第15話 バグ

「馬鹿な!馬鹿な!!馬鹿なバカなばかな!!!」


俺は女神に選ばれし転生者。

世界に選ばれた主役。

そう、俺こそが世界の頂点に立つべき存在なのだ。


なのに――


「ぐぅぅぅぅぅ……」


アドルの一撃を両手の剣で辛うじて受けるが、堪えきれずに吹き飛ばされる。


こんな事がある筈がない。

あっていいはずがない。


この俺が引き立て役アドル如きに押されるなんて!!


一度目の戦いは油断だ。

そう、あれは油断だったのだ。


だが今回は違う。


塔と、そして女神手ずからのパワーアップイベントを経た今の俺は、正に最強無敵の主人公チーター

故に、無象の凡夫相手に負ける要素など微塵もない。


なのに――


「調子に乗るな!」


俺の攻撃を、アドルは軽々と受け止めてしまう。

しかもその顔には、余裕が垣間見えていた。


ふざけんな……


格下相手に余裕をもって立ち回る。

それは本来俺がやる筈の行動だ。


それなのに……


なんで……


なんで……


「何でテメェがそれをやってんだよ!!」


腹立ちから、俺は吠えた。

そして両手に持つ剣を、狂った様に振るう。


「俺の邪魔してんじゃねぇよ!この雑魚が!!さっさと死ね!!死ね死ね死ね死ね!!!」


俺が一方的に蹂躙し、以前の借りを返して新たな世界に降臨する。


そうあるべきなんだ。


そう、それが世界のあるべき姿なんだ。


「悪いけど――」


アドルの下からの振り上げる強烈な一撃に、俺の振るう二刀を弾かれてしまう。

その衝撃に、俺の両手が大きく跳ね上がった。


「しまっ……」


慌てて後ろに下がろうとするが、それよりも早く――


「勝つのは俺だ!!」


――奴の一撃が容赦なく叩きこまれる。


「が……あぁぁ……」


肩から腹部にかけて、焼ける様な強い痛みが走った。

俺は立っていられず、その場に片膝を付く。


「こんな……馬鹿な……」


「エターナル、お前の負けだ。降参しろ」


「降参……だと?」


アドルが俺を見下ろしていた。


主人公である筈の俺を。

ただのわき役が。

見下ろしている。


「ふざ……けるな……」


そんな事はありえない。

許されない。


俺こそが……俺こそが主人公で有り、俺こそが勝者なのだ。


もう戻らない。

あの負け犬だった日々には決して。


――その為なら、何だってしてやる!!


「ティア!手を貸せ!!」


一対一など、もう関係あるか。


ティアの展開している結界で、他の奴は俺達には近づけない。

だが結界を張った本人は別だ。

こうなったら、二人がかりでアドルを始末する。


勝てばいい。

そう、勝ちさえすればそれでいいのだ。

所詮は、勝者こそが正義。


「何をしている!早く俺のダメージを回復させろ!!」


「嫌です」


「何だと!?」


ティアから返って来た拒否の言葉に、我が耳を疑う。

驚いて視線を向けると――


「一対一で戦うって、そう言ってたじゃないですかぁ。それなのに……お母さまから力を貰っておいて、あんまり無様な事をしないでくれますか?」


ティアが口元を歪め、まるで馬鹿にする様な目を此方に向けていた。

それをみて、頭にかっと血が上る。


……糞人形風情が。


「五月蠅い!黙って俺に従え!!」


スキル【支配者】の力を込めた命令。

俺の配下である以上、この命令には絶対逆らえない。


調子に乗りやがって。

テメーは黙って、俺の命令に従ってりゃいいんだ。


だが――


ティアはニヤニヤしたまま一切動こうとしない。


なんでだ?

確かにスキルで強制命令を発動したのに?

何でアイツは俺に従わない?


「おやおや、随分な間抜け面ですねぇ」


「なんで……」


「なんでって、決まってるじゃないですか?切ったんですよ」


「切った?」


「ええ、切ったんです……貴方との生体の同期エンゲージを」


「なっ!?」


生体の同期エンゲージ

それは俺とティアを繋ぐ、契約の力だ。

これがあったからこそ、ティアは俺の物だった。


それが切られた。

そう聞かされ、ある考えが脳裏を過って、頭に昇っていた血が一気に引いていく。


「戦いに夢中で、気づきませんでしたかぁ?」


「そんな、勝手にそんな真似を……」


「それが出来るんですよぉ。なにせエンゲージは、私側からいつでも好きな時に解除出来るシステムですから」


「……」


「ふふふ、ざーんねん。だから私はもう、あなたの部下じゃないんですよ。支配者のスキルは確かに強力ですけど……が相手じゃ、なーんの意味もありませんから」


「くっ……俺は……女神に切り捨てられたのか?」


パワーアップしたはずなのに、アドルに劣る自身の強さ。

そして勝手に切られたエンゲージと、拒否された救援。


そこから導かれる答えは、たった一つだ。


「おや、気づいちゃいましたか?お母さまが言ってましたよぉ。貴方は喜劇の主人公ピエロだって。身の程知らずのピエロはピエロらしく、景気よく散って私達を笑かしてくださいな」


俺がピエロだと?


そんなはずはない。

そんな事がある訳がない。


そう断じたかった。

だがティアの言動から、その答えは強烈に突き付けられている。


結局女神の奴は、最初っから俺を利用していただけなのだ。

それも影では、本当は俺の事を馬鹿にして。


結局、転生しても俺は……


「は、ははは……」


自分の間抜けさを自覚して、急速に体から力が抜けていく。

俺は立っていられず、その場に崩れ落ちそうになる。


「エターナル!」


だが、そんな俺をアドルが受け止め支えた。


「この世界を救うには、お前の力が必要だ。どうか俺達に力を貸してくれ」


「く……くくく……道化ピエロである俺が力を貸して、何になる?」


「お前はピエロじゃないさ。見せつけてやればいい。俺達と一緒にこの世界を救って、お前がピエロなんかじゃないって事を女神に」


俺は自らの屈辱レッテルを晴らし、奴は世界を守るという自らの願いを叶える。


魅力的な提案で、一瞬ぐらっと来た。

乗ってもいいかと考えてしまった。

アドルと一緒に。世界を救ってもいいかと思ってしまった。


――ああ、成程。


なるほどなるほど。

きっとこれが本当の主人公って奴なのだろう。


どんな時でも諦めず、最後まで戦い続ける。

こういう奴が。


そして俺は……自分を主人公だと思っていた間抜けな噛ませ犬ピエロ


「は……ははははははははははははあはははあはははははははははははははっはははっはははははははは!!!」


「エターナル?」


腹の底から笑う。

おかしくておかしくて。


しばらく馬鹿笑いしたら、俺の中で何かが切れた気がして……びっくりする程頭の中がスッキリした。


「ふぅ……間抜けを救って力を借り。この世界を救って、お前が主人公になるってか?面白い冗談だ」


俺は素早くアドルから体を離し、手にした剣で驚いた顔の奴に切りかかった。


「よせ!エターナル!!」


奴は俺を制しようとするが、そんな物などお構いなしに連続でアドルに攻撃をしかける。


――アドルを殺すために。


さっきまでショックで抜けていたはずの力が、明確な目的を持った途端、体に戻って漲る。


「お前を主人公になどさせるものかよ」


俺が主人公になれないのに、他の奴がその席に座るなどありえない事だ。


「主人公は……主人公は俺であるべきだ!」


そう、やはりそうあるべきだ。

そうあるべきなのだ。

もしそうじゃないというのなら。


――この世界は全てが間違バグっている。


俺がアドルを主人公だと認めてしまったのがその証拠だ。


この世界が狂っているのなら。

なら。

だったらなかった事にリセットすればいい。


そうすればきっと、俺が主人公のあるべき世界に戻るはずである。


「バグめ!俺がこの手で消し去ってやる!究極十字斬アルティメットクロス!!」


全ての力を、両手に持つ剣に込めて放つ。

世界の主人公であるべき、俺の全てを込めた渾身の一撃。


――さあ、これでリセットだ。


「はぁっ!」


だがその渾身の奥義は、二人に分かれたアドルの二本の剣によってあっさり受け止められてしまう。


何故とどかない?

俺は主人公で、しかも世界を正しい形に戻そうとしているのに?


理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。

理解不能だ。


まあいい。

とにかく、目の前のアドルバグを除去しよう。


そうすれば、全て上手く行く。

そう、それで全て上手く行くはずなのだ。


「消えろ!!」


俺は再び究極十字斬アルティメットクロスを放とうとする。

だがそれよりも早く――


「ったく!」


二人のアドルの拳が、俺の顔面を捉えた。

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