第43話 迷うまでもない
「取引だって?」
グヴェルの言葉に、俺は顔を顰める。
いきなり何を言い出すというのか?
「そうだ。お前にはもう一つ、叶えたい願いがあるだろう?」
グヴェルの視線が俺から外れる。
奴の視線。
その先には、月面に横たわるフィーナの姿があった。
「さっき言ったはずだ。その気になれば、破壊された魂の再生も可能だと。だが、当然それをタダでしてやるつもりはない。俺は邪神だからな。当然それなりの対価は頂く。だから取引だ」
「……」
フィーナを生き返らせる事が出来る。
その取引に迷わず飛びつきたい所だが……
「対価ってのは……」
グヴェルは悪魔の取引と言っていた。
古来より悪魔の取引は、取引した者の魂が代価と相場が決まっている。
つまり、奴の求める対価は――
「無論お前だ、アドル。お前の全てを対価として差し出して貰う」
やはりそうか。
「命の対価に命を求める。そこまで理不尽な取引ではあるまい?」
物語の中に出て来る様なのは、理不尽な搾取に近い物ばかりだ。
そう考えると、邪神から申し込まれた取引はフェアな物と言って差し支えないだろう。
「まあもっとも……それは不完全な状態だったとはいえ女神を倒したお前と、あの小娘の命が等価だと判断するならばの話ではあるがな」
「同じさ」
確かに強大な力を手に入れはした。
でもそれは、ンディアを殺すための力だ。
全てが終わった今、この力を持っている事にたいした意味はない。
そう、俺の命も。
フィーナの命も。
その重みに違いはないのだ。
「ほう、そうか?で、どうするのだ?」
命を捨ててフィーナを救う……か。
フィーナは絶対、そんな蘇生を望みはしないだろう。
それは分かっている。
けど……
「リリア……」
意識を失って倒れているリリアの側でしゃがむ。
彼女は俺を生かすため、あらゆる手を打ってくれていた。
今俺がここにいられるのは、間違いなくリリアのお陰だ。
まあ世界まで生贄に捧げるのは、どう考えてもやりすぎだったけど。
グヴェルが報酬をくれたから良い物の、そうじゃなかったら一人だけ残されて途方に暮れるところだったんだぞ。
いや、リリアの事だからクリア報酬も計算に入っていた可能性はあるか。
「ありがとう、リリア」
俺は感謝の言葉を口にする。
リリアの献身。
その思いは本物だった。
本気で俺の為に頑張ってくれた
それは分かっている。
だけど俺は誓ったんだ。
あの時、レアと共にダンジョン攻略をすると決めたあの時に。
フィーナを必ず助けて見せるって。
だから……
「それと……ごめんな。俺の為に頑張ってくれたのに」
リリアに謝罪する。
彼女の思いを無碍にする様で心苦しいが、俺の選択は決まっていた。
さっきはフィーナよりも、世界の復活を選んでいる。
それはいくら何でも、世界の全てを見捨ててまでは選べなかったからだ。
けど、俺の命一つだけなら迷う必要はない。
フィーナが知ったらきっと怒るだろう。
けど、それでも俺は彼女を救う。
「今までありがとう。生き返ったフィーナと仲良くやってくれよ。口の悪さを直せとは言わないけど、程ほどにな」
俺はリリアのおでこに優しく口づけする。
色々と煩わしい事も多かったが、彼女は俺にとって手のかかる妹の様な存在だった。
願わくば、リリアのこの先が幸いであります様に。
「くくく……その気になれば、その強大な力で世界すら容易く操れるだろうに。それを小娘一人の為に放棄するか。愚かだな」
「俺にとってそんな事は無価値だ」
世界を支配したいなんて思った事も無いし、興味もない。
最初はパーティーから追放された事を見返すために力を求めたが、それだってもはやどうでもよかった。
今の俺の願いはただ一つ。
「俺の全てを捧げる。どうかフィーナの魂を救い、彼女を蘇生させてくれ」
「いいだろう!取引せいりつだ!」
グヴェルが俺の前にやってきて、頭部を掴む。
「最後に言い残す言葉はあるか?」
「ありがとう。そう皆に伝えて貰いたい」
共に戦ってくれた仲間達。
俺をずっと支え続けてくれたリリア。
それに、そんなリリアを生み出してくれたフィーナ。
彼女達には感謝しかない。
だから――
「いいだろう。伝えておいてやる。では――」
「ぐっ……」
体の中に、何かが入り込んで来るのが分かる。
不快で張るが、特に傷みはない。
やがてそれは俺の視界を――
意識を――
その全てを――
黒く塗りつぶした。
みんな……
さようなら……
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