第3話 覚悟

「その目……私の言う事、ちっとも信じてないって目ねぇ。全く、しょうがない子達だわ」


まるで躾のなっていない犬を見る様な目で俺達を見つめ、女神が軽く首を竦める。


「当然だろ。この世界が女神と邪神の戯れの場何て言われて、誰が信じるってんだい?ええ、女神ンディアさんよ」


ドギァさんとレアが、剣を抜いて構える。

余りにもその異常な言動から、女神ンディアを完全に敵と判断した様だ。

その対応の速さは、一流の冒険者として戦って来た彼女達ならではの物だろう。


「いや……ひょっとしてあんたこそが、本当の邪神じゃないのかい?」


ドギァさんの口から出た疑問。

それは衝撃的な言葉だった。


此処は邪神の封印されていた場所だ。

そして先程の邪神が偽物だというのなら、この目の前の女神こそ真のグヴェルではないのか?


ダンジョンにいた邪神の影も、あれ程しぶとかったのだ。

本体だってきっとそうに違いない。

そう考えるとしっくりくる。


――そう、まだ邪神グヴェルとの戦いは終わっていないのだ。


「悪魔は人を惑わすと言うが……いつまでフィーナの姿をしているつもりだ!真の姿を表せ!!」


レアが剣の切っ先を女神――いや、グヴェルに向け吠えた。


かつてフィーナは、奴の影によって殺されている。

蘇生させたとは言え、その本体が彼女の姿形を真似るのが我慢できないのだろう。

それは俺も同じ気持ちだ。


「皆!あいつは邪神だ!戦うぞ!!」


そう宣言して、俺はアドラーを手に取り構えた。

それに従い、ガートゥとテッラも戦闘態勢に入る。


が――


「……」


リリアとセイヤさんは顔を顰めたままで、動かない。

エターナルとティア達にも動く気配はなかった。


セイヤさんは分かる。

彼女は女神を奉じる教会の聖女だ。

先程のとんでも話を聞かされた後だとしても、気軽に相手を邪神と定めての敵対行動はとれないのだろう。


皇帝達に関しても、俺の言う事など素直に聞く訳もないからな。


だが、リリアが動かないのは……


『リリアを生み出したのはフィーナじゃなく、このわ、た、し、なのよ』


そんな言葉が、俺の頭を過る。

まさか、本当に事実なのだろうか?


いや、そんなはずはない。


アイツは女神でも何でもない、邪神だ。

ずっと俺達を支えて来てくれたリリアが、その邪神の創造物で有る訳がない。


「アドルさん。彼女から感じる女神の波動は本物です」


セイヤさんがそう言う。

聖女である彼女の感覚を疑う訳ではないが――


「邪神なら、それぐらい真似できる筈です!」


そう、邪神ならばそれ位誤魔化す事が出来てもおかしくはない。

仮にも神の名を冠する存在なのだから。


「そう……ですね。普通なら確かに考えられませんが、邪神ならば……そう考えた方が自然ですね」


俺の言葉に納得したのか、セイヤさんも少し迷ってから拳を構えた。


「何をしているんだリリア!戦闘だぞ!!」


俺は動こうとしないリリアに、強めに言葉をかけた。

だがそれでも、やはり彼女は動かない。


……本当に、いったいどうしたっていうんだ?


「あらあらぁ?私が邪神?そんな言いがかりを付けられなんてぇ……」


フィーナの姿に化けているグヴェルは、半笑いの顔で首を傾げる。

まだ惚けるつもりの様だ。


「困ったわねぇ。そうだわリリア、あなたの口からハッキリ言ってくれないかしら?私がグヴェルじゃないって事。それに私が、貴方にどんな使命を与えていたかを」


「……」


「ダンマリはダメよぉ。いい、リリア……これは女神そうぞうしゅとしての命令よ」


女神ンディアの瞳が、怪しく紫色に光る。

その光に怯えるかの様に、リリアが一歩引きさがった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


――女神ンディア創造主からの直接命令。


私はそれを、何とか跳ね退けようと試みるが……


「くぅ……」


想像以上の重圧に、思わず口から苦悶の声を漏らしてしまう。

分かってはいた事だが、やはり女神からの命令を無視する事は出来ない様だ。


……やっぱり、条件を満たさない限り逆らう事は出来そうにないわね。


造り物である私は、創造主の命令には逆らえない。

当然、戦いを仕掛ける事もだ。


だが、そんな状態を打破する方法が一つだけあった。

創造主であるンディアと戦う方法が。


――そう、女神の命令に背く事無く。


「リリアに何をした!!」


苦しむ私を見て、マスターが怒気を含んだ声で女神ンディアへと叫ぶ。


彼が心配してくれているのが、純粋にうれしかった。

だがそれだけに、自らの真実を告げなければならない事が心に重くのしかかる。


このまま女神ンディアを邪神と決めつけ、そのまま討伐出来ればどれ程素晴らしい事だろうか。

そんな図々しい気持ちが沸き上がって来てしまう。


……本当に、自分が情けなくて泣けてくるわ。


「ふふふ、慌てないで。ちょっと命令しただけよぉ。母として……ね」


女神ンディアが、嫌らしい笑顔を私に向けて来る。

性格の悪さが良く出ている、不快な表情だ。


でも……結局、私もそれほど大差はないか。


これからしようとしている事。

それを考えれば、女神の性格をどうこう言えたものではない。

そう考えると、これはきっと同族嫌悪に近い感情なのだろうと思う。


「っ……」


私を蝕む強制力が、更に一段階強くなる。


……覚悟を決めるしかない。


どちらにせよ、条件が満たされていない現状では逆らう事など出来ないのだ。

ならば無駄に抵抗して余計なダメージを受けるのは、選択肢としては余りにも愚か。


「ふぅ……」


命令に従うと決めた途端、体にかかっていた負荷が消える。

私は軽く一息ついてから、自らの口で……


「マスター……私を見生み出したのは、フィーナじゃありません。そこにいる女神ンディアです。そして彼女はグヴェルではなく、間違いなく女神と呼ばれる存在です」


「な……何を言ってるんだ、リリア?」


私の言葉に、マスターが驚いて目を見開く。

その表情に思わず、口をつぐみそうになってしまう。

だが私はそんな気持ちをぐっと抑え込み、自らの口で真実を伝える。


「私の使命は……マスター、貴方にグヴェルを倒させ、神々の遊興ゲームで女神ンディアに勝利をもたらす事でした」

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