第30話 知ってる笑顔

……月?


空に浮かぶ月を見て、俺は違和感を感じる。

そもそもここが月なのだ。

その上空に月が浮かんでいる筈がない。


「あら、気がついたかしら?」


女神が傍までやって来て、嫌らしい顔で倒れる俺の顔を覗き込んだ。

体が動いたなら、迷わずその顔面をぶん殴ってやるものを。


「あれは月じゃないわ。世界の卵よ」


「世界の……たまご?」


「そう、世界の卵よ」


女神の翼が羽搏き、その体が浮かび上がる。

奴は世界の卵とやらを背景に、上空から俺を見下ろす。

まるで神が地を這う虫けらを見下ろす様な構図だ。


まあ実際そうなのだろう。

奴は自称とは言え女神で、俺は神に逆らい弄ばれて倒れ伏すピエロでしかない。


我ながら自嘲が過ぎるか……


「この卵の中身はまだ空っぽよ。古き世界の全てのエネルギーを吸いつくしたその時、本当の世界の卵となるの。行ってしまえば、新たな世界のみなもとと言っていいわ」


女神が両手を広げ、聞いてもいない演説を始める。


「古き世界のエネルギーってのは、今地球に生きてる全ての生き物の命よ。この卵を目覚めさせれば、地球上の生物は物の数分で死に絶えるわ」


あの月の様な白い物体が、世界を滅ぼすと言うのか……


「ああ、安心しなさい。範囲は地球だけだから、この月には何の影響はないわ」


何を安心しろと言うのか?

俺自身、もう風前の灯である。

結局、死ぬ事に何も変わりはしない。


だが……


「そうかよ……だったら、死んでも止めて見せる」


倒れていたお陰で、魔力が少しだけ回復出来た。

俺はそれで回復魔法を発動させる。

もちろん全快には程遠い。

だが、立ち上がる事位は出来る。


立ち上がった俺は、ふらつきながらも剣を構えた。


「あら、まだ頑張るの?泣かせるわねぇ」


勝ち目がないのは分かり切っている。

だがここで何もせず寝てたら、先に行った皆に顔向けできない。


月での戦いで死んだドギァとガートゥ。

女神と戦う力を生み出すために、その命を捧げてくれたテッラとベリー。

俺を信じ、命と引き換えに力を託してくれたレアとセイヤ。


そして何より、女神の徒でありながら俺達を逃して未来への希望をつなげてくれたリリアに。


「お前を倒す……」


無理だろうが何だろうが、この命が続く限り最後まで戦う。

それが仲間達の無念と思いを背負った俺の義務だ。


「あらあら、怖いわねぇ。せっかく頑張った御褒美に、世界が滅びる様を特等席で見せて上げようと思ったのに……」


何が御褒美だ。

世界が滅びる様を見せられるなど、そんな物は地獄以外何物でもない。


「しょうがない。貴方と遊ぶのも飽きて来ちゃったから……ちゃちゃっと終わらせちゃおうかしらね」


女神が片手を上げると、そこに魔力が集まっていくのが分かる。

この攻撃を受けきる事は叶わないだろう。


皆……俺も今から皆の元に……


「――っ!?」


その時、急に女神が横へ素早く移動した。

そして直前までンディアの居た場所を、翼の生えた少女が通り過ぎてそのまま俺の近くへと着地する。


――ティアだ。


彼女は舌打ちして。


「ちっ、躱されてしまいましたか」


と呟く。


一瞬何が起こったのか分からなかったが、ティアの言葉から、それが女神に対する奇襲だった事を俺は理解する。


一体どういう事だ?

なぜ女神の配下であるティアが、主であるンディアに奇襲をかけたんだ?


とは言え、その理由は不明である。

単純に考えれば仲間割れなのだろうが、女神を崇拝していたティアが唐突に裏切るとは正直考えられない。


「ティア……一体何のつもりかしら?」


上空にいるンディアの顔から表情が抜け落ち、まるで能面の様な顔でティアを見つめていた。

激情を表に出し手こそいないが、その抑えきれない程の殺気が俺の元まで伝わって来る。


「ティアぁ?そんな間抜けがどこにいるって言うんですかぁ?」


女神からの殺気などどこ吹く風で、ティアがニヤリと笑う。


「――っ!?」


その表情を見た瞬間、俺は息を飲む。

ムカつく顔。

それでいて、愛嬌の含んだその表情。


その子憎たらしい笑い顔は――

そう、嫌という程見せられて死ぬ程よく知っているその顔は――


「リリア!」


例え顔が同じだったしても見間違うはずない。

そう。

目の前の翼の生えた少女はティアではなく、間違いなく俺の相棒のリリアだ。


リリアが俺の言葉に応える様に、両手を広げて片足を上げ、すまし顔でY時のポーズをとる。


「かぼちゃパンツ……丸見えだぞ……」


視界が滲む。


まったくこいつは……

生きてたんならそう言えよな……


「やれやれ、リリアちゃんの芸術的なポーズを見て言う事がそれとか……マスターはスケベェですねぇ」


そう言うと、彼女は再び悪い顔で笑う。

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