第44話 旅立ちの挨拶
「おいおい。人には見送りに来るなつっといて、何で自分からやって来てるんだよ」
私を見て、ドギァさんが苦笑いする。
「旅に出る前に、お二方にどうしても言っておく事がありまして」
ここは女神の天秤のホーム。
その建物内にある、ホールの様な場所だ。
私は今日から旅に出る予定なのだが、その出発前にこの場所へとやって来ていた。
因みに、見送りの方は断固拒否してある。
大人数で送り出されるなど、ウザったいだけだから。
……まあ本当は、聞かれたくない話があったと言うのが一番の理由だが。
「あたしとレアにかい?」
「ええ。ですので、余計なモブ共は下がらせてください」
「おいおい、ひでーな。おいアイン。お前モブ呼ばわりされてるぜ?」
「ふざけるな。モブ呼ばわりされてるのはお前だ。レスハー」
モブ男二人がじゃれ合う。
ウザったい事この上なしである。
「安心してください。皆さん等しく雑魚なので、さっさと散って下さい」
「ひでーな」
「ま、邪魔者は退散するとしますか。皆行こうぜ」
レアとドギァ以外の面子が、ホールから出ていく。
彼らに出て行って貰ったのは、これからする事を見られたくなかったからだ。
「それで?私達に話とは?」
「何か大事な話なのかい?」
「お話と言うのは……すいませんでした」
私は二人に向かって深く腰を折り、そして謝罪する。
「おいおい、何だい藪から棒に」
「急に謝られても困るのだが……」
「私は二人の命を計画に利用しました。ドギァさんが死ぬのを見捨てて。レアさんには生贄になって貰いました。だから、すみませんでした」
再び頭を下げる。
私はこの二人の命を、自分の目的のために利用した。
その事を謝罪する為に。
「……」
「……」
レアとドギァが困った様に、お互いに視線をやる。
「ふむ……まさかそんな事であんたに謝られるなんてねぇ。一つ尋ねるけど、誰も死なせずに女神を倒す方法なんてあったのかい?」
「ありません。マスターが生き残れるかどうかも、殆ど賭けでした」
マスターの持つ幸運の力を信じてはいたが、それでも賭けに近い行動だった。
今のこの現状は、正に奇跡と言っていいだろう。
「だったら気にする様な事じゃないさ。どっちにしろ、あたしは死んでた訳だろうし。結果論だけど、あんたの行動が世界を救ったんだ。だから謝る必要はないよ」
「ドギァの言う通りだ。そもそも、私は自らの意思でアドルに全てを託した訳だしな。それこそ、謝られる謂れはないさ」
「私がそうするしかない状況に誘導したのにですか?」
「関係ないさ。選択肢があって、私が自らそれを選んだ。それは全て自己責任でしかない」
レアもドギァも清々しい笑顔だ。
本当にお人好したちである。
もし私が二人の立場だったら「良くも利用してくれましたね!死んでください!」と相手を思いっきり蹴り飛ばし、100セット程往復ビンタをかましてやった事でしょう。
まあ私が誰かにいい様に利用されるなんて事はないので、ありえない仮定ではありますが。
「そうですか。じゃ、ま、私はこれで」
用件は終わったので、さっさと失礼させて貰うとしよう。
「おいおい、ずいぶんとドライな反応だね。ここは私達の寛容な反応に感動するところじゃないのか?」
「御冗談を。単細胞であるお二方の反応は予想済みですから、そんな物で一々感動したりはしませんよ。そもそも……言うほど申し訳ないとも思ってませんでしたし」
今回の行動は、あくまでも自分に対するケジメでしかない。
まあ二人が死んだままだったなら、流石に申し訳なく感じてもう少し本格的に墓にでも謝罪してただろうけど……
ドギァの言った様に、結果的には生き延びたのだからこのぐらいで十分である。
「全く、リリアらしいな」
「ほんっと、可愛くない性格だこと」
「この私の可愛らしさが分からないなんて……しょせん貴方達もその他モブでしかないって事ですね。ま、もう用はないんで。アデュー」
別れの言葉を告げ、私はつま先立ちで地面を滑る様に移動してそ場を早々に立ち去った。
他にも行かなければならない場所があるので、余り一か所に時間を取る訳にはいかないのだ。
さて、じゃあ次は――
「もう旅に出たと思ってたべ。どうかしたんだべか?」
「貴方にお礼を言おうと思って」
次に来たのはテッラの工房だ。
彼女は最後のドワーフなので、その血を残す事は出来ない。
――だが技術と魂は残す事が出来る。
その精神の元、彼女は弟子を取っていた。
現在の弟子の数は一人で、この場にいる小さなテッラより更に一回り小さな少女がそうだ。
彼女は作業を中断し、槌を握って此方を見ている。
「礼だべか?」
「ええ。ベヒンモス。貴方にも礼を言いますよ」
そう、弟子の少女は何を隠そうベヒンモスだ。
テッラに懐いていたベヒンモスは、何を思ったか彼女に弟子入りしていた。
まあベヒーモスは鍛冶してはいけないなんてルールはないんで、別に構いませんが。
「ベリーだべ」
「そう言う解釈もありますね」
「名前に解釈も何もないべ」
相変わらず細かいロリである。
因みにテッラは見た目こそ子供だが、実際は80越えの婆だったりする。
まあそんな事はどうでもいいか。
「テッラ、ベリー。ありがとうございました」
私は二人に頭を下げて礼を言う。
「別に礼を言われる事なんてしてないべ?」
「二人は剣の完成の為に命を賭けてくれました。あなた方の助力が無かったら、女神を倒す事は出来なかったはず。ですので……」
彼女達の命懸けの献身が無ければ、剣は完成しなかっただろう。
その事に私は心から感謝していた。
特にベヒンモスには、想定外に必要だった生命エネルギーの穴埋めをして貰っている。
つまり計算外のイレギュラーを、彼女が補ってくれたと言う訳だ。
そりゃ感謝しますとも。
「そう畏まって礼を言われると……なんか調子がくるってむずむずするべ」
「わぉん!」
「安心してください。私が貴方達に礼を言うのは、これが最初で最後ですから。ですので……生涯最初で最後の、偉大なるリリアちゃんからの感謝を堪能してくださいな」
私は口の端を歪め、最高の笑顔でそう答えた。
すると何故か二人は嫌そうな顔をする。
まったく失礼極まりない。
「ま、用件はそれだけです。ドワッ子は精々弟子取り頑張って下さいな。ベヒンモス一匹ってのは、流石にあれですから」
「ベリーだべ」
「はいはい。ベヒンモスベヒンモス」
私は舞う様に。
というか本当に踊りながらテッラの工房を後にする。
その行動に特に意味はない。
じゃ、最後は――
「ようこそ」
最後は教会。
当然会いに来たのはセイヤだ。
「ここでは目立ちますので、こちらへどうぞ」
案内されたのは、広めのホールである。
訓戒ホールと言う場所らしい。
中では、坊主頭の男女が二人座禅を組んで瞑想していた。
「出来れば、翼で空からやって来るのは止めて頂きたいのですが」
私はティアの肉体を奪った状態で復活している。
そのため、翼で空を自由自在に飛ぶ事が出来た。
「何故です?」
「翼を持つあなたを、天使と勘違いする信者の方が出てきてしまうからです。貴方は天使ではありませんよね?」
「嫌ですねぇ。リリアちゃんほど清らかな存在はいませんよぉ。つまり天使です」
「御冗談を」
セイヤにサラリと流されてしまう。
まったく、相変わらずノリの悪い人物である。
「それで?見送りをするなと強く言った本人が、何故ここへ?」
「いえなに、貴方に一応謝っておこうと思いまして」
「アドルさんを勝たせるために、私を良い様に利用した事に対してですか?」
「まあそうなります」
流石にセイヤはよく心得ている。
「それなら必要ありませんよ。分かっていた上で乗っかっていますから。何より……私は聖女として当たり前の事をしたまでです」
セイヤがすまし顔で、誇らしげに胸を張る。
その様になんだか少しイラっとしたが、まあ流しておく。
「そもそも、貴方の思惑など些細な事です。重要なのは、今こうして私が世界を救った聖女として存在する事。その一点のみ。よって謝罪は不要です」
「まあ私も、貴方には申し訳ないとか微塵も思ってない訳ですが……一応これは旅立つ前のケジメですから。すいませんでした」
そう、これは新たな旅立ちの前のケジメなのだ。
だからしっかりと頭を下げる。
「さて、気づいているかどうか分かりませんけど……彼女、薄っすらと薄眼を開けてますよ?」
座禅をしている女性の方が、此方が気になるのか、超がつくレベルの極薄で目を開けて此方を見ていた。
「おや、本当ですね。全く……」
「ほぎゃっ!」
セイヤが消えた。
そしてこちらの様子を伺っていた丸ボウスの女性が吹っ飛び、鼻を押さえて地面をゴロゴロと転がる。
セイヤの掌底が、女性――
「アミュンさん、精神修養に集中してください」
――アミュンの顔面を捉えたからだ。
アミュンは色々問題があると言う事で、現在セイヤの元で人格矯正中である。
「余り不真面目だと、指導をせざる得ませんよ」
「ま、まて!ちゃんとやる!だから指導は勘弁してくれ!!」
指導と聞いて、アミュンが震え上がる。
一体何をされているのやら。
「貴方もです」
次に、坊主頭の男――エターナルが横に吹っ飛び床を転がる。
指導という言葉に反応して目を開けたため、セイヤに蹴り飛ばされたのだ。
「ぐげげ……」
言うまでもないだろうが、エターナルも人格矯正中である。
え?
エターナルが言う事を聞くのかだって?
それなら問題ない。
彼は以前持っていた力を蘇生の際に全て奪われており、今ではただの一般人レベルだ。
なのでセイヤには全く歯が立たず、逆らえない状態となっていた。
「正しき心は、強靭な精神に宿ります。二人とも邪念を捨てて、しっかり精神修養してください」
「わ、わかったよ。だから指導は勘弁してくれ」
「ぐぅぅ……世界の主人公たる俺が……」
「エターナルさん」
「あ、はい……頑張ります」
セイヤに睨まれ、二人は慌てて座禅に戻った。
そんな二人を見て思う。
「あの二人……真間人間になれるとは到底思えないんですがねぇ?」
そもそも性根が腐り切ってる人達だ。
いまさら精神修養したからと言って、まともな人格を獲得できるとは到底思えない。
出来る事と言えば、今みたいに恐怖で縛る事だが……
それが矯正と言えるのかは、
「心配いりません。たとえこの生涯をかけようとも、聖女として必ず二人を構成させて見せます」
セイヤの言葉に迷いは感じられない。
本気で言っているのだろう。
「そうですか……」
セイヤの宣言は、一生二人をしごき続けると言っているに等しい。
あの二人からしたら、正に生き地獄と言えるだろう。
そう考えると、少々哀れに思わなくも……
まあ思いませんね。
やった事を考えると当然ですし。
特にマスターを刺したアミュンの罪は重い。
最後に仕事したとはいえ、その程度で挽回できる様な物ではないのだ。
「まあ頑張ってくださいな。じゃ、用が済んだので私はこれで――」
「リリアさん」
去ろうとしてセイヤに呼び止められる。
「何です?」
「翼は使わず、歩いて帰って下さいね」
翼を使って教会のど真ん中から飛び立ってやろうかと思っていたのだが、どうやら企みがバレていた様だ。
流石聖女。
さすせいである。
「はいはい、分かりましたよ。じゃ」
しょうがないので、歩いて教会を後にする。
注意された事を無視すると、流石に怒らせてしまうから。
セイヤだけは油断できない相手ですからねぇ。
敵に回していい事なしである。
教会を後にした私は、王都の南門へと向かう。
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