第5話 恐らく

「は……ははは……なんだよそれ……」


「マスター!」


マスターの体がふらついて、崩れ落ちる様に片膝を付いて屈みこんだ

その姿に私は思わず駆けだす。


――騙していた相手に駆けよられたって、きっと不快なだけだ。


重々承知している。

けど、それでも勝手に体が動いてしまう。


だが――


「待ちな!」


それをドギァによって遮られる。


彼女の能力は決して高くはない。

パーティーの中では、下から2番目だ。

だが大規模パーティーのリーダーを務めていただけあって、その判断力と決断力には優れている。


だからドギァは迷う事なく、私を敵と判断した。

私が彼女の立場でも、きっと同じ様に動いただろう。


「……」


「アドル!レア!しっかりしな!!」


マスターだけではなく、ショックを受けていたのはレアも同じだ。

彼女は二本の剣を持った両手をだらりと下げ、うつろな表情で私の方を見ていた。


ドギァは私やンディアからは視線を外さず、ショックを受けて放心している二人に檄を飛ばす。


私が騙していた事やフィーナの死は、ドギァにとってもショックだったろう。

だが彼女は狼狽えない。


――ドギァはかつて女神の天秤が壊滅した際、ダンジョン攻略による仲間の復活を諦めている。


だが、それは決して心の弱さから来た物ではない。

諦めたのは合理的な判断による物で、彼女は寧ろ強い精神の持ち主だ。

今まで一緒に行動して来た事で、私にはそれが良く分かっている。


「リリアが今まで私達を騙してたってんなら、今度も私達を騙してるだけさ!」


疑い自体、合理的ではある。

一度騙した者が、もう一度騙していると考えるのは。


だが状況的に考えて、それはごくごく薄い、只の希望的観測でしかない事は一目瞭然だった。


きっと普段なら、そう指摘していただろう。

だが、私はドギァの言葉に余計な口を挟まない。

ショックに打ちひしがれたままでは、ンディアとは戦えないからだ。


ここからが本当の闘い。

だから例え虚構であっても、マスター達には立ち直って貰わなければ。


「ショックを受けるのは、キッチリ確認してからにしな!」


「……ドギァの、言う通りだな」


ドギァの檄に、レアの瞳に光が戻る。

僅かな希望に道を見出そうと、彼女は両手にそれぞれ持つ剣を力強く構えた。


「……」


だがマスターは反応しない。

これは別に彼の心が弱い訳だからではない。


マスターは私の事を、強く信頼してくれていた。

だから騙されたと知ってもなお、私の言葉を本能的に信頼してしまっているのだ。

そんな状態の彼に希望を見出させるには、ドギァの示した言葉だけでは余りにも弱いと言わざるを得ない。


だが、このままでは困る。

そう思い、私はテッラの方へとチラリと視線を送った。


――私の言葉を無条件で信じるというのなら、そこに破綻がある事を示す。


そう、フィーナが生きているかもと思えるだけの、根拠を用意すればいいのだ。

マスターは強い人だから、それできっと持ち直してくれる筈である。


テッラが私の視線に気づき、黙って頷く。

通じた様だ。


私が先程彼女に耳打ちした際、テッラには4つの事を頼んでいる。


一つは、偽の邪神が落とした例の鉱石――邪神鋼でマスター用の剣を作る事。


二つ目は、その金属で針を作る事。


この二つは、対女神戦に必須となる必勝の鍵のだ。


そして最後は――テッラが絶対に生き残る事である。


女神ンディアは強い。

腐っても神である以上、通常の生物ではまるで太刀打ちできない程の力を持っている。

残念ながら、今の私達では万に一つ勝ち目はないだろう。


だから……今回は逃げる。


もちろん、女神相手に逃亡する事など不可能に近い行動だ。

彼女はオモチャを簡単に逃がす様な、甘い性格をしてはいないのだから。


――だが、チャンスはあった。


女神ンディアは傲慢で残忍。

そして人が争い、傷つき苦しむ姿を楽しむ嗜虐思考を持っている。


きっとあの女は自分で手を下すのではなく、皇帝やティアにその役目をやらせるだろう。

何故なら、ティアはともかく、皇帝もまた彼女にとっては愉快なオモチャなのだから。


男の子に兵隊人形のおもちゃを二つ渡せば、人形同士で戦わせて遊ぶ。

それと同じ様な物だと思って貰えばいい。


そしてそれを利用して、私はマスター達を逃がすつもりだ。


その際、きっと死者が出る事になるだろう。

いや、死者には出て貰わなければ困る。

そうでなければ、逃げても直ぐに追い詰められるだけだからだ。


見逃して貰うには、あの女が満足できるだけのダメージを此方が受けなければならない。


――それには、


私以外にも、仲間達の中から何人かには死んで貰う必要がある。

マスターの幸運を強化する意味も含めて。


だがその中に、テッラが入るのだけは避けなければならなかった。

何故なら、彼女にはと言う大事な仕事があるからだ。


だからテッラには、絶対に死なないよう念押ししてある。

危険と感じたら、何があっても自分の命を守る事を最優先にしろ、と。


仲間の命を選別する。

それは最低な行為だろう。


だがそれでも、マスターの命を守る為ならば私は……


そして、テッラに頼んだ4つ目だが。

それは――


「アドル!リリアはフィーナが死んだ事を‟恐らく”って言ったべ!リリア自身が確認できていないからそう言ったんだべ!なら、まだ生きてる希望はあるべ!」


――私が言葉に‟恐らく”と挟んだなら、その事をマスター達に伝える事だ。


性格の悪いンディアが、私の口から真実を言わせるのは分かり切っていた。

だから意図的に挟んだのだ。

確定していない事を、仄めかす言葉として‟恐らく”という単語を。


それは女神の命令に逆らう行為なのではないのか?


フィーナは間違いなく、ンディアによって魂を消滅されているだろう。

その確信はある。

だが、実際私自身がそれをしっかりと確認した訳ではなかった。


そして私が確認できていない以上、恐らくと言う推測を言葉に挟む行為は、決して真実を話せと言う命令に逆らう行為にはならない。


「……」


テッラの言葉にマスターの顔が上がり、此方へと視線を向ける。

私はそれを正面から真っすぐに見つめ返し、口を開いた。


「確かに恐らくとは言いましたが、まさか本当に生きているとでも?」


「確認しては……いないいんだな?」


マスターの縋る様な問いに、胸が痛む。

間違いなく死んでいると確信を持っている以上、これはマスターを騙す行為でしかない。

だから、マスターの目を見て話すのが辛かった。


「ええ。貴方方とずっと一緒に行動していましたから」


だが、それでもこれは必要な事なのだ。

マスターに気力を取り戻してもらうために。


だから……


「私に確認する暇なんてありませんよ」


そう彼に答えた。

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