第41話 選択

グヴェルの手の中で黒い宝玉に罅が入ったかと思うと、それはあっという間に広がっていき粉々に砕け散る。

その際、俺にはンディアの断末魔がハッキリと聞こえた。


ンディアは死んだ。

けど。


目の前にいるのは、邪神グヴェル。

それも今まで相手にしてきた様な偽物ではない。

本物だ。

そうでなければ、ンディアをああも容易く始末する事は出来ないだろう。


……勝ち目はない、か。


ガートゥの言っていた、偽物とは次元が違うと言う言葉を思い出す。

あの頃と比べて俺の力はけた違いに上がっている。

その今の俺から見ても、明らかに次元が違うレベルだ。


……同じ神でも、グヴェルとンディアじゃ冗談抜きで月とスッポンだな。


まあだからなんだって話ではあるが。

どうせ失う物など何もないのだ。

今更、相手との力の差など関係ない。


最後まで戦うだけだ。


俺が剣を構えると――


「そう殺気立つな。別にお前と戦うためにここへやってきた訳ではない。ここへは敗者となったンディアの処刑と――お前へのクリア報酬をくれてやるためだ」


「クリア報酬?」


なんの事だ?

俺が一体、何をクリアしたと言うのか?


「くくく……ンディアが言っていただろう?俺とあいつとでゲームをしていたと」


そう言えば言っていた。

俺達が偽の邪神を倒せるどうか。

それがグヴェルとンディアの戯れゲームだったと。


「けどそれは、偽の邪神を倒すまでの話じゃ……」


「ンディアは勘違いしていた様だが、ゲームは続いていたのだよ。月におけるンディアとお前達との戦いも、その延長だったという訳だ。そして私の用意したアイテムを活かしてあの女を倒したお前は、ゲームを完全クリアしたと言える。おめでとう、勇者アドル」


グヴェルが両掌を叩き合わせて拍手する。

そのふざけた行動に、頭にカッと血が上る。


「ふざ……けるなよ……何がおめでとうだ!」


怒りを込めた渾身の一撃。

しかしそれはグヴェルの指先一つによって軽々と止められてしまう。

力の差は歴然だった。


「仲間が……世界が滅んだんでぞ!それをゲームだと!!」


だがそんな事はお構いなしに俺は剣を振るう。

敵うか敵わないかじゃない。

ここまで皆と必死にやってきた事を、ゲームの一言で片付けたこいつに一発入れてやらなければ気が収まらないのだ。


「やれやれ、気の短い奴だ」


奴が指で剣を弾き、その先を俺に向ける。

一瞬その先端が赤く光ったと思った瞬間、俺は赤い光の輪に縛られ拘束されてしまう。


「ぐっ……くそっ!」


どれ程藻掻いても、拘束はビクともしない。


「そう暴れるな。お前と戦う気はないと言っただろう。さっきも言ったが、俺はゲームクリアの報酬をくれてやるために来ただけだ」


「何が……何が報酬だ!俺が欲しい物は全部失われた!そう全部だ!貴様から受け取る物などない!!」


「そうか?どんな願いでも叶えてやるつもりだったんだがな」


「どんな願いもだと!だったら皆を生き返らせろ!死んだ世界中の命を元に戻してみせろ!!」


何がどんな願いでもだ。

俺の本当の望みなんて、叶えられる訳もないのに。


「いいだろう。お前の願いを叶えてやろう」


「……は?」


グヴェルが、俺の口にした無茶な願いをあっさりと受け入れる。

一瞬意味が分からずポカーンとしてしまう。


「聞こえなかったのか?ンディア降臨の影響で死んだ命。その全てを蘇生してやろうと言ったのだ」


「本当に……そんな事が……出来る……のか?」


「まあ少々手間だが、お前は……いや、お前達はそれだけの功績を残して見せた。女神の討伐など、普通では絶対にありえない条件だからな」


「……」


本当に、死んだ皆を生き返らせてくれるのだろうか?


何せ相手は邪神だ。

此方を喜ばせるだけ喜ばしておいて、地の底に叩き落すつもりとも考えられる。


「疑っているのか?まあ、あの腐った性根のンディアと戦った後ならそう思うのも仕方ない。だが忘れるな。あいつの呪いから守ってやったのは、他でもない俺だ。単にお前を苦しめるだけなら、そのまま放っておけばよかっただけの事?違うか?」


確かに。

苦しめるだけなら、女神に呪詛を吐き続けさせるだけでも十分だった。

それをわざわざ助けて、今更俺を弄ぶとは考えづらい。


「本当に……」


「安心しろ。俺は約束を守る」


体を縛っていた赤い光が消え、体が解放される。

もう暴れる事はないと判断したのだろう。

実際、もう暴れるつもりはなかった。


邪神からのクリア報酬。

それに賭けるだけの価値があると思ったからだ。


……ダメで元々。


そう、駄目で元々なのだ。

どうせ既に失われた後なのだから。


「では、始める……っと、その前に言っておくが――」


グヴェルがフィーナの倒れている方を指さす。


「アレは蘇生できんぞ」


「なっ!?何故だ!皆を生き返らせると言ったじゃないか!!」


「魂が完全に破壊されているからな。まあ再生できなくもないが、それには世界全体の蘇生と同等の手間と膨大なエネルギーが必要になる。悪いが……ゲームのクリア報酬でそこまでしてやるつもりはない」


「そんな……」


「まあどうしてもあの女の魂を再生させたいと言うのなら、それ以外の復活は諦めるんだな。俺はどちらでも構わんぞ?さあどうする?」


世界中の人々の命と、フィーナの命。


考えるまでもないだろう。

フィーナは優しい子だった。

世界中の人々の命と引き換えに、自分が生きる事など絶対望まない筈だ。


「……」


それは分かっていた。

だけどそうなれば、もう二度と、本当にもう二度と彼女と会えなくなってしまう。


そう思うと……


「アドルよ。俺もそれほど暇ではない。どうするか、さっさと決めて貰おうか。出なければ……報酬を与える気が変わるかもしれんぞ?何せ俺は邪神だからな」


グヴェルが俺を急かして来る。

本当に気が変わってしまって、このチャンスをつかみ損ねる訳にはいかない。

俺は覚悟を決めて、苦渋の答えを口から搾りだすた。


「世界中の……全ての命を復活させてくれ」


ごめん、フィーナ……


君を救ってあげられない無力な俺を……


許してくれ。

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