第39話 ゲームオーバー

「さて……」


世界の卵への細工は終わった。

出来ればもう少し広範囲に細工したかった所だが、流石にやり過ぎると女神にばれてしまうだろう。


因みに当の女神は、現在地球を盗み見してゲラゲラと下品に笑っていた。


今がチャンスか……


「お母さま、気分転換に少し散歩してきますね」


女神は此方に一瞥をくれた後、興味なさげに手をひらぎらと振る。

勝手にしろと言う事だろう。


此方を見ていない事は確実だが、万一と言う事もある。

一応念のため私は頭を下げて礼を示してから、移動した。

ティアならそうするだろうから。


向かう場所は、少し気になっていた場所だ。

そこには――


「ふむ……」


――下半身を吹き飛ばされた状態の、糞女アミュンが転がっていた。


私は自分と接触した事のある人間すべてに、密かにマーキングを付けている。

位置を特定できた方が色々と便利だと思ったからだ。

現にそのお陰で、以前死にかけたレアを助け出す事に成功している。


そしてそのマーキングはこのアミュンにも施していた。

まあ彼女の場合、何か余計な真似をしないか見張る為と言う意味合いが強かったのだが。


「しぶとさに関しては、ぴか一ですねぇ」


アミュンはピクリとも動かないが、まだかすかにだが生きている。

マーキングが反応しているのがその証拠だ。

私の施したマーキングは、対象が死ぬと消える様になっているので。


「凄まじい悪運……と言いたい所ですが……」


ただの悪運と判断したなら、私は気にも留めなかっただろう。

もしこの生存が、マスターの持つ【幸運】による影響だったなら?

その可能性を考えたからこそ、私は態々この糞女の様子を見に来たのだ。


アミュンの体に触れて、その状態を確認する。


「このままだと、持って後半日って所でしょうか」


いつ死んでもおかしくない程、彼女は弱り切っていた。

このまま放置すれば、マスターがこの月に戻ってくる前に彼女はこと切れるだろう。


「仕方ありませんねぇ。少々リスクはありますが……」


ひょっとしたら、本当にただの悪運の可能性もある。

その場合、延命してもなんの役にも立たないだろう。


だが、もしアミュンが【幸運】によって重要な役割を与えられていたなら。

そう考えると、このまま見捨てると言う選択肢は無かった。


私は彼女の肉体に、自分の生命力をゆっくりと流し込む。

本当にゆっくりと。

そうでないと、力の流れで女神に気付かれてしまうからだ。


「他に気を逸らされてるとは言え、バレたら全てご破算ですからねぇ。下半身の回復は諦めてくださいな」


回復魔法を使えば、流石にばれる。

そのため其方は放置させて貰う。

まあ傷は塞がってるので、生命力さえ入れておけば大丈夫だろう。


「一応、貴方の働きに期待してますよ」


たいして期待はしていない。

何がどうなったらこの女が役に立つのか、想像もつかないからだ。


だがそれでも、これが全て【幸運】の導きならば、きっと彼女にも何らかの役割があるはず。

そして例えそれが些細な事だったとしても、マスターの役に立つのなら、私が今やった事は決して無駄にならないはずだ。


余り一か所に留まり続けては、女神にいらぬ疑いを持たれる可能性があった。

アミュンに命を吹き込んだ私は、早々にその場を立ち去る。


この時の私は、何かちょっとでも起きたらラッキー。

その程度に考えていたのだが――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ひゃはははは!女神様よぉ!私を置いて一人でどこに行くつもりだぁ!?」


「アミュン!」


女神を吹き飛ばしたのは、あのアミュンだった。

てっきり死んだとばかり思っていたのに、まさか生きていて。

しかもこの土壇場で、女神の逃走を妨害してくれるとは。


「何であんたが!死んだはずじゃ!?」


「あたしはなぁ……やられたらやり返す主義なんだよ!アンタへ復讐するため、地獄から返って来てやったぜ!!」


アミュンとは色々あった。


パーティーからは理不尽に追放され。

あげく、俺を刺してレアアイテムまで持ち逃げした糞女。


だから次に会ったら、絶対ぶん殴ってやろうと思っていた。


けど――


「離れなさい!このゴミが!!」


ンディアがアミュンを振り払い、その体を攻撃する。


「ひゃははははは、先に地獄で待ってるぜ!女神様よぉ!!」


――お前の全てを許す!


攻撃された衝撃で、アミュンの肉体が粉々に砕けていく。

消えゆくアミュンと一瞬目が合う。


その瞳が――


『さっさと糞女を始末しろ』


――と言っていた。


もちろん言われるまでもない。


「感謝するぞアミュン!!」


アミュンが時間を稼いでくれたお陰で、ンディアと俺の距離はもう目と鼻の先だ。


「しまっ!?」


それに気づいて、ンディアが慌ててゲートに飛び込もうとする。

だがもう遅い!

俺の一撃が、女神の肩から胴にかけて綺麗に切り裂いた。


そして素早く、ゲートの前へと周り込んでやる。

これでもう奴に逃げ場はない。


「あ、ああ……」


「終わりだ。ンディア」


「ま……待って!二人で!私とあなたの二人で新しい世界を作りましょ!貴方だって一人ぼっちの世界は嫌でしょ!そうよ!私とあなたで新しい世界の神になるの!!」


こいつは……


「な、なんだったらまたフィーナの中に入ってあげてもいいわ!私があなたのフィーナになってあげる!だから!!」


ほんとうに……


「お願いよ!今までしてきたことは謝るから!ね!」


救いようのない糞野郎だ。

最後の最後まで、俺の神経を逆なでしてくれる。


「今更謝っても、もう遅いんだよ!」


「まっ――」


俺の大上段からの一撃が、垂直に女神の体を二つに分かつ。

だが仮にも相手は神だ。

この程度では死なないだろう。


「地獄へ落ちろ、ンディア!」


俺は更に掌に力を集約させ、二つに分かれた女神の体へと放つ。

その黒い破壊のエネルギーはンディアの体を飲み込み、跡形もなく消滅させる。


「これで……これで全部おわ――っ!?」


翼を持つ人型の、不気味な黒い影の様な靄。

それがンディアを消滅させた場所に浮かんでいた。


「神を……殺してタダで済むと思ってるの?」


その影からンディアの声が発せられる。

俺は咄嗟に、それに向かってエネルギー弾をぶち込んだ。

だが攻撃は靄を素通りしてしまう。


「あんたを……呪ってやる」


影が両腕を伸ばす様な形で、俺に突っ込んで来る。

それを剣で薙いで防ごうとしたが――攻撃が素通りしてしまう。


「なんだこれは!?」


「ふふふ……神の呪いからは誰も逃げられないのよ」


影が俺の体に触れる。

だが攻撃された様な感覚はない。


「くっ!このっ!!」


ンディアの影がドンドンと俺の体の中に入って来る。

何とか追い出そうとするが、霞を掴む様に全てが空振りしてしまう。


「安心しなさい。今の私にあんたを殺す様な事は出来ないわ。ただ呪詛を呟き続けるだけよ。24時間休みなく、あんたが死ぬその時までねぇ」


冗談ではない。

この何もかも失われた世界で、延々女神の呪詛を聞き続けるなど。

それこそ発狂物だ。


なんとしても――


「いや、別にいいか」


入り込む影への抵抗を、俺は止める。

どうせ何もない世界だ。

そんな場所で生きる意味はない。


リリアは俺が生きる事を望んでいたが、孤独な世界でンディアの呪詛を聞きながら生き続けるのは俺にとって拷問に近い。

きっと彼女も分ってくれるだろう。


……フィーナの体を、そのままにしておく訳にはいかないな。


俺の死んだ後、ンディアがそっちに取り付かないとも限らない。

まずは彼女の体を消滅させてから、それから自爆でもするとしよう。


「ふふふ、抵抗するのを諦めたみたいねぇ。さっき私の提案を飲んでいればよかったのに。神の呪いを受けるがいいわ。この愚か――なにっ!?」


ンディアが急に驚いた様な声を上げる。

すると俺に憑りつこうとしていた奴の影が、何かに引っ張られるかの様に俺の体から離れていく。


「なによこれ!?」


「何が……」


ンディアの影は、そのまま俺から離れて黒い宝玉の様な物に吸い込まれる。

そしてその宝玉を握っていたのは――


ひび割れた赤い肌。

赤く輝く四つの鋭い瞳。

その両肘からは、長いかぎ爪の様な物が生えていた。


「ゲームオーバーだ。ンディア」


――邪神グヴェルだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る