第38話 奥の手

「フィーナの体を人質にとるつもりか……」


「いやぁねぇ、そんな気はさらさらないわよ」


人質として使うつもりなど毛頭ない。

『フィーナの体を助けたければ死ね』なんてのは流石に通じはしないだろうし、アドルと私との力の差を考えると、盾にした所で出来る事はたかが知れている。


だからこの抜け殻の仕事は――時間稼ぎだ。


プラスで、私とアドルとの距離も稼がせて貰う。


「ただ、最後の時は自分の姿でと思っただけよぉ。この体はもういらないから、貴方にあげるわ。受け取りなさい」


「――っ!?」


私はフィーナを掴んだ手に力をこめ、全力で遥か彼方に投げ飛ばす。


「あ、手が滑っちゃったぁ。このままじゃ、地面に激突してバラバラになっちゃうわねぇ」


私の抜けたフィーナの体は、ちょっと強いだけの人間でしかない。

地面に激突すれば、間違いなく粉々のミンチになるだろう。

まあもう魂は消滅しているので、今更肉体を守る意味はないのだが。


――だが、アドルは守ろうとするはずだ。


私にはその確信があった。

今だに私が生きている事こそが、その確証と言っていいだろう。


アドルと私の間には、今や天と地ほどの力の差があった。

なのでその気になれば、もうとっくに私は殺されていなければおかしいのだ。


さっきの一撃だってそう。

剣で真っ二つにする事だって出来たのに、アドルはあえて私を殴って吹き飛ばしただけに留まっている。


何故か?


簡単な事である。

アイツは殺す事に躊躇いを持っているのだ。


もちろん私を、ではない。

フィーナの肉体を、だ。


「フィーナ!」


アドルが私の投げ飛ばしたフィーナの肉体を、慌てて追いかける。

その光景に私は満面の笑みを浮かべた。


……欲を出すから、貴方は負けるのよ。


私が手加減して戦っていた時は、確かにアドルはフィーナの体ごと殺す気でトドメを刺しに来ていた。

何故なら、余裕がなかったからだ。


そう。

フィーナの肉体をおもんばかる余裕がなかったからこそ、あいつは覚悟を決めて行動出来ていた。


だが今は違う。

立場が逆転した事で、勝利が確定した事で、奴には余裕が生まれてしまった。

そしてその余裕が欲を生んだのだ。


――フィーナの肉体だけでもどうにか出来ないかと思う欲が。


だからアドルに迷いが生まれ、私を殺せなかったのだ。


まあ気持ちは分からなくもない。

なにせこの世界には、もう何も残っていないのだから。

せめて初恋の相手の肉体だけでもと、そう考えても仕方ない事だろう。


誰がその事を責められようか?


むしろ褒めてあげたい気分だ。

お陰で私は生き延びる事が出来るのだから。


「ふふふ、貴方が間抜けで本当に助かったわ」


私は魔力を収束させ、特別な力を発動させる。

人には無しえない。

神だからそこ出来る御業。


それは――世界に穴を開ける事。


そう、私は世界を穿つ穴を開ける。

これこそが私の秘策。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「フィーナ!」


フィーナに追いついた俺は彼女の肉体を特殊な防護フィールドで包んで保護し、受け止める。


今の俺は手に入れた力が余りにも巨大すぎて、完全にコントロールできていない。

もしそのまま抱き止めたら、肉体から漏れ出るこの黒いオーラでフィーナの肉体を崩壊させてしまうだろう。

だからフィールドで彼女を保護したのだ。


「くっ……」


彼女の肉体は生命活動を続けてはいるが、そこに魂が宿っていない事が今の俺にはハッキリと分かる。

認めたくはないが、フィーナの魂を破壊したという話は本当の事なのだろう。


分かってはいたけど、やっぱり救うのは無理か……


強大な力を手に入れはしたが、どれほど強くなっても俺は人間でしかない。

そして人間である俺に、破壊された魂を再生させる術はない。

それは死者蘇生も同じ。

だから死んだ仲間や人々を生き返らせる事も出来ない。


「フィーナ、少しだけ待っていてくれ。直ぐに終わらせるから」


俺はフィーナを下におろす。


ンディアがただ嫌がらせの為だけに、フィーナを遠くになげたとは思えない。

もしそうなら、俺が追い付いて保護できる様に遠くに投げたりはしない筈だ。

何か企みがあっての事だろう。


だが無駄だ。


奴が何をしようと、今の俺に奴の攻撃は――


「――っ!?なんだ!?」


俺は背後――ンディアのの方から急に感じた、得体のしれない感覚に驚いて振り返る。


「なんだあれは……」


ンディアの横には、良く分からない黒い靄の様な物が存在していた。


何らかの攻撃?


だがそれからは、特に破壊の力は感じれなかった。

むしろ空虚な、そこには何もない様な感覚を受ける。


奴は一体何を……


「ふふふ、これが何かわかるかしら?」


遠く離れていても、女神の声はハッキリと聞こえて来る。

何らかの特殊能力なのだろう。


ゲートよ」


「ゲート?」


「そ、異世界へと通じるゲート」


異世界に通じる扉?


ガートゥは異世界から召喚された存在だった。

そこから分かる様に、この世界以外にも世界はいくつも存在している訳だが……


そんな物を作って、奴は一体何をするつもりだ?

まさか何かを召喚する気か?

だが何を召喚した所で、今の俺の敵になるとは……


「私の力じゃ、どう逆立ちしたって貴方には勝てない。だ、か、ら……逃げさせて貰うわ」


「……は?」


今、ンディアは何ていった?

まさか逃げるって言ったのか?


「あら?聞こえなかったかしら?いくらあなたが強くても、所詮は人間。異世界に通じるゲートは作れないでしょ?だからぁ、このゲートを使って私は別の世界に逃げるって言ったのよ?お分かり」


逃げる?

逃げるだと?


「ああ、でも安心して。ちゃーんと戻って来るわよ。50年。いえ、100年後が良いかしら。その頃には、人間の貴方は死んでるでしょうけど。だから戻って来てから、改めてこの世界を私のおもちゃ箱に作り替えさせて貰うわ」


「ふ……ふざけるなよ……」


この場は逃げて、俺が死んでから戻って来るだと?


そんなの……


そんなの……


「許す訳がねぇだろうがぁ!!」


俺は弾かれたような勢いで、ンディアに突っ込む。

だが、奴とは余りにも離れ過ぎていた。


――今の俺でも、どう考えても間に合わない。


「じゃーねぇ」


ンディアが嫌らしい笑顔を顔に張り付かせ、手を振りながらゲートに入っていく。


ふざけるな!

ふざけるなふざけるな!!


ドギァ、ガートゥ。

テッラ、ベリー。

レア、セイヤ、それにリリア。


仲間が全員死んだんだぞ!

世界だって滅ぼされた!


其れなのに自分だけ逃げるだと?


そんな事!

誰が許すかよ!!


だが――


届かない。

ンディアの体はもう、半分以上がゲートに飲み込まれている。

この距離では絶対に間に合わない。


……俺のせいだ。


フィーナを助けようとさえしていなければ、こんな事にはならなかった。

ひょっとしたら魂を破壊したなんて話は真っ赤な嘘で、肉体さえ取り戻せれば助けられるかもなんて淡い希望を抱きさえしなかったら。

余計な欲を抱いたりさえしなかったら。

女神を殺せていたんだ。


だけどもう、届かない。

俺のせいだ。

俺が愚かだったばっかりに、皆の仇すら取れなくなってしまった。


余りの悔しさに、視界が歪む。


そいて俺は自らの足を止め――


『大丈夫ですよぉ。諦めないでくださいな。だってマスターは【幸運】の持ち主なんですから』


その時、リリアの声が聞こえた気がした。


「分かった、信じるよ……」


俺は足を止める事無く、そのまま真っすぐ消えゆくンディアに向かって突っ込む。


リリアが言うのなら間違いない。

俺がこうやって女神を超える力を得たのは、彼女が起こしてくれた奇跡。

なら、きっともう一度彼女が奇跡を起こしてくれるはずだ。


そして奇跡は――


ンディアの姿が、ゲートに完全に消える。

だが俺は足を止めない。

すると消えたはずのンディアがゲートから上半身を出し、中指を立てて俺に拳を向ける。


「あんたは精々、その抜け殻とお人形さんごっこでもしてないさい。それがお似合いよ。じゃあ今度こそお別れよ」


どうやら、最後の悪口を言う為だけに戻って来た様だ。

そしてンディアが再びゲートに消えようとした時――


「――っ!?」


――奇跡は起きた。


突然ンディアの体が吹き飛んで、ゲートから全身が姿を現す。

一瞬何が起こったのか分からなかったが、直ぐにその原因に俺は気付く。

彼女の体に、見えない何かが体当たりしたのだと。


透明で、気配もほとんど感じない。

だが間違いなくそれは女神の体にへばりついている。

やがてその謎の物体に色が灯っていくと、それが女性の上半身だと言う事が分かった。


「あれは……」


――それは俺の知る。


――そう、俺のよく知る。


「ひゃはははは!女神様よぉ!私を置いて一人でどこに行くつもりだぁ!?」


――女だった。


「アミュン!」

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