第36話 誕生

世界の卵に発生した黒い変色。

それはどんどんと広がっていく。


「……どういう事?」


目に映る物の意味が分からず、私は呆然としてしまう。


分かっているのはそこから発せられる力の波動が、グヴェルに近い感じの物だと言う事だけ。

そしてそれはあの三人やリリアが命を捧げた際に、発っせられていた物と同質の力。


それらと同じという事は――


「生贄?そんなまさか!?」


あれは針を刺して初めて――


「――なっ!?」


変色の広がって行く中心部。

そこに赤い針が刺さっている事に気付き、私は絶句する。


「そんな馬鹿な……」


まったく意味が分からない。

誰が一体どうやって、あれを卵に刺したと言うのか?


そんなふざけた行動を、私は赦した覚えが――


「はっ!そうだわ!!」


その時、思い出す。

一度だけ。

そう、たった一度だけ機会があった事を。


リリアの攻撃。


上空にいた私に向かって針を投げつけたあの攻撃。

私はそれを咄嗟に躱した。


あの時、私の背後にあったのは――


「まさか、初めっからこれを狙って……」


あの針は、私が躱すこと前提で投げられた。

そう、リリアの狙いは最初っから卵に針を刺す事だったのだ。


……けどおかしいわ。


卵は世界から回収した膨大ななエネルギーを安定した形で内包するため、その外郭カラは頑丈に作ってある。

リリア程度の力で投げつけた所で、刺さる筈などないのだ。


それが何故――


『不肖、このティア。制作をお手伝いさせて頂きますわ』


――そうだ。


――そうだった。


製作をあの子に手伝わせていたのだ。

本人の申し出によって。


「まさかそんな前からこれを狙っていたなんて……あんのクソガキがぁ!!」


リリアの、卵への細工

人形如きにいい様にされていたと気づき、頭にカッと血が上る。

が、それを瞬時に私は押さえ込んだ。


「って、怒ってる場合じゃないわね」


世界中の生命エネルギーを吸収した世界の卵は、もはや一個の生命体だ。

このまま放置すれば、やがて生贄として捧げられてしまうだろう。

そうなる前に対処しなければ。


「まあ、時間的余裕は少しあるから焦る必要はないけど……万一の事も考えて、処理は早い方がいいものね」


リリアには正直驚かされたし、腹も立った。

だがそれだけだ。

詰めが甘い。


最初に生贄になった二人と、リリアとで捧げられるまでにかかった時間は違っていた。

これは内包されたエネルギーの差である。

要は、変換には時間がかかるのだ


そして世界の卵クラスを生贄に捧げようとすれば、その内包された膨大なエネルギーの変換にどうしても時間がかかってしまう。


――つまり、妨害の為の時間は十分あると言う事だ。


リリアはその計算が出来ていなかった。

やはり、所詮は人形と言わざる得ない。


「さて、えぐり取るのはリスクが高すぎるから……」


グヴェルの力が一部とはいえ込められている針を抜くと言うのは、流石の女神である私でも難しいだろう。

だが、周辺事抉り取る事なら出来る。

ただしそれをした場合、最悪卵の抱える膨大なエネルギーが暴走して爆発してしまう恐れがあった。


そんなリスクを背負うつもりは更々ないので……


「彼の心はへし折れてちゃってるし……サクッと殺して終わらせちゃおうかしら」


膝を付いて項垂れたままのアドルを見て、私はニヤリと笑う。

今なら殺すのも容易いだろう。


「結局……どれだけの策を弄そうとも、虫けら如きが神に敵う筈ないのよねぇ」


私はアドルに近づき、腕を振り上げた。

魔力を込めたこの手刀で首を刎ねれば、それですべてが終わる。


「来世があったら、その時は神に逆らうなんて馬鹿な事はしない事ね。さ、よ、う、な、ら」


さあ、旧世界のフィナーレ。

そしてこんにちは。

私の作る新しい世界よ。


私の振り下ろした手刀がアドルの首を――


「なっ!?」


――刎ねる直前に、奴の手にした赤い剣が鈍く輝き私の手刀を受け止める。


「なんで剣が勝手に動くのよ!?」


今のは明らかにアドルが動かしたのではない。

まるで剣自体が自ら意思を持っているかの様に動いて、私の一撃を受け止めたのだ。


「声が……聞こえる。リリアの声が……まだ諦めるなって。そう俺に……」


アドルが意味不明な事を呟きながら、立ち上がって来る。

そしてその瞳には、失われたはずの生への活力が灯りつつあった。


「はぁ?何寝言いってるのよ。あの子は死んだの。もうこの世にいない奴が……そんな事ほざく訳ないでしょうが!」


私は再度、手刀を奴の首めがけて振るう。

だが今度は、剣をしっかり握ったアドルにその一撃を受け止められてしまう。


「なに無駄に粘ってんのよ!」


本当に不快極まりないわね。

黙って死ねばいい物を。

鬱陶しい事この上なしだ。


「ちっ……」


……仕方がない。


時間的制限がある以上、先ほどまでの様に悠長に戦う訳にはいかない。

このさい反撃のリスクは無視するしかないだろう。

全力で攻撃し、確実に殺す。


「死ね死ね死ね死ね死ね!!」


狂った様に攻撃を繰り返す。

だがアドルは亀の様にそれを凌ぎ続ける。


「世界はもう滅んだのよ!今更頑張ってどうするのよ!!死になさ――っ!?」


力を込めた大振りの一撃。

そこに、それまで亀の様に固まっていたアドルのカウンターが突然飛んで来た。


――その一撃は、私の頬を大きく切り裂く。


「良くも女神である私の顔に!!」


怒りに任せ、私は渾身の一撃をぶちかました。

それを剣の腹で受けたアドルの体は、足裏をこすらせながら月面を大きく滑っていく。


「随分と……焦ってるじゃないか、ンディア。原因はあれか……」


アドルが私の後方を見上げる。

その視線の先は確認するまでもない。

世界の卵だ。


「全く……リリアは本当にとんでもないな。耐えろってのは、こういう事だった訳か」


「はっ!耐えてどうするってのよ!例えアレの力を吸収して私を倒しても、あんたに待ってるのは絶望の孤独だけよ!!一人残された世界でどうするってのよ!!」


「確かに、世界は滅んだ。そしてそこに一人残されたって……」


「そうよ!さっさと諦めて死になさい!」


やっと悟った様だ。

自分のやっている事が全て無駄だと。


トドメを刺すべく、特大のエネルギー弾をアドルに放つ。


大振りで雑な攻撃だが。

諦めた相手にならこれで十分だ。


だが――


「なっ!?」


――アドルはその攻撃を躱してしまう。


「あんたまだ諦めないつもり!?」


私の問いに、アドルは口の端を歪めて笑う。

その眼には怒りと憎しみの籠った、狂気の様な物が宿っていた。


「確かに、もう世界は救えない。だがそれでも……お前を殺せる可能性があるなら最後まで戦う!」


くそっ!

世界が滅びたってのに、何て諦めが悪いの!

私を倒す?

ふざけた寝言言ってないでさっさと死になさいよ!


チラリと世界の卵の方へと視線をやると、卵は今にもすべてが黒く染まってしまいそうだ。


時間をかけ過ぎた。

さっさと片付けないと。


いや、落ち着け私。

そもそも簡単に殺せないから、世界を滅ぼし心を折ろうとしたのだ。

もう残された時間が僅かな以上、アドルを始末して止めるのは諦めないと。


「仕方ないわね……」


こうなったら世界の卵の方を壊すしかない。


卵を破壊すればエネルギーはすべて失われ、世界の再構築には数十年。

いや、下手をすれば百年以上の時が必要になる。

だからその手は、出来れば使いたくなかった。


女神である私が、百年以上も下らない作業に苦心しなければならない。

それは不快極まりない事だ。


だが、それでも――


「死ぬよりはまし!砕けなさ――くっ!?」


アドルとは距離がある。

邪魔はされない。

そう思っていたのに、攻撃を放つ直前急に腕に何かが突き刺さり、驚きと傷みに攻撃を中断させれらてしまう。


アドルからは距離があったはず?

奴の攻撃が間に合う筈が……


「これは……」


腕を見ると、そこには複雑な螺旋状の形をした黒い刺突剣が突き刺さっていた。

確かレアと言う小娘が持っていた武器だ。


何故こんな物が私の腕に?


そう言えばアドルの回避先。

その足元には、自分達を生贄に捧げた二人の装備が落ちていた気がする。


素早い遠距離攻撃が出来ないから、偶然近くに落ちていた投擲向きの剣を拾って咄嗟に投げつけたって事?

そんな馬鹿な。


回避した先に仲間の武器が落ちていて、それが功を奏するだなんて。

そんな偶然が……


いや、そうか。

あの男には【幸運】のスキルがある。

不幸になれば成程、幸運を引き寄せるあのスキルが。


……本当に、何処までも鬱陶しい男だ。


「ンディア!」


余計な事に気を取られたせいで、アドルの接近を許してしまう。

世界の卵が生贄に捧げられるまでのタイムリミットは、もう幾ばくも無い。

私は敢えてアドルの攻撃を避けずに、相手への攻撃を優先——カウンターを入れる。


「つぅ……ふき飛びなさい!」


「くっ……」


アドルが大きく吹き飛ぶ。

その隙に、私は卵に向かって特大のエネルギー弾を放った。


これで――


「させるかよ!」


だが吹っ飛んだはずのアドルが、突如私と世界の卵との間に姿を現す。

私の放った攻撃はそのままアドルに直撃し、卵に届く事無く大爆発した。


「なんで!?吹っ飛んだはず!?」


吹っ飛んだはずの方向に視線をやると、そこにはアドルが二人立っていた。

その瞬間、全てを理解する。

アドルは分身を生み出し、大きく吹っ飛ぶはずだった自分をキャッチしたのだ。

そしてその後、分身と力を合わせて斜線上に躍り出た。


「最後の最後まで!」


だが、今の攻撃で今度こそアドルは大きく吹っ飛んだ。

分身程度の能力では、私は止められない。

そう、もう私を遮るものはいないのだ。


「これで――」


再びエネルギー弾を放つ。

いや、放とうとしたその瞬間――


「あ、ああ……」


――世界の卵が完全に黒く染まってしまう。


卵が崩れ、中から膨大な黒いエネルギーが噴き出す。

そしてそのエネルギーは、ある一点に収束していく。


「そんな……うそよ……」


背筋に寒気が走る。

恐る恐る、私はエネルギーの収束点へと視線を向ける。


そこには世界を喰らい――


女神である私すらも凌駕する――


「ンディア……お前を殺す」


全身から禍々しい黒いオーラを放つ、超越者アドルが立っていた。

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