第2話 戯言

「は……ははは、冗談ですよね?」


冷静に考えればあり得ない事だ。

慈愛の女神と呼ばれている存在が、人の魂を消滅さしてその体を奪うなんて。

そう、そもそも彼女が上げた三つの理由も、冷静に考えればあり得ない滅茶苦茶な物である。


驚かせる?

体が気に入った?

面白そう?


女神がそんな理由で、人の体を本気で奪ったりするはずがない。

少々悪趣味ではあるが、これは冗談に決まっている。


「あらあら、ちゃんと現実は受け止めないと。ねぇ、そうでしょ。リリア」


女神が意味深気にリリアの名を口にする。

俺はその言葉につられ、彼女へと視線を向けた。


「自分の口から直接、貴方のマスターに教えて上げなさい。自分が何者で……私がどんな女神かをね」


リリアが何者か。

そう意味ありげに、女神ンディアが口にする。


彼女は女神と、何らかの関係があるというのだろうか?


いや、そんな訳がない。

リリアはフィーナが生み出した聖少女人形だ。


そんな彼女が、女神との係わりなどある筈が……


「……」


リリアは何も答えず、黙って女神を睨みつける。

普段の彼女なら、きっと何か憎らし気に言い返していた筈だ。


……まさか本当に、女神と関係があるのだろうか?


いや、それはないはずだ。

確かにリリアには、不可解な部分が多い。

だが常に俺と一緒に行動していた彼女が、どうやって女神と接触出来たというのか?


「あら、自分じゃ言いにくいかしら?しょうがないわねぇ。だったら……ふふ、私から教えてあげるわ。いい、よく聞きなさい……」


女神が言葉を一旦区切り、そして楽し気に舌なめずりする。

その姿からは、慈愛の欠片も見当たらない。

女神所か、まるで悪女の様だ。


「リリアを生み出したのはフィーナじゃなく、このわ、た、し、なのよ」


「――っ!?」


「驚いたかしらぁ?ふふふ、驚いたわよねぇ。この子はグヴェルとのゲームに勝つために、貴方用に用意したお人形さんだったのよ。そう、私が生み出したの!」


「そんな訳がない!聖少女であるリリアは、フィーナが作ったものだ!戯言を抜かすな!!」


聖女の言葉に、それまで黙していたレアが吠える。

その顔は、犬歯をむき出しにして、今にも女神に飛び掛かろうと言わんばかりの表情だった。

フィーナの魂を破壊したと吹聴しているのだから、その怒りは当然の物だ。


「アドル!こいつは信用できない!それに【神眼】でもこの女は不明と出てる!こいつはフィーナの姿を模しているだけだ!彼女はきっと生きている!!」


レアの言う通りだ。

こんな胡散臭い奴の言葉など、信じるに値しない。


「同感だね。どうも胡散臭くてならない。セイヤ、こいつは本当に女神様なのかい?」


「それは……先ほども言いましたが、間違いなく彼女は女神ンディア様です。残念ながら……」


ドギァさんの問いに、セイヤが顔を顰めながらも答えた。

女神で間違いない、と。


「ちっ……こんな不快な戯言を並べる奴が、慈愛の女神だってのか……」


「あらあら、神を疑うなんて不敬ねぇ。でも、私は寛大だから許してあげるわ。何せ……貴方達のお陰で、グヴェルとのゲームを制する事が出来たんですもの」


「グヴェルとの……ゲーム」


さっきも同じような事を、女神は言っていた。

ゲームとは一体何の事だ?


「そう、神々の戯れゲームよ。実はこの世界はね……グヴェルの作った物なの。正確には、彼が改造した世界なんだけどね」


「……この世界を、グヴェルが生み出した?」


「それは流石に、聞き捨てなりませんね。それでは私達を生み出したのは、邪神だとおっしゃられるのですか?」


セイヤが厳しい表情で一歩前に出た。


この世界を創成したのは、女神ンディアだと言われている。

だから教会は母なる女神を信仰しているのだ。

だがもし、女神の言う通りこの世界がグヴェルに作られた物だとしたら、その根幹自体が揺らぐ事になるだろう。


「それはグヴェルが考えた設定よ。そう、ただの設定。この世界の創造主はグヴェル……つまり貴方達は、何もしてないあたしを一生懸命拝んでたって訳よ。くくく、傑作よねぇ」


女神が小馬鹿にした様に笑う。


「で、この世界はグヴェルが用意したオモチャ箱なの。私と彼のゲームの内容は、彼が用意した邪神――つまり、さっき貴方達が倒した偽のグヴェルね。それを人類がそれ倒せるかどうか、賭けてたのよ」


俺達が倒したグヴェルは偽物で、しかもこの世界を作ったのは本物のグヴェル。

そして女神ンディアはこの世界を舞台に、そのグヴェルと賭けゲームをしていた。


「……」


目の前の女神の話す内容は、俺には到底理解できない物だった。


だがこれだけは言える。


やはりこの女神は、信用に値しないと。

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