第31話 乗っ取り

「生きてたんだな……」


マスターが涙ぐんでいる。

こんなに喜んでくれると、もっと一ずっと緒にいたくなって困ってしまう。


「おやおや。ひょっとして私がいないくて、寂しくて死にそうでしたかぁ?」


「ははは、まあな。生きていてくれて本当に良かったよ」


このまま楽しくお喋りしていたかったが、早々に邪魔者が上空から口を挟んで来た。


「リリアですって?何をふざけた事を言ってるのかしら?あの子は確かに壊れたはずよ」


無視したい所だが、そうもいかない。

不必要にイラつかせて地上にでも降りて来られたら、困った事になってしまう。


「そうですねぇ……まあ確かに、私の体は壊れましたよ。自爆したんで、それは見事に木っ端みじんに」


「木っ端みじんに体が壊れた?でも、リリアはちゃんとここに……」


私の言葉に、マスターが驚いた様な顔をする。


「これはティアの体です。天使になったこっちの方が性能が良かったんで、頂いちゃいました」


「頂いたですって?」


「ええ、そうですよ……エンゲージを使って、ね」


「何を言うのかと思えば……忘れたのかしら、エンゲージは元々私が与えた能力なのよ。あれにはそんな能力はわいわ。出鱈目言ってくれるわね」


エンゲージと言う機能は、ンディアが私達ヒロインドール与えた力だ。

主となる人物の力の一部とスキルを共有する為の能力で、彼女の言う通りそれ以上の効果はない。


「ええ、確かに。エンゲージ自体に、体を奪う機能はありませんねぇ。でも、そう言った効果を持つスキルを手に入れる手段にはなりますよ。例えば、エターナルの持っていた【支配者】とか」


「――っ!?」


スキル名を聞いて、女神ンディアが目を見開く。

どうやら私がどうやってティアから体を奪ったのか、その方法に気付いた様だ。


あの時――


自爆の直前、ティアは瀕死だったエターナルへと駆け寄っている。

その目的は彼の体の中かに入り込み、回復魔法を内側からかけて肉壁にする為だ。

アレは生き残るためそれを選択した。


それが私の狙いとも知らず。


そう。

私がマスターにエターナルを殺すなと言ったのも。

態々エターナルが入る様に結界を張ったのも、全てはティアの行動を誘導する為だったのだ。


――全ては女神の目を誤魔化すために。


私の目的は、エターナルとのエンゲージだった。

だが何もないのにそれを行えば、確実に勘づかれてしまう。


だからティアを誘導したのだ。


あの状態なら、私が確実に止めを刺すためにエターナルへと駆け寄っても不自然ではなかった。

近ければ近い程、自爆の影響は大きくなるのだから。


「あの光のせいで、私が何をしていたか見えなかったでしょう?」


私は勿体ぶる様な話しぶりで、さり気無く移動を始める。

ゆっくりと、相手に違和感を感じられない様、話しながら。

目的の場所へと。


「あれは態とですよ。意図的に光ってたんです」


自爆の際に放っていた強い光は、態とエネルギーを漏らして放っていたものだ。

そのまま口づけを行えば、女神に勘づかれてしまう。

だから強い光で視界を遮り、細かい動きを分らない様にしておいたのである。


「そして貴方の目を盗んで、マスターとの絆を断って――」


本当は、マスターとのエンゲージを切りたくなんてなかった。

だが、同時に二人と結べない以上そうするしかなかったのだ。


「皇帝とのエンゲージを交わした私は――」


マスターとの絆を断ち切ってまで結んだ皇帝とのエンゲージは、とても不快極まりない物だった。

反吐が出るほどに。

それでも私が我慢したのは、全てはマスターを守るためだ。


「彼の持つスキル、【支配者】を使ってティアに命じたんですよぉ」


【支配者】の効果は、自分より立場の低い物を支配するという頭のイカレタ効果である。

まあ同じ所属限定という縛りはあるが。


皇帝という行為の存在が、がただの冒険者であるマスター達を支配できなかったのはそのためだ。


「姉として……ね」


私とティアは女神に生み出された姉妹。

この時点でグループと言う条件は満たされている。

そして姉は妹より立場が強い。


まあこれだけだと、【支配者】で支配出来たかは怪しい所ではあったが。


じゃあその怪しい所に賭けたのかというと、もちろんそんな訳はない。

姉妹という点とは別に、私とあの子の上下関係はハッキリしていた


あの時。

皇帝とマスターとの戦いの時に。


そう、邪神から与えられた力をマスターが覚醒させあの戦いだ。

あの時、私は圧倒的優位な形でティアを下している。

まあ実際はそこまで楽勝だったという訳でもないが、結果的には私の圧勝と言う形で終わっている。


そしてあの時、姉である私とティアの上下関係がハッキリとついたのだ。


姉である勝者と。

見逃して貰った敗者の妹。

これは覆しようのない優劣である。


「命令した内容はもちろん、魂……体の入れ替えです」


肉体の入れ替えなど、普通は不可能である。

何故なら、肉体と魂は強く結びついているからだ。

だからこそ女神ンディアも、フィーナの体を支配する為にその魂を破壊している。


だが私とティアは違った。


私達の魂は、所詮女神によってつくられたまがい物。

肉体と共に生まれて来る本物とは違い、与えられた肉体との繋がりは希薄だ。

それは人形ではなく、力を与えられ天使になったとしても変わらない。


だから容易く体から切り離す事も、魂のない肉体に入る様な真似だって出来る。


「で、体が入れ替わった直後に……ドカーンです。哀れ愚かな我が妹はお星さまになったという訳です」


ゆっくりとした歩みで目的地付近まで移動し終えた私は、足を止める。

レアとセイヤが自らを生贄に捧げた場所。

そこには、彼女達の身に着けていた装備などが散らばっていた。


頭上には世界の卵と、それを背に浮かぶンディア。

位置関係も完璧だ。


……さて、超えるべき壁は後二つ。


いや、一つか。

それを越える事が出来れば、最後の壁は女神が勝手に壊してくれる事だろう。


そう、それさえクリア出来れば……

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