第19話 自爆

「この状態だと余り時間がないので、一気に決めさせて貰いますよ」


リリアの体から放たれていた光が、一層強くなる。


「まさか!?自爆するき!?」


自爆!?


「リリア……」


俺の声に、リリアが一瞬振り返ってニッコリと微笑んだ。

まるで心配するなと言わんばかりに。


「強くなっても、私の攻撃手段は限られますからねぇ。あ、逃げようとしても無駄ですよ。転移やその他諸々を、完全に防ぐ私オリジナルの最強結界で閉じ込めてますから」


「させるかよ!」


ティアがリリアに青い光を放ち、自身も突っ込んで襲い掛かった。


「無駄ですよ」


だがリリアが結界を張ると、光もティアもそれに遮られてはじき返されてしまう。


「天使になっても、私には手も足も出ないみたいですねぇ。これで分りましたか?姉の偉大さを」


「ポンコツが……」


ティアが鬼気迫る怒りの形相でリリアを睨みつけ、口元でバキっと音を鳴らす。

恐らく、食い締めすぎて歯が砕けた音だろう。


「姉の偉大さを噛み締めながら、何も出来ずにあの世に行ってくださいな」


「ふざけるな!!」


ティアが結界を何とかしようと暴れるが、今の二人の間には圧倒的な力の差があるのだろう。

リリスを囲う小さな結界。

そして俺達とを区切る大きな結界は、彼女の攻撃にビクともしていない。


「さて……お別れですね。マスター」


リリアの体が更に強く輝く。

もう、彼女の顔を真面に見る事も出来ない。


「リリア……」


何と声を掛ければいいのだろうか?


リリアはずっと、俺を支え続けて来てくれていた。

腹の立つ事もあったが、それでも俺にとってなくてはならない存在。

なのに彼女との別れを目の前にして、俺は何も言葉が出て来ない。


「マスター、ここから逃げてくださいな」


「何を言って!?」


「実は私の張った結界。どうも自爆には耐えられないみたいなんですよぉ。ですから、このままですと……マスター達もあえなくご臨終になっちゃいます」


リリアは、特に悲壮感を感じさせない普段通りの口調で俺にそう告げる。


「そうか。だったら、一緒に……」


リリアを失い。

残った俺達で、女神を倒す事など到底不可能だ。

手下のティア相手にこの様なのだから、恐らく戦いにすらならないだろう。


それならいっそ……


「なーに馬鹿な事言ってるんですかぁ。強くてマッチョなイケメンならともかく。マスターや他の皆さん達みたいな貧相な面子と心中なんて、リリアちゃんは御免こうむりますよ」


リリアが懐から、黒い何かを取り出すのが見えた。

彼女はそれを俺達に向かって投げつける。


結界をすり抜け、それはテッラの手に。


「っと……これは……転移の羽だべか?」


眩しい光に目を細め、テッラが受け取った物を確認する

どうやらリリアが投げてよこしたのは、転移の羽だった様だ。


「ここはダンジョン扱いですから。それで出口――女神の塔の外にまで飛べます。それでここから脱出してくださいな」


「リリア。けど……」


「さっきも言いましたけど……皆さんと心中なんて真っ平ごめんです。態勢を立て直してリベンジするもよし。世界が滅びるのを、怯えながら待つもよし。でもまずは、此処から脱出してくださいな」


生き延びろって事か……

けど、逃げて生き延びた所で……


全て無駄。


そう考えようとして、ハッとなる。

リリアがここまで俺達に生き延びる事を望んでいるのは、きっと何か意味がある筈だと気づいて。


リリアが。

あの子憎たらしいくもずる賢い、俺の聖少女人形ヒロイン・ドールが。

何の考えもなく、ただ逃亡を俺達に促すはずがない。


きっと何か。

希望の目があるんだ。


だから彼女は……


声に出してその内容をハッキリ告げないのは、きっと女神ンディアがこの状況を見ているせいだろう。


「……」


強烈な光で、もう真面に目を開けていられない。

そのため、リリアの姿をこの目で見る事は出来なかった。


だが俺には分かる。

彼女がいつもの、口の端を歪めた小生意気な笑顔だという事が。


……リリア、お前を信じるよ。


……お前を信じて戦う。


だから……


「分かった。撤退する。テッラ……頼む」


「分かったべ」


「マスター、アデューです。皆さん、精々意地汚く生き足掻いてくださいな」


「ああ……」


突然強烈な光が消え、周囲が暗転する。

そして目の前に巨大な塔が姿を現す。


「リリア……」


俺はそこから、頭上に見える月を見上げる。

月は相変わらず真っ赤に染まっていた。


その月に、強烈な白い閃光が炸裂する。


……リリアが死んだ。


閃光を見たからそう確信するのではない。

俺の中から消えたからだ。


――リリアとの繋がりエンゲージが。


リリア。

お前の残してくれたチャンスが何かは分からない。

でも、必ず勝ってみせるよ。

女神に。


……お前が自分すらもかけて残した希望なんだから、絶対に。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あらあら、随分盛大に吹き飛ばされちゃったわねぇ。流石の私もこれを喰らってたら、玉のお肌に傷が付いちゃってたかもねぇ」


紅い月。

全てが吹き飛ばされた場所に、女神が降り立つ。


そこに唯一残っている物に近づき、女神は声をかけた。


「にしても……我が娘ながら、えぐい事するわねぇ」


それは皇帝エターナルの横たわる姿。

正確には、その抜け殻と言った方がいいだろう。

その姿は硬く白く変色しており、もはやそこから生の鼓動は感じられない。


その残骸とも言うべき肉体から、『ピシリ』と小さな音がなると同時に亀裂が走った。

それは瞬く間に全身へと広がっていき、やがて限界を迎えた残骸は砕け散り、細かな灰となって飛び散ってしまう。


だが、全てが灰になって消えたわけではない。


その中からは――


「ふふ、私はお母さまの娘ですから」


――翼を持った少女が。


少女は全身に被った灰を払い、立ち上がる。


「いやぁねぇ。咄嗟に皇帝の体の中に入り込んで、中から回復魔法をかけて肉壁にするなんて。そんなエグイ真似……まあするわねぇ」


味方だった存在を、生きた鎧にして使い捨てる。

普通ならば躊躇う様な行為ではあったが、彼女達にそんな感傷はない。

ただそこにあったから利用した。

それだけだ。


「にしても、逃げられちゃったわねぇ……どうしようかしら?」


女神が、遠くの眺める様に目を細めた。

その視線の先には、この場から逃亡したアドル達の姿が映っている。


「放っておいても宜しいんじゃないでしょうか?」


「放っておく?」


「リリアが消えた以上、どうせもう何もできないでしょうし……折角なので褒美として、絶望の中、世界の滅びを怯えて待つ機会おんしゃでも与えてみては?」


少女が嫌らしく笑う。


「そうねぇ……貴方の言う通り、どうせ何もできないでしょうし。自分達がどれ程愚かな選択をしたのか、それを嘆く時間ぐらいは上げてもいいわねぇ」


仲間を、特に切り札ともいえるリリアを失っている今、アドル達にはもう何もできない。

女神はそう鷹を括り、彼らが絶望の中、世界の滅びを嘆く姿を想像して彼女はニンマリと笑う。


どこまでも残酷な女神に、慈悲としてさっさと楽にしてやるという選択肢はないのだ。


「くくく……いつ訪れるかも分からない絶望に、きっと天に向かって命乞いを始める事請負です」


「ふふ、それは楽しみねぇ。ま、でも……あんまり待たせても可哀想だし、さっさと作りましょうか。世界の卵を……ね」


世界の卵。

それは新たなる世界を構築するための、根幹エネルギーとなる物だ。

そしてそのエネルギー源は、今地球に存在する全ての生きとし生ける者の命。


「不肖、このティア。制作をお手伝いさせて頂きますわ」


「あら、気が利くわね。それじゃ、お願いしようかしら」


女神ンディアが、少女に背を向け歩き出す。

その背を見つめる少女の瞳は、先ほどの親し気な態度からは考えられない程に、暗く冷たい物となっていた。


「……」


彼女は口の端大きく歪め、何かを企んでいるかの様にニヤリと笑う。

その様子に、上機嫌の女神は気づく事はなかった。

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