最終話 本当の物語

「さて……お待たせしました」


王都の南門を抜け、止まっている寝台付きの大型馬車に私は声をかけた。

すると御者台から――


「ったく……急にみんなに会いに行くとか言って、何考えてるんだ?」


――男性が不服そうな顔を覗かせ苦情を言って来る。


「ちょっとしたお別れの儀式をしてきたんですよ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


肉体に魂が戻る。

体に感覚が戻って来た私は、ゆっくりと起き上がった。

周囲の人間はまだ意識を失ったままだ。


「……」


私は全て見ていた。

自らを生贄に捧げた後も、剣から外の様子をずっと。


そうなったのは、私の魂が女神の生み出した特別性だったからか。

それとも、肉体の元々の持ち主でなかったからなのか。


――だがそんな事はどうでもいい。


「マスター……」


何もかも上手く行った。

そう、上手く行ったはずだった。


けど……マスターはフィーナを救うために、自らの命を邪神に捧げてしまったのだ。


「どうして」


私は只、彼に生きていて欲しかった。

ただそれだけが願いだった。


なのに……


「私のしてきた事は……」


……フィーナの事なんて、放っておけばよかったのに。


どう考えても、割に合わなさすぎる取引だ。

自分の命と他人の命を交換なんて、ありえない。

普通なら。


でも……


グヴェルから取引を持ち掛けられた時、マスターがそれを受けるだろうと言う確信が私にはあった。

だってマスターの事を、私は誰よりもよく知っていたから。


「リリアよ。お前の活躍は見事な物だったぞ。MVPと言っていい」


起き上った私に、グヴェルが話しかけて来る。

その手には、力なくだらりと四肢を垂れるマスターの頭部が握られていた。


「私がMVPだって言うんなら……せめて。せめて、マスターの遺体だけでも……」


私は縋りつくような気持で邪神に頼んだ。

せめて遺体だけでも、私の手で葬ってあげたい。


「くくく……いいだろう。この搾りかすで良ければくれてやる」


グヴェルが無造作にマスターの体を放り投げた。

私はそれを受け止め、強く抱きしめる。


「一緒に……帰りましょう。せめて遺体は貴方の故郷に――っ!?これは!!」


私は驚いて声を上げる。

何故なら、マスターの肉体から鼓動が感じられたからだ。

慌てて胸元に耳をつけると――


「あ、ああ……生きて……生きてる。いおきてるよぉ、マスター」


――しっかりと鼓動を聞き取る事が出来た。


嬉しさのあまり、涙が込み上げて来る。


「アドルの価値は、99.99999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999%、世界を吸収したエネルギーと【幸運】のスキル。それに私が与えた能力だ。それらを抜き取ったそれ以外の部分は、金魚の尻にくっ付いているふんの様な物だからな。当然俺は邪神だから、フンを始末する様なモラルは持ち合わせていない。だからそんな金魚のフンで良ければ、MVP報酬としてお前にくれてやる。煮るなり捨てるなり、好きにするがいい」


フンなんかではない。

彼は私にとって、かけがえのない宝物だ。


「あり……がとう……ございます……ありがとうございます!」


皮肉な物だ。

女神よって邪神とのゲームを制する為に生み出された私が、心の底から邪神に感謝の気持ちを抱くなんて。


「くくく。誰かに感謝されるのも悪くはないな。まあだが実際問題……お前が喜ぶMVP報酬がわからなかったから、アドルに無茶な取引を持ち掛けた訳だがな。MVP報酬としてお前に渡すために」


「……へ?」


「こんなに喜んでもらえるなんて、頑張って用意した甲斐があるという物だ」


私への報酬として渡すために、無茶な取引を持ち掛けた……


この糞邪神め。

私の感謝の気持ちを返せ。


「では、そろそろ失礼させてもらうぞ。もう二度と会う事もあるまい」


邪神が右手を伸ばすと、その先に空間を跳躍するゲートが出現する。

ンディアがこれを生み出すのには相当な時間がかかっていた。

それを一瞬でこうも容易く扱う辺り、邪神の出鱈目なポテンシャルの高さが伺える。


……敵でなくて本当に良かった。


「おっと、そうそう……」


ゲートに入ろうとしていたグヴェルが足を止め、遠くを見つめる。

その視線の先にはフィーナが。


「相当強力なライバルになるだろうから、精々頑張る事だな。個人的にはお前を応援しているぞ」


そう言い残して、邪神はゲートをくぐり去ってしまった。


「言われるまでもありませんよ。でも……勝つのは私です」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「きっと皆と離れ離れになるのが寂しかったのよ」


マスターの横から、お邪魔虫フィーナが顏を出す。

せっかくの旅だと言うのに、空気を読まずついて来るとか厚かましい女である。


「リリアはそんなデリケートなタイプじゃないと思うんだけど……」


流石マスター。

よく私の事が分かってらっしゃる。


あくまでも私はケジメの為に行っただけですから。

旅立つギリギリにしたのは、マスターに頭を下げる姿を見られたくなかったらにすぎません。


まあ若干気恥ずかしいから、皆さんとしばらく顔を合わせずに済むタイミングを狙ったと言うのもありますが。


「もう、アドルったら。失礼じゃない。リリアちゃんだって女の子なんだから。ちゃんと分かってあげないと」


「ああ、うん。気をつけるよ」


男に聖女の座を奪われたポンコツ風情が、私の事を知った風に語るとは。

まったく何様のつもりなのか?


あと、マスターといちゃつくな。

ムカつく。


……仕方ない。


「とぅ!」


私は空高く跳躍する。

そして片足で着地――


「おい……」


マスターの頭の上に。


「お気になさらずに」


「気にするわ!」


マスターの意識が完全に私へと向く。

こうなったこっちの物だ。

このペースでフィーナ如き、蹴散らし続けてやるとしましょう。


「そんな事よりマスター」


私はマスターの頭の上に立ったまま、状態を前かがみにして前方へと手を伸ばした。


「レッツらゴーです」


「ったく……お前はホント人の言う事聞かないな」


マスターが手綱を轢くと、馬車が動き出す。


さあ、始まりだ。

今度こそ嘘偽りのない。


そう、ここからが本当の……


マスターと私の真実の物語。


~FIN~

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