第12話 褒美

「ははは、随分と楽しそうだねぇ」


これからアドル達の処刑しんばつを執り行おうと言う所で、意識から外していた相手ゴミが、別に呼んでもいないのに勝手に自己主張を始めだす。


「なっ!?アミュン!?」


その女――アミュンの姿を目にし、アドルが驚いた様な声を上げる。

まあ彼からすれば、こんな場所に場違いな雑魚しりあいが姿を現したのだから、そりゃ驚くわよねぇ。


ドワッ子テッラも驚いて目を見開いていた。

彼女をアドルの元へと導いた相手なので、当然二人は顔見知りである。


但し、同じく顔見知りであるセイヤは顔色一つ変えていないが。


まあ彼女の場合、アミュンは女神の使徒として接触してるから、想定の範囲内だったのだろう。


「よう、アドル。元気にしてたか?」


「なんでおまえが此処に……」


「あん?そんなの決まってんだろ?敬虔な信徒の私は、女神様の元で働いてたんだよ」


敬虔からもっとも縁遠い女が、よくいうわね。

ま、そう言うふざけた軽口は嫌いじゃないけど。


「しっかし、バッカだねぇ。女神様に喧嘩を売ったって、死ぬだけだってのに。世界を救うために戦うとか……お人好しで甘ちゃんなのは、相変わらずみたいだね」


アミュンが、勝ち誇った顔でアドルの行動を馬鹿にする。

その顔を見る限り、彼女は自分も新世界の住人にして貰えると思っている様だ。


……馬鹿ねぇ。


ゲームクリアの重要な駒キーだったアドル達ならともかく、ただの小間使い如きを、私が天使としてこれから先も使ってあげると本気で思っているのかしら。

そのあまりにもめでたい思考に、思わず頬が緩む。


ほんっと、笑かしてくれるわ。


「私はアンタみたいなお人好しの間抜けじゃないんでね。このまま女神について行かせて貰うぜ」


「アミュン、お前……」


「はいはい、盛り上がってるとこ悪いんだけど……」


私はパンパンと両手を叩き、勝ち誇った顔のアミュンに笑顔で告げる。


「新世界での天使枠はもういっぱいなのよねぇ。だ・か・ら……貴方は天使になれないわ。ざーんねん」


『オメーの席ねぇから!』を、やんわりとした言葉で。


「はぁ!?ふ、ふ、ふ、ふざけんな!!アンタのために働いたら、褒美をくれるって言ってたじゃねーか!」


アミュンが顏お真っ赤にして、約束と違うと言って来る。

失礼な話だ。

女神である私が、嘘を吐く訳などないのに。


「もちろん……貴方には、ちゃあんと褒美を用意してあるわよ」


私は右掌を上に向け、そこに光の玉を生み出す。

これが私がコソ泥娘アミュンにあげる、褒美である。


「なんだよ……それ」


一応、腐っても冒険者をしていただけあって勘はいいみたいね。

私が生み出した光球が、自身に2度目の死を齎す物だと本能的に察した様だ。


「ふふ。女神として……罪深き罪人に、死と言う安息を褒美として与えて上げるわ」


「ふ、ふざけんな!!この癖女神!そんなもんの為に、アタシは働いてたんじゃねぇ!!」


アミュンが憤怒の表情で此方を睨みつけて来る。


私嫌いなのよねぇ。

こういう分を弁えないムシケラって。

ただ尻尾さえ振ってれば願いを叶えてくれるなんて、考えが甘いのよ。


ほーんと、愚かすぎて愉快だわ。


だから――


「その暴言も赦すわ。だって、貴方はもう死ぬんだもの」


私って、なーんて寛大なのかしら。


「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!」


怒りやショックのあまりだろうか?

言語能力が退化したかの様に、口の端から泡を飛ばして、アミュンが同じ言葉だけを繰り返し叫ぶ。

その哀れなムシケラの姿に、さっきセイヤ達に振られて下がり気味だった私のテンションが上がる。


楽しませてくれているぶん、褒美を追加して上げよう。


ついついそんな仏心が、私の中で芽吹く。

まあ私は仏じゃなくって、女神なんだけどね。


「ふふふ……いいわ。私も鬼じゃないから、貴方にチャンスをあげる」


「本当か!?」


私の言葉にアミュンが叫ぶのを止め、その目を輝かせる。

切り替わりの速さは、ぴか一ね。


「ええ。確かに貴方は色々と頑張ってくれたから……だ、か、ら、30秒だけ時間を上げるわ」


「は?30秒?何だよそれ?」


「何って?そんなの、『貴方が私から逃げる』時間に決まってるじゃないの?」


問答無用で始末する所を、30秒も待って上げるのだ。


それも只の時間ではない。

それは女神である、私の尊き時間。

それを30秒も上げるのだから、まさに極上の褒美と言えるだろう。


「何がチャンスだ!そんなもんの何処が――」


「30」


アミュンがまだ喚こうとするが、その言葉を力を込めたカウントで私は遮った。

時は金なり、なんて昔の言葉もあるからね。

いつまでもゴミに関わるつもりも無いので、さっさと進めさせて貰うわ。


「ぐっ……」


「29……早く逃げないと、折角上げたチャンスが無駄になっちゃうよわ。26……」


「ちくしょうがぁぁぁぁぁ!!」


アミュンが咆哮と共に駆け出す。

未来に向かって駆ける姿は、正に青春そのもの。

ねんてね。


「25……24……23……」


アミュンの姿が、見る間に小さくなっていく。

想像を超える逃げ足の速さである。

まさに生への執念が引き起こす、火事場の馬鹿力と言う奴だろう。


「22……21……20……」


……そろそろ、カウントするのにも飽きて来たわね。


ああ、いけないわ。

私は女神なんだから、ちゃんと自分の言葉には責任を持たないと。


「19……18……17……16……」


もうアミュンの姿は見えなくなっている。

まあ位置は把握してるけど。


「15――あ、手が滑っちゃったわ」


カウント15と同時に、私は右手の上に合った光球をアミュンに向かって投げつけた。


嘘はついていない。

単に手が滑っただけなのだから。

そう、これは事故なのだ。


「あらあら、私としたことが失敗しちゃったわねぇ」


光球は真っすぐに、逃げたアミュンを追尾する。

彼女の倍以上の速度で。


やがてそれは――


さようなら。

ムシケラさん。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「なっ!まだ30秒経ってねぇじゃねぇか!!」


背後から高速で迫る光球こうげきに気付き、私は声を上げる。

人を散々働かせておいて、いらなくなれば即始末。

しかも堂々と嘘までついて。


「あんな糞女の何処が女神だ!ふざけやがって!!」


何とか躱そうと走る方向を変えるが、それは寸分たがわず真っすぐに私を追ってくる。


「くそったれぇ!!」


直撃の瞬間、衝動的に私は前方に強く飛ぶ。

その行動に意味があるのかは分からない。

だが、それでも私は生き残るために自分の本能に従い足掻く。


「がぁぁっ!!」


光球が私の足に触れる。

瞬間、それは強烈なエネルギーを放って炸裂し、私の体は勢いよく弾き飛ばされた。


「げっ……がっ」


吹き飛ばされた私は、地面に強く叩きつけられた。

全身が焼ける様に痛い。

特に下半身を凄まじい激痛が襲う。


傷みを堪え、私はぼやける視界で下半身の状態を何とか確認する。


「ぐっ、ぅぅ……」


両足は完全に消滅していた。

股間の部分も、ほぼほぼ炭化状態だ。


これは死ぬ。

普通なら確実に。


だが、私は即死しなかった幸運に感謝する。


「こんな所でぇ……死ねるかよぉ……」


右手は骨が粉々になって動かない。

私は辛うじて動く左手で、胸元に潜ませておいた超高級回復アイテムエクス・ポーションを使用する。


これは以前、リリアから巻き上げた金で買っておいたものだ。

万一、何かあった際の保険として。


「くそ……回復しきやがらねぇ……」


傷みはある程度収まった。

右手も動く様になった。


――だが、下半身の状態は変わらず酷いままだ。


さっき飲んだポーションでは、どうやら命を繋ぐのがやっとだった様である。

しかしこの状態では、女神から貰った生命力の強い体である事を加味しても、そう長くは生きられないだろう。


「くそ……もっといい薬さえ手に入ってれば……」


私の能力なら、どんなマジックアイテムでも盗み放題だった。

それをしなかったのは、リリアやティアからの依頼でもない限り、余計な事をするなと糞女ンディアに釘を刺されていた為だ。

だからリリアの依頼で金を受け取り、それで回復アイテムを買うしかなかった。


こんな事なら、素直に言う事なんか聞くんじゃなかった……


「私は……死なねぇ!」


少なくとも……好き放題、やられっぱなしでは絶対に死ねない!


あの糞女!

あの女に、絶対に復讐してやる!!


勿論、それが現実的でない事は分かっていた。

だがそれでも私は誓う。

あの女――女神ンディアへの復讐を。


――まずは生き延びなければ。


「必ず……復讐して……やる……ぞ」


腸が煮えくり返りそうな怒りを胸に秘め、私は肉体を休眠状態へと変化させた。

この状態でなら、暫くは持つだろう。


「ただでは……死なない……絶対……絶対に……」


そして時を待つ。

復讐のチャンスが巡って来ると信じて。


――その時を。

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