第40話 誓い

光のない漆黒の空間。


「……」


アドルを呪おうとしていた私は、妨害にあってこの空間に吸い込まれてしまった。

誰がやったのかは考えるまでもない。

グヴェルだ。


報復を邪魔された訳だけど……


まあ別にそれは構わない。

寧ろ大歓迎である。


なにせ今の私は、呪った相手が死んでしまえば共に消えてしまう状態だ。

あのまま呪いとしてアドルに憑りついていたら、そう長くない未来に消滅していただろう。

だからグヴェルの干渉は大歓迎だった。


……ついてるわ。


普通なら、この状態からの復活は不可能である。

ただ消滅を待つだけ。


けど、グヴェルなら話は違う。


彼は通常の神など遥かに超える力と秘技の数々を身に着けており、実際、一度呪い状態だった私を復活させてくれている。

そう、ゲームの勝利報酬として。


「私を助けに来てくれたのね!」


グヴェルは冷酷な男なので、誰かを助けるような真似は基本しない。

だが私とは長い付き合いである。

ずっと一緒にいた私の事なら、きっと助けてくれるはずだ。

でなければ、わざわざ彼がこんな場所にまでやって来る理由がない。


そう、グヴェルは私を助けるために駆け付けてくれたのだ。


「ンディア。お前とは長い付き合いだ」


「ええ、ええ!私と貴方はずっと一緒にやって来たわ!!」


「それで考えたんだが、何故俺はお前と一緒に行動する様になったんだっけか?」


「え?」


突然の質問に、不穏な空気を感じた私は思わず固まってしまう。

何故なら、私とグヴェルの共同生活の始まりは最悪だったからだ。


「確か……俺がお前を殺した後、俺を呪う為にお前が取り付いたんだったな」


「そ、そうね……」


私はかつてグヴェルに殺され、そして呪いとして彼に取り付いている。

だが鋼の精神を持つグヴェルには、24時間響く呪詛は全く意味をなさなかった。

だから私も呪詛を吐くのを諦め、いつしか彼と組んで世界を作り替えるゲームに興じる様になったのだ。


「あ、貴方を呪った事は謝るわ!でももう過ぎた事だし!ずっと一緒に楽しくやって来たじゃない!」


始まりは確かに最悪だった。

けどそれは遠い昔の話である。

一緒にゲームを楽しむ様になってからは、それなりに上手くやって来たつもりだ。


「そうだな。別に呪ったこと自体は何とも思っていない。たいして効果も無かったしな」


「そ、そうよね!全く効いてなかったし、貴方はそんな古い事に一々拘らないわよね!!」


「そうだな。古いだけなら、俺も別に拘りはしない」


古いだけならと言う言葉に、私は嫌な予感を思える。


「何を……」


「覚えているか?俺が自分の育てた勇者と魔王、それに裏切り者の息子や勇者の仲間達と最後の決戦ゲームをしていた時の事を。そう、あの時お前が突然現れて『約束を守りに来た』と告げて俺の半身を引きちぎったんだ。お陰で弱体化した俺は、危うくあの世行きだった」


「あ、あれは……あの時はちょっとしたいたずら心で……」


グヴェルはあの時の事を怒ってているのだろうか?


でもそれだって遥か昔の話だ。

今更それを持ち出すなんて、ありえない。


「そう狼狽するな。その事も別に怒ってはいない。確かにお前は、化け物となった原因である二つの肉体の結合を何とかすると約束していたしな。仮にも女神だ。約束を守るのは神として当然の事と言える」


「ええ、そうなのよ。私は女神だから、約束はちゃんと守らないといけないと思って」


「そう、神ならば誓いや約束はちゃんと守るべきだ」


グヴェルの意図が読めない。

かつてのやらかしに腹を立てていないと言うのなら、いったい何故過去の話などを持ち出したと言うのか?


ひょっとしたら彼はこの状況でねちねち嫌味を言う事で、ゲームに負けた腹いせをしているのかもしれない。

それならこの過去話にも納得がいく。


「まあ何が言いたいのかと言うと、だ。要は誓いだ」


「誓い?」


「そう、あの時俺は誓った。生き延びてやる、と。そして生き延びて……お前に復讐してやる、とな」


グヴェルの声のトーンが、急に低くなる。

それまでは嫌味の様な事を言っても、その口調は淡々とした物だった。

だが、復讐してやると言う言葉には、明らかにそれまでにはない重い感情が込められていた。


「そう、復讐してやると誓ったのだ」


「ま、まってよ。復讐ならしたじゃない。アンタはあの後私を殺したんだから……」


「ふむ。果たしてそうだろうか?確かに肉体は破壊したが、結局呪いと言う形でお前は俺にしがみ付き続けた。そして今回に至っては、俺とのゲームに勝利して復活までしている。それは果たして、絶望に叩き落された分の復讐が出来たと言えるのか?」


不味い。

まずいまずいまずい。


グヴェルは私を始末する気だ。

ここへやって来たのは助けるためではなく、自分の手で私を殺すためだったに違いない。


何とかしないと。

何とか、グヴェルの御機嫌を取らないと。

じゃない私は。


「昔の事でしょ!そんな昔の事に拘らなくてもいいじゃない!」


「ふむ……確かに昔の事だ。だから別に怒ってはいない。ただ……神に至った身としては、自らに課した約束――つまり誓いを破るのは忍びないのだ。お前もさっき言っただろう?神は約束をちゃんと守るべきだと」


「そ、それは確かに言ったけど……そんな細かい事なんか気にしなくてもいいじゃない!これからも私たち二人で仲良くやっていきましょうよ!!」


私は必死だった。

せっかく生き延びれたと思ったのに、それが幻想だったなんて認められる訳がない。


「ああ、お前との時間は悪くはなかった。だが……もうあの頃の情熱は俺にはない。これ以上お前といても、煩わしくなってくるのは目に見えている。だから美しい思い出を胸に抱いたまま、誓いを果たさせて貰う」


「ふ……ふっざけんな!何が美しい思いでよ!お為ごかしほざいてんじゃないわよ!!私を此処から出しなさい!!アンタに好き放題させて溜まるもんですか!!!」


何が誓いだ!

ふざけるな!


「好き放題するさ。それが強者の特権だ。お前だってこの世界を好き放題滅茶苦茶にしただろ?それと同じだ。まあそれが嫌なら、俺を倒して見ろ。出来れば……の話ではあるがな」


そんな事は絶対に不可能だ。

グヴェルの力は、神としても最上級と言える。

肉体があっても不可能だと言うのに、ただの呪いと化した今の私になどもっと無理である。


「ねぇ、お願いよグヴェル。助けてくれたら二度と貴方の前に姿を見せないって誓うわ。だからお願い」


私は怒りを抑え込み、必死に懇願する。

何とかして彼の気を変えるために。

だが――


「悪いが考えを覆す気はない。下らないゲームを仕掛けなければ、もう少し長生きできただろうに。残念だったな」


ピシリと音が響き、漆黒の空間に輝く罅が入った。

グヴェルはこの空間ごと私を消滅させる気だ。


「待って!お願いよ!」


「さらばだ」


空間のあちこちに、加速度的に罅が入っていく。


「お願いグヴェル!」


こんな所で死にたくない!

私は女神だ!

神である私が、こんな何もない場所で滅びるなど間違っている!


「お願いよ!助けて!!」


だが、私の声は虚しく響くだけでグヴェルからの答えは返った来なかった。

やがて空間中を亀裂が覆い。

そして破裂し、そこに含まれる全てを消滅させてしまう。


「私は――」


呪いとなった神である私すらも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る