第17話 もう一人

――ガートゥが死んだ。


順調ではある……


ガートゥは消えてもいい存在の筆頭だった。

彼女は強く勇猛ではあったが、生贄には絶対にならない事が目に見えていたからだ。

だからティアが真っ先に彼女を狙ってくれた事は、有難い事だった。


けど、それを素直に喜ぶ気にはなれない。


以前なら、マスター以外どうなってもいいと断言出来たのに……。


どうやら他のメンバー達と、少し長く一緒にいすぎた様だ。


でも。

それでも。

止まるつもりはない。


どちらにせよこのままでは、全員消える事になるのだ。

ならば、全てを切り捨ててでもマスターだけは絶対に生かせて見せる。


とにかく、もう一人だ。


――この戦いで、後一人は死んで貰う必要があった。


最低三人。

幸運の効果もそうだが、三人以上が消えなければ、女神ンディアからお目こぼしを引き出すのは難しい。


「さて、次は――」


ティアがにやけ顔で、次のターゲットを品定めする。


「くっ!よくもガートゥを!!」


ガートゥとレアは互いを認めるライバル同士だった。

彼女が死んだと聞かされ、激高したレアがティアに斬りかかる。


「自分から来るなんて、じゃあ次は貴方の番ですね」


レアの一撃を左手で受け止めたティアが、その右手を真っすぐにレアの元へと突き込もうとする。


「くっ!」


「させませんよ!局所結界シールドバリアー!」


私は咄嗟に結界の魔法を放って、攻撃の軌道を逸らした。

レアはその隙に、ティアから間合いを離す。


「一人で突っ込むのは止めてくださいな」


絶対に死なせてはいけないのがテッラだ。

彼女には、マスター用の対女神武器を作って貰う必要がある。

そのため、絶対に死なせる訳にはいかない。


そして次点がレア。


このパーティーで、マスターを除けば彼女の力が最強である。

だから彼女を死なせる訳にはいかないのだ。

少しでも多くの力を残すために。


「すまん、助かった」


更にその次はセイヤ。


彼が女神側につかずに此方側に残るかは、半々の可能性だった。

敵に回ったなら確実に始末する必要があったが、残ってくれたのならば、その力を大いに活用させて貰う。


「単独で突っ込むのは危険だ!陣形を組んで慎重に戦うよ!」


ドギァが号令をかけた。

ガートゥが死んでしまったのはショックだったろうが、その気持ちを押さえ込み、皆淀みなく陣形を組む形でティアと相対する。


この中で消えてもいいのは――


ドギァとベリーだ。


「慎重になった所で、結果は同じですけどねぇ。何せティアちゃんは、女神に選ばれた天使な訳ですから」


ティアが天に向けた人差し指から、青い光を放つ。

それは上空で弾け、シャワー状になって頭上から広範囲に降り注いだ。


小さな光の筋ではあるが、喰らえば間違いない苦大ダメージを受けるだろう。


連鎖結界チェーンバリアー!」


私は光の鎖に繋がれた、複数の盾状のバリアを頭上に生み出しそれを防ぐ。

盾と盾の間は攻撃がすり抜けてしまうが、これで退避エリアを確保するぐらいはできるだろう。


この結界をコントロールして仲間達の動き、それぞれの回避先を私は誘導する。


――ドギァに死んで貰う為に。


ベリーではなくドギァを選んだのは、ベリーが死んでも、女神ンディアには仲間ではなくペットが死んだと思われる可能性が高いと判断したからだ。

もし私が女神だったとしても、きっとそう考えただろう。


最小の犠牲で済ますには、仲間でなくてはならない。

その枠組みからはずれる可能性がある以上、ベリーは除外される。

そしてそうなれば、必然的にその役割は残ったドギァに。


「じゃ、盗人さんには退場して貰いましょうか」


ティアが、自身から最も近い場所にいたドギァに狙いを定めた。


彼女の最終目標は私。

そして私を苦しめる為に、マスターはその直前で殺そうとするだろう。


これは絶対だが、それ以外の優先順位はない。

そのため、手近な相手を適当に狙うと判断し、私はドギァが最も近くなる様結界の隙間をコントロールしたのだ。


「させません!」


セイヤが、ドギァに突っ込むティアの前に結界を発生させる。

だが、彼女の結界ではその動きを遮る事は出来ない。

結界を容易く破壊し、彼女はドギァの眼前に一瞬で迫る。


光のシャワーはまだ降り続けており、他の人間はカバーに向かえない。


「ちぃ!」


ドギァが手にした短剣を振るう。

だがそれは無情にも空を切り――


「遅いですよ!」


ティアの抜き手が、彼女の胸を無情にも貫く。


「二人目っと」


「がはっ……」


ティアが手を引き抜くと、大量の血が飛び散る。

ドギァはその場に片膝を付き、口から大量の血を吐き出した。


「あ……ぁ……」


ドギァの体が揺れ、力なくその場に倒れた。

その視線は真っすぐに私を捉え、そしてその唇が動いた。


「――っ!?」


声なき声。


その唇の動きは――


『後は頼んだよ』


と、そう告げていた。


彼女はそのまま動かなくなり、その眼から命の光がきえてしまう。


「気づいて……」


その行動から確信する。

ドギァは気づいていたのだと。

私が、彼女を敢えて見捨てた事を。


考えれば、それ程おかしな事ではない。

彼女は洞察力の高い人物だった。

ならば、私の行動に不自然さを感じて気づくのは当然とも言える。


そして気づいていてなお、黙って死んでくれたのだ。

彼女は。

きっとその選択が、世界を救う物だと信じて。


チクリと胸が痛む。


私が救うのは、マスターだけだ。

残念ながら、彼女の生まれ育った世界を守る事は出来ない。


そう思うと、一層胸が苦しくなる。


ゴメンナサイ……


感情と言うのは本当に厄介だ。

私は自らの罪悪感を拭うかの様に、心の中で小さく謝った。


だが後悔はしない。

ただ突き進むのみだ。


「ドギァ!」


レアが剣で頭上から降って来る攻撃を払いながら、ドギァへと駆け付けようとする。

払いきれず、光線が手足をかするがお構いなしだ。


「リリア!これ以上は取っておけない!力を使うぞ!!」


マスターが状況に焦り、【神殺し】を発動させようとする。


早々に使用を止めたのは、その力で彼が前に出る事で、ティアが殺す順番を万に一つ変える可能性があったからだ。

だその制止はもう必要ない。


何故なら――


「その必要はありません……切り札を使います」


――ドギァが死んだ事で、条件が揃ったからだ。


私はマスターに【神殺し】を不要と断じ、そして発動させる。

自身の切り札たるスキル。


限界突破オーバーロード】を。

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