第34話 貴方に幸運を……

「ふん!」


私の攻撃を、ンディアが炸裂しない様に受け流す。

流石の女神も、視界による確認なしには小さな針の動きは捕らえられない。

そのため、閃光で視界が潰れるのを嫌ったのだ。


「あら?針が飛んできてないわね?」


「お馬鹿さんじゃじゃあるまいし、同じ手を使ったりはしませんよ」


針を刺した部分から体に不快感が広がっていくが、私はそれを悟らせないよう、口角を上げて斜に構えた様な余裕の表情を作る。


ンディアに気付かれる訳にはいかないからだ。

傲慢な彼女でも、流石に今の私の力をマスターが吸収するのは捨て置かないだろう。

確実に妨害して来るはず。


そしてその妨害は、間違いなくマスターへと向く事になる。

受け手がいなければ、生贄も意味をなさない。

今の彼なら、トドメを刺すのは赤子の手を捻るよりも簡単だ。


だからそうならない様にするため、わざわざ見えない場所――服の下に刺したのである。

これなら黒いシミがある程度広がるまでは、気づかれる心配はないだろう。


「ふーん……何か企んでいるみたいね?」


「まあまだ奥の手はありますよ。例えば……これです!」


呪いのシミが、そろそろ翼や剥き出しの首元に到達しそうだ。

それを隠す様に、私は自身の肉体を強く発光させる。

自爆の際に見せたアレだ。

光を放っている間は、異変には気づかないだろう。


「あら眩しい。でも、流石に近づかなきゃ視界が潰れるほどじゃないわ。無駄ね」


「そうでもありませんよ……」


ンディアは私の光る姿を遠くから眺めるだけで動いてこない。

此方の意図が読めず、警戒しているのだろう。


これなら十分時間が稼げる。

そう思ったのだが――


呪いが進行して行き、体が、力が思う様に扱えなくなってくる。


……くっ、最後まで持たない。


誤算も良い所である。

私としたことが、生贄の呪いを少し舐めていた様だ。

こうなって来ると、イレギュラーな動きを警戒してマスターを回復しないかった事が悔やまれて仕方ない。


……けど、完了まではあと少し。


そう、後ほんの僅かだ。

とにかく、少しでも女神の気を逸らし時間を稼がなければ。


「――なっ!?」


光が止まり、全身が黒く染まりつつある私を見てンディアが目を見開いた。


良い反応だ。

そう心の中でニンマリする。

驚きというのは、判断力を鈍らせてくれるから。


「それはグヴェルの……まさか自分に針を刺したの?でもそんな訳ないわ。だってあんたは人形なんだから、生贄にはなれないはずよ」


ンディアの言う通りである。

如何に強力な力があろうとも、人形では生贄足りえない。


――何故なら、生きていないのだから。


なのに私が生贄として成立している事に、ンディアは驚きを隠せない様だった。

そしてその驚きは、彼女から正常な判断を奪う。


生贄の妨害をするという、正しい判断を。


ついてる。

これもまたマスターの幸運の導きだろう。


「おやおや、驚きの御様子で……」


私が何故生贄足るのか?


ンディアはは大事な事を見落としていた。

いや、ンディアにとって余興レベルの取るに足らない事だから、頭から抜け落ちていると言うのが正解か。

どちらにせよ、相手の間抜けに助けられた。


「女神様ともあろう方が……忘れちゃったんですかぁ?この体は……ティアの物。貴方が人形から……天使にしたんじゃないですかぁ。お馬鹿さんですねぇ」


そう、この機会を与えてくれたのは他でもない女神だ。

そう言う意味では、彼女には感謝しかない。


「ちっ……そうだったわね」


「さて……それじゃあ、私は退場させて貰うとしましょうか」


生贄の呪いは、ほぼ全身に行き渡っている。

もう女神がマスターを殺して妨害するには遅い。


これで……


「――っ!?」


最後にマスターを一目。

そう思って彼の方へ視線をやると――


「リリア!」


――マスターが私の直ぐ傍まで走って来ていた。


どうやら僅かに回復した魔力を使って、ダメージを回復した様だ。


「マスター……」


私の為に必死に駆ける彼の姿を見て、嬉しくて涙が溢れ出しそうになる。

だが私はそれをぐっと堪えて、いつもの笑顔を彼に向けた。


――最後まで自分らしい笑顔で。


この顔を覚えていて欲しいから。


「頑張って……くだ……さい……」


この戦いで、マスターは全て失う事になる。

勝利しても、きっとその結果に絶望する事になるだろう。


――だが、全く救いがない訳ではない。


邪神グヴェルは、ゲームクリアに関してだけは真摯である。

私のデータの中――ンディアの記憶――にはそうあった。


世界の再生までは流石にしてくれないだろうが、きっとフィーナの復活位はしてくれる筈だ。

ゲームクリアの報酬として。


だからどうか、フィーナと仲良く頑張って下さい……


こんな状況でも、それを考えると少し不快に感じてしまう自分が嫌だ。

本当に私は醜い。


なぜもっと……いや、それは考えても詮無い事。


今の私だから、ここまでこれた。

そう考える事にしよう。


体が傾き、世界が急速に黒く染まっていく。

肉体が崩壊しだした様だ。

もうマスターの姿も見えない。


……ああ、消えたくない……


最後の最後で、そんな事を考える。

我ながら、本当にどうしようもない。


あ……


体の感覚はもうない。

だがハッキリと分かった。

マスターが今、私の体に触れたと。


私は最後の力を振り絞り――


「どうか……貴方に……こう……うん……を……」


――ちゃんと言葉になっただろうか?


其れすらも分からない。

感覚が消えていく。


ああ……


マスター……


……だい……


す………き……

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