるので、流石は自分の脳味噌だけのことはあった。

 一寸見て回ろうと、コンクリートで舗装されていない砂塗れの道を進む。近づいて見た事で漸く気付いたのだが、生活感の匂いというか人らしい匂いはあるにも拘らず、妙に廃村っぽさのある寂れた建物ばかりであった。まぁ、確かに、廃墟だ廃村だと廃れたのもに惹かれる質なので、こういった夢を見ても何ら可笑しくはないだろう。

 誰にも会わぬまま、村を一周した頃。一組の若い夫婦が此方を見ているのに気付いた。自分も視線を持って反応を示すと、彼らは愛想の良い顔になって手招きをした。現実なら怪しさと恐ろしさしか起こらないだろう、でも自分はここでも酔狂拗らせ、素直に彼らに近寄った。彼らに導かれるままついて行くと、或る一軒の家に上がり込んだ。屹度彼らの家だろう。

 円卓のちゃぶ台を三人で囲んだ。机の上には酒とちょっとしたつまみが数品並び、各々好きなタイミングで口に運んで談笑を交わした。夫婦も自分も互いに初対面である筈なのだが、まるで旧知の仲の様に酷くリラックスした状態で会話を咲かせた。すると、一人増えて四人での会話になった。不自然に増えたことに自分は何の違和感もない、それは夫婦も同じで、まるで最初から四人であったかの様に話を続けた。更にもう一人増えて今度は五人になった、それでも違和感ひとつ覚えず話し続け、それを繰り返すうち夫婦の小さな家の居間には両手で足りるほどの人数での静かな語らいの場になっていた。誰も不快にならず、ただ穏やかに酒を酌み交わし、つまみにチョビチョビと手をつけて、ただゆっくりと会話を楽しんでいた。


 ある時に誰かが、食べるものが底を尽きそうなことに気付いた。さっきから塩辛いものばかり食べていたので、気分を変えて甘いものを食べようと意見を一致させ、夫婦の一人と会話に加わってきた中の一人、それから自分とで甘味処へ行くため外へ出た。

 外は夜を成していた。先程までは廃村のような雰囲気であった筈なのに、民家には明かりが灯り、彼方此方から穏やかな日常の音が響き渡っていた。来た時とは全然違う顔、自分は何も疑問に思わず、先ゆく二人の背中を追って甘味処に向かった。

 甘味処の戸をくぐったら、そこには綺麗に着物を来た女性が店番をしていた。上品で且つ近寄りがたそうな出で立ちではあったが、先に入った二人と話す姿は、気っ風の良い女将さんといった感じであった。

 見せ棚には、大福や御萩、羊羹、団子などと和菓子が並んでいてどれも美味そうであった。彼是と註文する二人を他所に、物色をしていると突然

「お好きなものを選んで。」

 と、聞こえた。

 じゃあ、遠慮なく。と思い、きな粉がたっぷりと塗された蕨餅を指差そうとした。




 何とも中途半端なところで覚醒したものだ。




 時計を確認すれば、もう昼時であった。休日とはいえ寝過ぎたと我ながら思う。上半身を起こして伸びをする、そのままぼんやりとしていたのだが、夢を鮮明に覚えていたので覚えている限りを反芻した。

 ここで一つ疑問に思ったのが、何故こうも舞台設定が古めかしいのかであった。恐らく大正か昭和の初期あたりの世界であったが、自分の生きる今はその時代よりも遥かに未来で、夢の中で見た木の温もりよりも鉄やリノリウムなどの冷たいものが主流だし、建物も生活の変容により洋の部分が多く取り入れられたものが主流。随分とズレがある様に思えた。


 そういえば、最近読む小説の殆どが大正や昭和初期あたりに出版されたものばかりだったな。

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