第29話 演技
「まったく……鬱陶しいわね!」
見下していた人間に
それは女神からすれば、屈辱以外のなにものでもないだろう。
状況の動かない一進一退の状態にイラつきを隠せないンディアは、俺の攻撃を弾くと同時に、その鬱憤を晴らすかのように大技を仕掛けて来た。
「これで仲間の所に送ってあげるわ!」
ンディアの両手が光り輝き、そこに膨大な魔力が集まる。
そしてそれは奴の両手に破壊の力――巨大な光球となって顕現した。
その圧倒的エネルギーから、場の空気がひりつく。
凄まじいパワーだ。
もし直撃を喰らえば、今の俺でもただでは済まないだろう。
まああたれば、だが。
「さあ!死になさい!」
女神が両手のエネルギーを俺に向かって放つ。
いや、放とうとした瞬間、体勢を仰け反る様な形で崩し、その攻撃はあらぬ方向へと飛んでいってしまう。
「なっ!?」
唐突な出来事に、ンディアが驚愕の声を上げる。
奴が突然体制を崩した原因は、俺の分身による物だった。
攻撃の瞬間、奴の背後から思いっきりその背中の翼を掴んで引っ張ってやったのだ。
「油断したな!」
ダメージが通らない事で、分身は防御しながらの障害物に徹していた。
その結果ンディアの意識から分身が能動的に何かを仕掛けるという考えが外れ、容易くその姿勢を崩す事が出来たのだ。
もし奴が分身の動きをキチンと警戒していたなら、決してこうは上手く行かなかっただろう。
「貰った!」
俺はその千載一遇のチャンスに、間合いを詰めて剣を横に薙ぐ。
攻撃を躱そうと女神が翼を勢いよく羽ばたかせて分身達を吹き飛ばすが、一手遅い。
俺の放った一撃は、女神ンディアの腹部を大きく切り裂く。
手応えありだ。
「ぐ……くぅ……」
奴は切られた腹を押さえ、立て直しのために間合いを離そうとする。
だがそれよりも早く――
「逃がすかよ!
――俺は相手の動きを封じる、結界の魔法を発動させる。
この瞬間の為に、俺は戦いながら魔法の慣らしを行ったのだ。
そしてその成果が光の壁となって、俺と女神の周囲を囲い、奴の逃げ場を潰す。
「こんな物!」
女神が手を振るうと、結界は容易く破壊されてしまう。
まあこれは仕方がない事だ。
最初から分かっていた。
近接戦闘能力に比べ、前衛の俺はどうしても魔法の能力は低くなる。
なので、俺の魔法で女神を封じこめるのは土台無理な話なのだ。
そして分かりきっていたからこそ、ちゃんと保険はかけてある。
「なっ!?また結界!?」
崩れた結界の外側には、更に結界を展開しておいた。
それを見て女神が目を見開く。
結界を張ったのは俺だけではない。
分身の方でも同時に魔法を発動させていたのだ。
もちろん分身の張った結界は、本体の物より更に脆い。
これも容易く破られるだろう。
だがそれで十分だ。
連続結界で一瞬でも足を止められれば、その役目は十分過ぎる程に果たしている。
何故なら――
「終わりだンディア!マジックフルバースト!!」
――女神が結界を破壊するよりも早く、俺が奴を倒すからだ!
俺は剣を振り上げ、スキルを発動させる。
そしてその最大の一撃を奴へと放ち――
「――っ!?」
瞬間、奴の姿が突如視界から消える。
何が起こったのか分からず、俺は必殺の一撃を放てず固まってしまう。
どこだ!?
奴はどこに行った!?
女神を見失って焦る俺に、真下から楽し気な声がかけられる。
「うふふ、下よ」
「な!?」
視線を落とすと、先ほどまで目の前にいたはずの女神が、俺の直ぐ足元で座り込んでいた。
此方を見上げる奴のその顔には、底意地の悪そうな醜悪な笑顔が張り付いている。
「くっ!」
どうやったのかは分からないが、この位置は不味い。
咄嗟に背後に下がろうとしたが、それよりも早く女神の拳が俺の腹部を捉えた。
俺は吹き飛ばされ、自ら張った結界に激突して止まる。
「がっ……」
【痛覚遮断】があるので痛みはそれ程でもないが、内臓を損傷したのはハッキリ分かった。
とてつもなく重い一撃だ。
「分身で私の翼を引っ張って態勢を崩して、極めつけは結界での退避封じ。なかなかやるじゃない。さっすがは世界を救いに来た勇者様ねぇ。でも……」
女神の腹部の傷が一瞬で回復する。
奴が笑いながら軽く手を振ると、とてつもなく強烈なエネルギーが周囲に放たれた。
それは周囲に張った二重の結界と分身を消し飛ばし、俺も堪えきれずに大きく吹き飛ばされてしまう。
とんでもないパワーだ。
先程までとは比べ物にならない程の。
「くそっ……」
攻撃で深刻なダメージを負った事が、全身から上げる悲鳴でハッキリと分かる。
だが俺はそれを無視して立ち上がった。
「本気を……出していなかったのか……」
「あら?気づいちゃった?そうよ、本気を出して無かったの。さっきまでのは……そう、演技よ。ふふふ」
女神が首を傾げ、愉快気に笑う。
「……」
こいつは追い込まれるふりをして、俺を弄んでいたのだ。
ふざけやがって。
「まあこれは女神としての優しさよ。世界を救うためにここにやって来た勇気。それに勝つために仲間に命を捧げたお涙ちょうだい劇。その高潔さにいたく感激したから、良い夢を見せて上げたのよ。どう?あと一歩まで追い込めた感想は?勝てたかと思った?」
「……」
レアやセイヤの力を受けた俺相手に、あれだけのふざけた余裕を見せつけてきたのだ。
恐らく勝ち目は……
だが、だからと言って諦める訳にはいかない。
こんなふざけた奴に、俺は屈する訳にはいかないのだ。
死んでいった仲間達の為にも。
「舐めるな……」
俺は剣を構える。
そこには、先程込めた俺の全魔力が込められたままだ。
何としてでもこの一撃を決め、奴を倒す。
「あら、まだ諦めずかんばりますって感じねぇ」
女神が醜悪な笑顔のまま、此方に近づいて来る。
そして無造作に――
俺の剣の間合いへと入った。
「……」
「さあ、かかって来なさい」
奴は右手の人差し指を動かして、かかってこいのジェスチャーで挑発して来る。
だが迂闊には動けない。
魔力は全てフルバーストに込めてしまったので、魔法も分身ももう使えないのだ。
そのまま何も考えず斬りかかっても、躱されてしまうのがオチである。
何か手を考えないと……
しかし小細工を弄する余地がない。
そして剣に込めた魔力も、時間をかければ胡散してしまう。
くっ、どうすれば……
「困ってるわねぇ。ふふ、じゃあこれならどうかしら」
「――っ!?」
女神が突然俺に背を向ける。
まるでその無防備な背中に斬り付けろと言わんばかりに。
いや、実際そうなのだろう。
それ程までに、ンディアには絶対の自信があるのだ。
俺の必殺の一撃を背後から受けても、死なない自信が。
この行動を一言で表すならば、傲慢の一言に尽きる。
だが有難い。
普通にやったのでは、絶対に女神へと届かない一撃。
それを打ち込む機会を、相手が自ら与えてくれたのだから。
ならばそのチャンスに全力を尽くすのみだ!
「ンディア!」
俺は大上段の構えから、全てを込めた一撃を女神の背中へと振り下ろした。
だが――
「ふふ」
ンディアの翼が青く輝く。
そして一対の翼が重なり、頭上をカバーする様に動いて俺の剣を受け止めてしまう。
「ざーんねん。私の翼って、魔力を込めたら盾としても使えるのよ」
「ぐぅぅ……」
何とか押し切ろうと全身の力を込めるが、ビクともしない。
「頑張ってもむーだ。吹き飛びなさい」
ンディアの翼が強烈に光り、そこから発せられたエネルギーの直撃をうけ俺は吹き飛ばされてしまう。
……ダメだ、動けない。
何とか起き上がろうとするが、体がまる言う事をきかず、俺は立ち上がる事も出来なかった。
肉体がダメージを受けすぎて、限界を迎えてしまった様だ。
「すまない……皆……」
しょせん人の身で、神に届く訳がなかった。
そう、初めから勝ち目など無かったのだ。
絶望と無力感から、ぼーっと空を見上げた。
上空では、地球が青く輝いている。
そしてその脇には、白い月が浮かんでいた。
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