第8話 真の聖女

「さて、それじゃあ話を戻しましょうか」


ドギァという女が余りにも馬鹿な事を言うから、思わず大爆笑してしまった。


エターナルと言い。

この女と言い。

本当に、人間と言うのは面白い生き物だ。

最後の最後まで笑かしてくれるのだから。


「さっきも言ったけど……貴方達には神のしもべとして、新世界で生きる権利を上げるわ。死ななくて済むのよ。良かったわね」


先程からの、アドル達の態度は不敬極まりない物だった。

だが私は寛大なので、一々細かい事を咎めたりはせず、彼らにちゃんと報酬をあげるつもりだ。


ま……私の上げたチャンスを掴むかは、本人達が決める事だけどね。


「さあ、女神である私に跪きなさい!そうすれば、貴方達を新世界の天使にしてあげる!!」


満面の笑みで両手と翼を広げ、なんとなく女神っぽく振る舞ってみた。

が、誰も跪こうとしない。


「あら。ひょっとして。まさかとは思うけど。貴方達全員、この世界と運命を共にするつもりなの?」


ちょっと予想外である。

まさか誰一人動かないとは。


「この世界を好きにはさせない」


「誰が跪くものか」


「あんたの手下なんて真っ平ごめんだよ」


「冗談じゃないべ」


アドル、レア、ドギァ。

それにテッラが私の条件を蹴るだろう事は予想出来ていた。

フィーナの事もあるし、正義大好きっ子っぽい優等生ちゃんだったもの。

自分の命をかけてでも戦おうとするのはおかしくはない。


だが――


「ベヒンモス。貴方、女神である私に従わないつもりかしら」


「ぐぉう!」


ベヒーモスに声を掛けたら、まさかの威嚇が返って来た。

女神である私が態々声をかけてやったと言うのに、獣の分際でふざけた真似をしてくれる。


「どうも、完全に飼いならされてるみたいね」


まあそんなに死にたいと言うのなら、飼い主もろともあの世に送ってあげるとしましょうか。


ああ、きっとこう言うのを犬死って言うのよね。

ベヒーモスも犬も、似た様な物だしピッタリの言葉だわ。


「ガートゥとか言ったわね?貴方はこの世界の生き物じゃないでしょ?まさか召喚者アドルに義理立てて、死ぬつもりかしら?」


アイテムによる召喚は、絶対の支配を齎す物ではない。

そのため、この雌ゴブリンが自分の意思で戦いを拒否する事も出来る。


「俺は勇者だからな」


「は?」


返ってきた言葉の意味が分からず、私は思わずポカーンとしてしまう。

意思疎通が成立するタイプの魔物だったはずだけど?


「死を恐れる事無く、邪悪な者と戦う。それが勇者だ」


私が邪悪?

何言ってんのかしら、この間抜けは。


「まさか……女神である私が邪悪だとでも言いたいのかしら?」


「ふん。気に入らないから世界を潰すなんて、どう考えても邪悪な奴の考えだろうが」


「神にはその権利があるの。だから、私は邪悪なんかじゃないわよ」


「はっ、そうかよ。まあ何にせよ、ダチ共がこの世界を守るために命を懸けるってんなら……俺も勇者として、そいつらのために命を懸けるまでだ」


やれやれ。

知能はあっても所詮は魔物。

話しかけるだけ時間の無駄だった様だ。


まあいいわ。

それじゃ、最後は大本命さんに何故跪かなかったのかを聞くとしましょうか


「セイヤ。貴方は女神に使える聖女でしょ?どうして跪かないのかしら?まさかまだ、私が女神じゃないって思っているんじゃないでしょうね?」


セイヤが跪かない理由は、恐らく私の存在を疑っているからだと思われる。

けど、女神のオーラと圧倒的な力を見せて上げたにもかかわらずまだ疑うなんて、とんでもなく疑い深い子よねぇ。


「私が目指すのは、真の聖女」


「あらあら、信心深い良い心掛けよ」


聖女とは神に使える乙女を指す。

そして真の聖女を目指すと言う事は、神に選ばれた存在を目指すと言う事に他ならない。


なら、疑っているセイヤに私を女神だと認めさせればいい。

そうすれば、自然とその頭を垂れる事だろう。


「うふふ。信心深い貴方には、女神の偉大な力を見せてあげるわ。そうすれば貴方も、私が女神と納得出来るでしょ」


さて、どういう奇跡を起こそうかしら。

誰かを殺して生き返らせる辺りが、一番手っ取り早いかしらね。


死からの蘇生ってベタだけど、普通じゃ絶対に出来ない事だし、デモンストレーションとしては効果抜群のはず。


ああでも、そういやセイヤ達は【生命力Lv2スキル】の効果で一度は自力で生き返れるんだったわね。

それに以前の龍玉での蘇生の件もあるし。


そう考えるとインパクトは少し薄い……か。


ふむ、困ったわね。

どうしたらいいかしら?


パッと名案が思い浮かばず、考えるのが急激に面倒くさくなって来た。


――正直な所、面倒くさい思いをしてまでセイヤを跪かせる意味はない。


正直、居てもいなくても、私の作る新しい世界に影響のない存在である。

それでもセイヤをこちら側に付かせたいのは……


その方が面白そうだと思ったからだ。


私の作ったリリアだけじゃなく、生身の人間も裏切った方が絶対面白いでしょ?


「残念ながら、その必要はありません」


私がどういった力を見せようかと悩んでいると、セイヤがそれを不要だと口にする。


「貴方が女神かどうかなど、正直関係ない事です」


「あら?どうしてかしら?貴方、真の聖女になりたいんでしょ?だったら――」


真の聖女になりたいなら、私が女神であるかどうかは重要な筈だ。

なのに証明を不要と断ずる意味が分からない。


「私の目指す真の聖女は、神によって与えられるただの肩書ではありません。自らの行いで人々を導き、その賛美を受ける者。それが私の目指す真なる聖女です」


「はぁ?」


自らの行いで人々を導く?

何言ってるのかしら?


聖女とは肩書以外何物でもない。

神に選ばれ、その意図を体現するだけがその仕事である。


セイヤの意味不明な持論に、私とした事が思わず『ん?』となってしまった。


聖女で有ろうとしている時点で、少々頭がおかしい事は分かってはいたけど……まさかここまで頭の中がお花畑とはねぇ。


あ、いい事思いついた。

特大の神の奇跡をみせて上げましょう。

そうすれば――


「行いで聖女ねぇ……でも、貴方男でしょ?」


「……」


私の言葉に、その場にいた人間達がギョッとした表情になる。

まあ周囲はセイヤを女と思い込んでいたみたいだから、驚くのも当然だわね。


「男が聖女。しかも真の聖女だなんて、どう考えてもおかしいわよねぇ。だ・か・ら……私に従うなら、貴方を女にしてあげるわ。どうかしら?」


性別の完全変更。

それは正に神の御業

女になれるのなら、きっとセイヤも千切れんばかりに尻尾を振って――


「不要です」


「は?」


絶対に食いつくと思っていたのだが、バッサリと断られてしまう。

流石に、私もこれには唖然とする。


「真なる聖女に、性別など関係ありません」


あ、凄いわこいつ。

こんなにハッキリ言い切るなんて。

ある意味、エターナルに匹敵するレベルよ。


もはや此処まで突き抜けていると、逆にあっぱれね。


「ふぅ……せっかく色々気を利かせて上げようとしたのに、私に従う気はないみたいね」


「当然です。私はこの世界で唯一無二の聖女になる。それを邪魔するのであれば、例え貴方が女神であろうと戦うまで」


そう言い切ると、セイヤが私に向かって拳を構えた。


……まあそんなにこの世界と共に滅びたいなら、女神としてその願いをかなえてあげるとしましょう。

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