第7話 赦し

「だから全てを綺麗さっぱり消して……私の再出発の門出を祝う、面白おかしい世界を作るのよ。いいでしょ」


狂ってる。

気に入らないから世界を滅ぼして、新しい世界を作ると楽し気に語る女神ンディアは。


ただの狂人なら大きな問題はない。


――だが恐るべき事に、この女にはそれを実行するだけの力が備わっている。


先程奴が放った力の波動。

それは俺にそう確信させるのに十分な程、とてつもない物だった。


「ふざけるなよ……」


確定していないのなら、フィーナが生きている可能性は0じゃない。

そう信じて気力を振り絞った途端、これだ。


――これ程の力を持つ強者ばけものが、わざわざ嘘を吐く必要はない。


此方の心を折って、本来の力を出せないようにする。

その可能性を信じて気力を振り絞って気持ちを立て直したが、圧倒的な程に力の差がある以上、奴がそんな真似をする必要性は皆無だ。


そう考えると、やはりフィーナは本当に死んでしまっていると考えるのが……


現実を再度突き付けられ、胸の奥がずきんと痛む。

気力がまた萎えそうになる。


……だめだ、しっかりしろ。


さっきは余りのショックに膝を屈してしまったが、世界を滅ぼすと宣言する様な化け物の前で、これ以上呆けている訳にはいかない。

俺はぐっと歯を食いしばり、自分の心を強く奮い立たせる。


「あらぁ、私は大まじめよぉ。ぜーんぶ綺麗さっぱり、リセットしちゃうわよ」


「そんな真似を、私達が許すとでも思っているのかい」


ドギァさんが殺気を込めて威嚇する。


圧倒的すぎる女神の力。

更にリリアまで敵に回ってしまっているのだ。

戦っても万に一つも勝機はないだろう。


――完全に無駄な足掻き。


それは彼女も分ってはいるだろう。

だがだからと言って、世界を害しようとする女神の暴挙を黙って見ていられる筈もない。


俺だってそうだ。

例えフィーナがもうこの世にはいなくとも、生まれ育って、これまで頑張って生きて来た世界が踏みにじられるのを、諦めて受け入れる等ありえない。


もしそんな事したら、それこそあの世で彼女に合わせる顔が無くなっちまう。

だから無駄だと分かっていても……


「許す……え?許さないって言ってるの?」


ドギァさんの言葉に、女神が不思議そうに一瞬首を傾げた後――


「ぶっ……ぶふふふふふ……許すって……人間如きが、神である私を許さないとか……あーっは、ひーっはっははふふうふふふ……ぶふぉっ」


口を馬鹿みたいに開けて大笑いしながら、自分の膝を叩きだす。

何がそんなに面白いのか、本当に意味不明な女だ。


「はー、全く……」


女神は数秒間そのまま笑ったかと思うと、急に笑いを止め、口元を嫌らしく歪めたニタニタした顔になる。


「いい、ゆるしってのはね……絶対者かみが哀れな人間ムシケラに気まぐれに施す物なのよ。あんたたち人間は赦しを施す側じゃないの。餌を待つ池の鯉みたいに、神からの赦しを口をパクパクさせながらおねだりする立場なの。そんな人間風情が神を許さないとか、本気で大爆笑しちゃったじゃない」


「傲慢ですね……」


女神の言いざまに、セイヤさんが眉根を顰める。

確かに彼女の言う通り、この女を一言で表するならば、それは傲慢の一言だ。

自分以外の存在を、完全にムシケラとしか見ていない。


「あらあら、知らなかったの?神ってのは皆、傲慢なのよぉ」


「おいおい、堂々と嘘ついてんじゃねーよ。俺の世界の神は、テメーみたいなふざけた事は絶対言わねぇぜ」


それまで黙っていたガートゥが口を開く。

そう言えば、彼女は異世界から召喚されている存在だったな。


ガートゥの世界の神――闘神は、自分に厳しい質実剛健な存在だと聞く。

目の前にいる女神とは、真逆と言っていいだろう。


チラリと、話に聞くガートゥの世界の神が救いに来てくれれば。

そんな考えが脳裏を過る。


だが話を聞く限り、その神は戦う事に特化した存在で、異世界に渡る術を持っていないそうだ。

だから、ガートゥを戻して救いを求めるという手段は残念ながら使えない。


「ああ、あの脳筋女ね。ふふ、まあ中には変わり種もいるわよ。どちらにせよ……この世界の神は私なの。ご愁、傷、さ、ま」


女神が目元を歪め、嫌らしく笑う。

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