第21話 完成

順調だった。

ベリーのお陰で命の損耗を心配せずに作業に集中できるのは、本当に大きい。


これならば私も戦いに――剣をより完成させるための生贄になる事も出来るだろう。


リリアが想定した結果を超える。

そう思って私は命を込めて槌を振るっていた。


だが――


「はぁ、はぁ……ん?ベリー、どうしたべ?」


剣の完成がある程度見えてきた所で、そこでやっと私は気付く。

ベリーが酷く弱っている事に。


気づけばその目は力なく淀んでおり、毛並みもボロボロになっていた。

その姿はまるで、死にかけの老犬である。


「わぅ……」


拭けば飛んで消えそうな弱弱しい鳴き声。

そこでやっと私は気づく。

ベリーの命が、もう風前の灯火である事に。


「そんな……まさか」


てっきり他人の生命力を回復させる、便利な力だと思っていた。

だが違ったのだ。

ベリーの力は、決して生命力を回復させる物などではなかったのだ。


それはきっと、他者に自身の命を分け与える力に違いない。

だからこれ程までに、彼女は衰弱してしまっているのだ。


――ベリーは自分を犠牲にしてまで、私を支えてくれていた。


「ベリー……」


「わぉ……」


しゃがみ込んで抱きしめた私の顔を、ベリーが舐めた。

生命力の枯渇しかかっていた体に、活力が戻って来る。


「もういいべ。もう……」


だがベリーは舐めるのを止めない。

彼女は気づいているのだろう。

剣の完成には、今の私に残された命だけでは足りないという事を。


「何で、そこまでして……」


「その子は賢い子ですから、その剣の完成が絶対に必要な物だと理解できているのでしょう」


「セイヤ……」


気づくと、セイヤが工房内にいた。


「世界の為に、ベリーも命をかけるって言うべか……」


「それだけではないと思いますよ?きっと貴方を――貴方の情熱を支えたいと思っているんでしょう。この子は、貴方の事が大好きですから」


「うぉう……」


セイヤの言葉に応える様に、ベリーが弱弱しく吠える。

彼女は世界の為に、私の為に自らの命を懸けようとしてくれていた。


「ベリー……」


その事が嬉しくて。

でも、申し訳なくて。

私はベリーにかける言葉が浮かんでこない。


「世界と聖獣。天秤にかければ、どちらかを選ぶまでもありません。ですから、私は気づいていても止めませんでした」


セイヤが真っすぐに私を見てそう言う。


世界の為。

命を賭けないただの第三者がそれを口にしたなら、それはただの綺麗ごとでしかない。


だが、セイヤは違う。


既に生贄の針の使い方は伝えてあった。

それしか方法がない以上、彼は世界を救うために躊躇なく針を使うはずだ。


――そう、セイヤは聖女としてこの世界の為に命を捧げる覚悟を持っている。


「……」


私は元より、皆、覚悟を持って最後の戦いに臨もうとしているのだ。

それはきっとベリーも同じ。


「あのデブっ子が、立派になったもんだべ」


なら、私は――


「ベリー。おめの命、有難く使わせて貰うべ。ドワーフの宿願。そして、世界を救う為に」


――ベリーを犠牲にして剣を完成させる。


「わぉう……」


ベリーが私を舐め続ける。

その度に彼女の命が減り、私の命が回復して行く。


「もういいべ、これぐらいあればギリギリ足りるべ」


「わぉ……う」


抱きしめるベリーの体からは、もう殆ど命を感じない。

もう持って、数時間の命と言った所だろう。


「死ぬときは一緒だべ……少しだけまっててね」


彼女を一人にはしない。

死ぬときは一緒だ。


「剣は後数時間で完成するべ。出来たら扉の前に置いておくから、アドルに持っていくべ」


「分かりました」


アドルには、剣の製作に命がかかっている事を伝えていない。

それを悟らせないため、作業に集中するから工房に近づくなとも言ってある。


私の死を隠すのは、知れば余計な動揺をさせるかもしれないからだ。


彼には、可能な限り万全な状態で戦いに挑んでもらわなければならない。

なら、余計な情報は入れない方がいいだろう。


「言い訳は……ベリーの分も、上手い事頼むべ」


其の辺りの調整は、セイヤに頼んでおいた。

私達が戦いに参加できない尤もな理由を、きっとアドルに上手く伝えてくれるだろう。


「ええ、分かっています。貴方と……そしてベリーの埋葬の手はずも既に済ませてありますから、どうかご安心ください」


セイヤには私の死んだ後、父の眠る墓に埋葬して貰える様頼んでいた。

先祖代々の墓だ。

ベリーもきっと、故郷の山あたりに埋葬して貰えるだろう。


「感謝するべ……」


「それは此方の台詞です」


セイヤが工房から出ていく。

私は弱り切ったベリーを低い台の上に寝かせ、そして作業に戻る。


――そして数時間後、剣は完成した。


神すらも殺す剣。

邪悪な力を秘めた、至高の剣が。


「待た……せた……べ」


体が鉛の様に重い。

私は引き摺る様に、ベリーの元へと向かう。


「少し……待たせ過ぎたべか……」


既にベリーは息をしていなかった。

私はしゃがみ込む形で台にもたれ掛り、その冷たくなりつつある躯の優しくなでる。


「ありが……とう……な……」


私の体から急速に力が抜けていく。

周囲が暗くなって、もう回りが良く見えない。


「いい……生……」


私の生涯に悔いはない。

もし生まれ変わったとしても、きっと再び鍛冶を、そして冒険者になる事だろう。

それぐらい満足できるものだった。


「も……し……」


一緒に生まれ変わる事が出来たなら、その時はベリーに鍛冶を教えてあげよう。

嫌がっても無理やりに。

まあ、ベリーが嫌がる訳なんてないけど。


けど、その前に――


「お……」


おっとう達に報告しないと。

ドワーフの長年の夢が叶ったって。


きっと……

喜んでくれるだろうなぁ……

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