第32話 最後の
――此処までの状況に辿り着けたのは、正に奇跡に等しい。
確かに狙って行動してはいた。
だが、普通に考えれば早々都合よく行くはずがないのだ。
ティアがエターナルに気付かず、盾にしなかったら?
私が体を奪った事に、ンディアが気付いてしまっていたら?
ンディアがマスター達の逃亡を許さなかったら?
邪神の用意した鉱石にほんの僅かでも脅威を感じ、ンディアが武器の製作を邪魔していたら?
レアとセイヤが、自らを生贄に捧げる前に殺されていたら?
女神が早々に本気を出してマスターを殺していたら?
トドメの際に、ンディアが勿体ぶって空に浮かぶ行動をとらなかったら?
私がどうやって体を奪ったかなど聞く耳を持たず、この場に移動するまでに攻撃されていたら?
それ以外にも、細かい部分を上げればきりがないだろう。
ある程度女神達の性格を考慮していたとは言え、そんな物はちょっとした気分一つで変わってしまうもので、それは薄氷を踏み進める様なものだった。
だからいくつものifを乗り越えて辿り着いた今の状況は、正に奇跡としか言いようがない。
そしてその奇跡を可能としたのが……
――マスターだ。
正確には、彼のもつ【幸運】の効果である。
不幸を幸運に変えるという、リスクを含めて考えても強烈な効果を持つスキル。
それがあってこその現在。
ある意味、現状はこの【幸運】というスキルの無双の結果と言っていいだろう。
「成程……で、ティアのふりをして私の隙が出来るのを虎視眈々と狙ってたって訳ね」
「さっきのは絶好の機会だと思ったんですけどねぇ……」
もちろんこれは嘘である。
当てるつもりなど更々なかったので、攻撃の直前に強烈な殺気を態と放って、不意打ちを意図的に躱させたのだ。
なにせ、女神には飛んでいて貰わないと困るから。
せっかく相手が飛ぶまで我慢した訳ですからねぇ……
マスターが追い込まれるんで手を出さずにぎりぎりまで我慢していたのは、ンディアがトドメの際に空に飛びあがると――敗者を嘲笑う様に、見下ろせる位置に動くだろう――と読んでの事だ。
そこまでしておいて、下手に不意打ちを当てて地上に降りられたら目も当てられない。
「馬鹿な子ねぇ。ティアのふりをしておけば長生きできたでしょうに」
「間抜けで無能な妹のふりを死ぬまで続けるなんて、死んでも御免こうむります」
長く生きる事に意味はない。
そこにマスターがいないのなら。
私の願いは彼の生存。
ただそれだけ。
それ以外の物など、何の意味もないのだ。
――だからパーティーメンバーも全て見殺しにした。
マスターのもつ【幸運】の効果を高める為。
マスター自身を強化する為に。
そしてそのためならば……
私は世界すらも切り捨てる。
「そんなに死ぬのがお望みなら、そこの間抜けさんと一緒に死なせてあげるわ」
「そう簡単に行きますかねぇ。自分で言うのもなんですけど……私は強いですよ?」
「ふふふ。何を言うのかと思えば……そのティアの体を生み出し、天使に進化させたのは私なのよ?性能はよーく分かってるわ」
「良く分かっている……ね。それはどうでしょうか?」
私はあるスキルを発動させる。
それは――
【
これは私がンディアに与えられた、ヒロインドールを強化する能力で得たスキルである。
本来は人形の体でしか使えない、一度こっきりの大技だった。
だが与えられた能力とは言え、私自身で生み出し、更に一度使用した事でその原理は嫌という程理解できていた。
――だから習得しておいたのだ。
そのための時間は十分にあったから。
「その力は……」
私の力が膨張した事に気づき、ンディアが眉を顰める。
「まさか、何の準備もしてなかったと思ってたんですかぁ?」
「ふん。成程、小細工はしてた訳ね。けど無駄よ。その程度の力じゃ、私を倒す事なんて出来やしないわ」
が、ンディアは直ぐにいつも不快な笑い顔に戻ってしまう。
まあ確かに彼女の言う通り、このスキルをつかって尚、女神たる存在には遠く及ばない。
普通に戦ったのでは、逆立ちしたって叶わない事は此方も初めっから分かっている事だ。
だから、色々と準備して来た。
そしてこれからする事もその一つだ。
そう、そしてそれが最後の種まき。
「ほんとですかぁ?」
私は小ばかにした様な口調で問いかける。
もちろんこれは挑発だ。
「だったら……今から最強の一撃を叩き込むんで、受け止めてみてくださいな。偉そうな態度が口だけじゃないってんなら……ね」
安すすぎる挑発。
だが全てを見下し、自身が超越者であると信じて疑わないプライドの塊である女神なら、まず間違いなくこれに乗って来るはず。
「ふふふ、良いわよ。見せて見なさい、貴方の全力を。どんな小細工をしようとも無駄だって事を、正面から打ち砕いて証明してあげるわ」
「そうですか、では遠慮なく」
私は片手を上空にいるンディアに向かって掲げ、攻撃の体勢に入る。
少し離れたところでは、マスターが剣を杖の様に突いて苦し気に喘いでいる姿が目に映った。
……もう少しだけ待っててくださいね、マスター。
回復しなかったのはわざとだ。
行動するに当たって、マスターの動きと言う不確定要素は排除したかったから。
だからあえて彼には、今の動けない状態でいて貰っている。
「行きますよ!!」
私は掲げた手に、魔力を集中させる。
さあ、これが最後の賭けだ。
マスター、どうか私に幸運を。
「リリアちゃん――」
後々の事を考えて、無駄な魔力は使えない。
かといって余りにも弱い攻撃を放ったなら、ンディアに逆に警戒されてしまう。
だから可能な限り最小限の魔力で、かつ高威力の技を生み出しておいた。
それがこの――
「バスター!!」
――リリアちゃんバスターだ。
私の手から離れた膨大なエネルギーの塊は、高速でンディアへと向かっていく。
そしてエネルギーが此方の姿をンディアから完全に遮った所で私は動いた。
――悟られないための最小限の動き。
見えていないとはいえ、大きな動きは気配で察知される恐れがある。
だから私は爪先で飛び上がる様、地面に落ちている針の端を踏む。
そして針を手で素早くキャッチすると同時に、手首のスナップだけで、それでいて力強く高速で上空へとそれを飛ばした。
この一撃が上手さえ行けば……
針は真っすぐ上空のンディアの元へと飛んでいく。
視界が遮られ、最小限の動きで放たれたこの攻撃に彼女は気づいていないだろう。
目の前に迫る高威力のエネルギー弾。
そしてその影に隠れて迫る生贄の針。
のるかそるか。
これが最後の関門だ。
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