第20話 生命力

――ここは教会にある工房。


私は槌を振るう。


無心に。


それでいて、自らの命を魂を込めるかの様に。


槌を振るって剣を鍛える。


「はぁ……はぁ……」


私の荒い息遣いをかき消し、『カンカン』と金属を叩く音が工房に響く。


――私は最後のドワーフだ。


物心ついた頃には、槌を握って振るっていた。

それから60年。

父からドワーフが研ぎ澄まし続けた技術を学び、そして共に槌を振るい続けて来た。


その父も去年亡くなり。

私はドワーフ族最後の一人となった。


「はぁ……はぁ……」


長い歴史の中、槌を振るい続けたドワーフ族の鍛治技術は至高の域へと達している。

だが、私達は満足にたる――ドワーフにとっての、至高と呼べるモノを作り上げる事は出来なかった。


理由は素材だ。


一般的に手に入る様な金属ではどれ程技巧を尽くそうとも。

心血を注ごうとも。


ドワーフが夢見た伝説に名を残す神器には、程遠い


「はぁ……はぁ……」


このまま、種族の宿願を果たさずドワーフは時代の波に消えていく。

そう諦めきっていた時に、一人の女性が私に道を与えてくれた。


「はぁ……はぁ……まさか……女神の遣いだったべなんてな」


そのお陰で私はアドルと出会い、そして貴重な素材で武器を作る機会に恵まれた。

だから目的は何であれ、彼女には感謝している。


もちろん一番の恩人はアドル。

そしてリリアであるが。


「敵討ち……はぁ、はぁ……それに、世界の為……アドル達に恩返しする為に……」


私は槌を振るう。

剣を完成させるために。


リリアはこの剣が、アドルを勝利に導くと言っていた。

そしてアドルが女神を倒せば、あのアミュンと言う女の敵討ちにもなるだろう。


――だから私は、恩返しの為に剣をうつ。


だがそれだけではない。

私の、ドワーフの生み出した剣が神を斬る。

それは一族の宿願を遥かに超えた物だ。


叶うかどうかは分からない。

だが、その可能性を秘めた武器を生み出す。

生み出す事が出る。


そこに喜びを見いだせない訳がない。

何故なら、私は鍛冶に全てをかけるドワーフなのだから。


「はぁ……はぁ……」


だから槌を振るう。

神殺しの剣を生み出すために。


そう、生み出すんだ。

なのに……


「う……あぁ……」


腕に、体に力が入らない。

槌を取り落とし、私は鍛治台の前で尻もちを搗く。


「ぶ……きを……」


呪われた鉱物。

偽の邪神が落とした鉱物は、その加工に命という代価が必要だった。


槌を振るう度に体から生命の根本が失われ、私は今、いつ死んでもおかしくない状態にまで疲弊してしまっている。


『テッラさん。あなたの命、マスターの為に下さいな』


リリアが私の耳元で囁いた言葉を思い出す。


「けど……」


命を投げ出す事には、何の躊躇もない。

自らの人生を捧げた道だ。

剣を打ち果てるのならば、それは本望と言っていいだろう。


だが、その工程はまだ二割にも達していなかった。


とてもではないが、私の命全てを注いだ程度では剣を完成させる事は出来ない。


「完全に……誤算だべな……」


リリアの計算では、きっと私の命で完成できると踏んでいたのだろう。

だが結果はこの様である。

もはや私には、槌を握る力すら残っていない。


完成させるのは不可能……


せめて【生命力Lv2】のスキルで回復させる事が出来れば。

そうは思うが、それは残念ながら不可能だった。


アドルの消えかけた命を回復させる事が出来なかった様に、例え死んで蘇生しても、既に消耗してしまった生命力を回復する事は出来ない。


「ここまでだべか……」


悔しい……


リリアは優秀だが、やはり彼女も完ぺきではない。

計算違いもある。

だからその事を責めるつもりはなかった。


悔しいのは、私にその計算外を修正するだけの力がなかった事だ。


一族の技術と魂を受け継いだのに、それでも届かない。

最小の消耗で、完璧に仕上げるだけの技術が私には――なかったのだ。


それはドワーフの積み上げて来た歴史の敗北。

それが悔しくて悔しくて仕方がない。


「くぅ……悔しいべ……」


自然と涙が溢れ出して来る。

悲しくて悲しくて。


――その時、私の頬に温かい物が触れる。


「うぉん」


「ベリー……」


立ち上がれない私の顔を、ベリーが舐め回して来る。


「お腹が空いたべか?だったら、セイヤにお願いするべ」


もう私には、真面に立ち上がる力も残っていない。

セイヤに食事を貰って来る様に言うが――


「うぉうん。うぉうん」


彼女は、狂った様に私の顔を舐め続ける。


「わっぷ……ベリー、ストップだべ。ベリー、ストップ!」


余りにもしつこいので、強く命令して私はその顔を跳ねのける。


「うぉう……」


「悪いけど、ワタスはお前の相手を出来る状態じゃないべ。餌なら――ん?」


改めてセイヤに餌を貰いに行く様言おうとして、私は自分が立ち上がっている事に気付く。


「力が……」


体が軽い。

驚きつつも手を握りしめると、ちゃんと力が籠る。

さっきまでは、生命力の枯渇で立ち上がる事も出来なかったというのに。


「一体何が……」


急に失った生命力が回復するなど、通常では考えられない。

何か原因が考えられるとしたら……


「……ひょっとして、ベリーがワタスに何かしてくれたんだべか?」


「うぉう!」


私の問いに、ベリーが嬉しそうに吠えた。

どうやら彼女には、特殊な力がある様だ。


「そんな力があったべか……」


それならアドルの時にも。

そう言おうとしてやめておく。


あの時点では、使えなかったと考えるのが妥当だろう。

きっと女神の塔で、レベルが大幅に上がった事で手に入れた力に違いない。


「だったら手伝って欲しいべ!」


これなら剣を完成させられる。

そう喜び勇み、作業に戻る。


「うぉう!」


――私は気づけなかった。


――作業に夢中になる余り、気づいてやれなかった。


――ベリーが弱っていく事に。


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