第13話 信じる

「29……早く逃げないと、折角上げたチャンスが無駄になっちゃうよわ。26……」


「ちくしょうがぁぁぁぁぁ!!」


アミュンが弾ける様に、勢いよくその場から逃げ出す。

女神はその方向を眺めながら、楽し気にカウントを続けた。


その様子を唖然と眺めていると、急に袖を引っ張られて俺は視線をそっちに向ける。


「リリア……」


袖を引いていたのは、リリアだった。


「マスター……お願いします。どうか、どうかもう一度だけ私を信じて頂けませんか?」


申し訳なさそうに俯き、彼女はそう言って来る。


リリアは女神が生み出した存在で、俺達を利用する為に傍にいた。

要は、ずっと騙されていたわけだ。


だが、そんな事はどうだっていい。

彼女自身が望んでそうしていた訳じゃないし。


なにより、リリアは俺達と共に戦う事を選んでくれた。


女神とのやり取りで至上命令がどうこう言っていたが、俺にはハッキリと分かる。

そんな物とは関係なく、彼女は自分の意思で、俺達と最後まで戦う事を選んでくれたのだと。


だから――


「わかった。お前を信じるよ」


リリアは俺達の仲間だ。

これまでも。

そして、これからも。


「マスター……マスターは本当に、世界一底抜けのお人好しですねぇ」


俺の返答に、リリアがちょっと驚いた様な顔をしてから、いつもの悪い笑顔になる。

もう長い事見てきたせいか、この顔が逆に可愛く見えて来るから困りものだ。


「そうか?俺だけじゃなくて、皆も同じ意見みたいだぞ?」


リリアとのやり取りを聞いていた皆が、俺の言葉に頷く。


彼女の行動に腹を立てている人間はいないだろう。

世の中どうしようもない事ってのはある物だし、此処にいるメンバーなら、それは理解している事だ。


ま、そもそも世界が滅びる瀬戸際の状況で、過去の事なんか気にしている余裕も無いしな。


「皆さんクルクルパーで、とても扱いやすくて助かりますね」


口が悪いのは健在である。

女神に命令されてそういう態度をどっていました。

とかではなかった様だ。


そう思うとちょっとほっとする。

何となく。


「15――」


ンディアが15まで数えた所で、「あ、手が滑っちゃったわ」とわざとらしい事を口にして、光の玉エネルギー弾をアミュンの逃げた方に勢いよく投げつけた。

30秒やるなんて言っていたが、本当にふざけた性格の女である。


「手が滑ったんだから、しょうがないわよねぇ」


遠くで閃光と爆音が上がると、ンディアはそれをニヤニヤと嬉しそうな顔で眺めた。


「マスター」


その様子を冷めた目で眺めながら、リリアが小声で俺にだけ聞こえる様に話しかけて来る。


「マスターは皇帝と一対一の戦いになると思います」


「……」


俺は敢えて、その言葉に返事や疑問を口にはしない。

リリアが態々この――女神たちの意識が俺達から外れた――タイミングで小声で俺に伝えて来たという事は、奴らに聞かれたくない内容だろうと察したからだ。


こういう時は、余計なやり取りはしない方がいい。

相手に気付かれる確率が上がってしまう。


「その際、皇帝を全力でコテンパンにしてやってください。後の事も考えなくて大丈夫です。但し――」


エターナルは、女神から新たに力を与えられている。

だがリリアの口ぶりは、俺が絶対に勝つ事を確信している物だった。


時間制限のある力を、後先考えずに使え……か。


女神戦にとっておくならばともかく、前哨戦であるエターナル相手に、まるで使い切っていい様な口ぶりだ。


「――絶対に殺さないでください」


しかも、敵であるエターナルを殺すなと言う。


リリアの言葉に、『何故だ?』と疑問符が頭を過る。

ひょっとして、殺しさえしなければ、彼をこちら側に引き入れる術でもあるのだろうか?


確かに、戦力は多ければ多い程いい状況ではある。

だが、あのエターナルが自らの命も顧みずに此方に手を貸してくれるとは思えない。


――いや、余計な疑問は捨てよう。


「……」


俺はリリアの言葉に、無言で頷いた。


いつだってリリアは、的確に俺達を導いてくれた。

今更それを疑うつもりはない。

だから、今度もそれを信じて行動するまでだ。


「ありがとうございます。マスター」


リリアは小さくそう呟き、その視線を女神ンディアへと向ける。

まるでその視線に気づいたかの様に、それまでアミュンが逃げた方向を楽し気に眺めていたンディアが、此方へと振り返った。


「さて、少し待たせちゃったかしら」


そして告げる。


「それじゃあ……神に逆らう不届き者達への、神罰しょけいを始めるとしましょうか」


世界の運命をかけた最後の戦いの、開幕を。

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