第37話 体
「なになに……幸運?」
グヴェルが空中に浮かぶパネルを弄っていたので、私はそれを覗き込む。
「今作っている新しいスキルの一つだ」
現在グヴェルは、自分の生まれ故郷をゲームの様な世界に作り変え中だ。
その一環で人類に新しい力――スキルとレベルを与え、自分の生み出した
「効果はレアドロップ率100%」
「それだけ?」
地味な効果である。
こういったスキルをチマチマ作る作業を楽し気に行うグヴェルの感覚が、私には全く分からない。
「ああ、それだけじゃないぞ。追加の隠し効果として、幸運のドロップの恩恵を受けた奴はそれが無くなったら揺れ戻しを受ける事になってる」
「何それ?」
「この手のスキルは、美味しい所取りして取得者を利用しようとする馬鹿が出て来るのが目に見えているからな。そう言う奴ら用のカウンター効果――いわゆる‟ざまぁ”効果だ」
くっだらない。
私はその効果を鼻で笑う。
「報復用の機能を付けるんなら、もっと派手な物にすればいいじゃない。例えば、自分を利用した奴と大爆発する無理心中的な効果とか」
「それだともう、幸運が全く関係なくなるだろが。他人の幸運にただ乗りした奴が、その関連効果で不幸になるのがみそだ」
「みそねぇ。そもそも……幸運なんて名前の割に、ただのレアドロップだけなんてしょぼくないかしら?」
ちょっといい物が手に入る程度で幸運とか、名前負けも良い所である。
「幸運は文字通り、幸運が訪れる効果にしたらいいじゃない。でもそれだけだとつまらないから、不幸とセットにしましょう。不幸になった分幸運になって、幸運になった分不幸になる。人生の山と谷を無限ループで繰り返すの。どう?面白そうでしょ?」
「ふむ……確かに面白そうではある。とは言え、スキルは所有者に益を齎す事が大前提だ。負の要素と無限にループするのでは益とは言わんだろう」
私からすれば、面白ければそれでいい。
だがグヴェルにはこだわりがある様で、せっかくの名案は通りそうになかった。
「だが、不幸になった分幸運になると言うのは悪くはないな。それも隠し効果に加えておくとするか。かなり手間はかかるが」
「あっそ……」
中途半端な意見の採用。
それが詰まらなくて、私は直ぐに幸運と言うスキルから興味を失ってしまう。
この時の発言が自らの首を絞めるとも知らずに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くぁ……」
アドルの攻撃を受け止めきれずに吹き飛び、私は地面に叩きつけられた。
全身の骨が砕けたのが分かる。
普通の生物なら、このダメージは致命傷と言っていいだろう。
だが私は女神だ。
この程度では死なないし、ダメージも魔法で一瞬で回復させる事が出来る。
「くぅぅ……」
起き上った所に、アドルから放たれたエネルギーの塊が私を直撃し吹き飛ばす。
世界のエネルギーを喰らったアドルの強さは、それまでと桁違いだった。
女神である私が一方的に蹂躙される程に、その力の差は圧倒的だ。
「くそったれ」
私はダメージを回復させながら、口汚い言葉を吐きすてる。
この状況はリリアの狙ったものだ。
ある程度計算したうえでの行動である事は間違いない。
だが――普通に考えればあり得ない。
そう、あり得ないのだ。
ここまでの、これほどまで都合のいい状況に自体が転ぶなど。
普通なら、必ずどこかで破綻をきたしていたはず。
だがそうはならず、そのありえない事態が実現してしまっている。
何故か?
その理由は考えれば直ぐ答えが出た。
アドルの持つスキル、【幸運】だ。
不幸であればある程、幸運が訪れるその効果。
それが作用し、結果、私を窮地に陥れた。
――そう、女神である私はたった一つのスキルに追い込まれたのだ。
あの時、グヴェルに余計な事さえ言っていなければ……
そうすれば幸運というスキルは、只のドロップ関係の効果だけだった。
レベル2の超化の方も、ブーストの追加だけだったはず。
まさか自分のちょっとした言動が、過ちとなって帰って来るなんて……
「ふっざけんな……ただの運だけ野郎に、この女神である私が――」
怒りを吐き出す暇もなく、アドルの攻撃が襲って来る。
回避は間に合わない。
咄嗟に体をガードした両腕が、横凪の一撃によって斬り飛ばされてしまう。
そしてがら空きになった私の腹部に、奴の左拳が炸裂した。
「がっ……げは……」
大きく吹き飛ばされた私は、何とか受け身を取って素早く立ち上がり両腕を魔法で再生させる。
最悪の状態だ。
本当にありえない。
――けど、まだ勝機はある。
力の差は絶望的。
もはや戦いにすらなっていない蹂躙状態。
ここからの逆転など、ないと考えるのが普通だろう。
だが私には秘策があった。
神だからできる、アドルではどうしようもない秘策が。
まあそれも、無策で行えば潰されてしまうのは目に見えている訳だが……
アドルが相手なら。
糞間抜けなアイツが相手なら可能だ。
先程受けた一撃で私はそれを確信している。
「はぁ!!」
黒いオーラを纏い突っ込んで来るアドルに対して、私はフルパワーで周囲を吹き飛ばす攻撃を仕掛けた。
もちろんこの程度では、今のアドル相手に真面なダメージは通らないだろう。
だが問題ない。
何故なら、私の目的はダメージを与える事ではないからだ。
そう、目的は一瞬の足止めと目隠し。
攻撃によって大量の粉塵が舞い上がり、周囲の視界が途切れた所で私は翼を羽搏かせ高速で上昇する。
私を見失っている隙に、少しでもアドルから距離を離す為に。
ある程度上昇した所で停止して下を見ると、アドルが私を睨みつけているのが見えた。
もう見つかってしまったみたいね。
まあでも、これだけ間合いが開いていれば十分だわ。
私は素早く抜け出す。
何から?
もちろん、フィーナの体からだ。
そしてその首根っこを掴み、その姿をアドルに見せつけやった。
「くっ……」
私を追って飛びあがろうとしていた奴は、それを見て動きを止める。
ああ、よかった。
途中で処分せず最後まで残しておいて、本当に良かったわ。
まさかこんな形で、気まぐれに乗っ取ったこの体が役に立ってくれるなんてね。
「ふふふ……」
私は固まるアドルを見下ろし、口元を歪めて笑う。
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