第1話 体

「なんだ!?」


強烈な閃光が、急に頭上から降り注いだ。

俺は頭上を見上げ、目を細める。


――遥か頭上で輝く球体。


それが光の正体だった。

それはゆっくりと、此方に向かって下降して来ている様に見える。


その不明な光に、俺は身構えた。

シャドーがかなりしつこかった事を考えると、グヴェルもまだ死んでいないのかもしれないと考えたからだ。


だが――


「この感覚……あの光から、女神様の波動を感じます」


眩し気に頭上の光を見つめ、セイヤがそう呟いた。

どうやら頭上の光は女神、もしくはそれに準ずる物の様だ。

聖女である彼女が言うのだから間違いないだろう。

俺は警戒を解く。


まあそもそもあれがグヴェルなら、真っ先にリリアが忠告してるよな……


そう思い、視線を落として彼女の方を見る。

が、さっきまでいた場所には居なかった。

俺は辺りを見回して、彼女の姿を探す。


「ん?」


いつのまにやら、リリアはテッラの傍に移動していた。

なにやら耳打ちしている様に見える。

何を話しているのか少し気にはなったが、態々周りに聞かれない様にしているのだから、見なかった事にしておく。


何か考えがあっての事だろうしな。


やがてその強い光は、俺達の前方へと着地する。

そしてその輝きがゆっくりと陰り、女性のシルエットへと変わっていった。


「――っ!?」


その姿を見て、俺は思わず息を飲み込む。

驚いたのは俺だけじゃない。

レアやドギァさんも目を見開いていた。


「フィーナ……」


光の中から現れた女性。

それが純白のドレスを身に纏ったフィーナだったからだ。


なんでフィーナがここに?


その唐突、かつ派手な登場に俺の頭は混乱してしまう。

全く意味が分からない。


何故?

どうして?


という疑問が、頭の中でグルグルと渦を巻く。

そんな俺に、フィーナが笑顔で声をかけて来る。


「アドル。きっとあなたなら邪神を倒してくれるって……私、信じてたわ」


「あ、ああ……」


半分放心状態だった俺は、頭が働かず間抜けな返事を返した。

そんな俺に、フィーナが笑顔で近づいて来る。


――違和感。


フィーナの顔は確かに笑っている。

だがその瞳の奥からは、何か得体のしれない不気味な輝きが垣間見えた。


それに気づいた途端俺の背筋に悪寒が走り、咄嗟にその場を飛び退く。


「あら?どうして逃げるの?邪神を倒したら、私に聞いて欲しい事があったんじゃないの?」


フィーナの口元が歪む。

口元だけじゃない。

顔全体が、先ほどの笑顔からは想像できない程、嫌らしい表情へと変わっていく。


まるでリリア。

いや、リリアでもここまで酷い顔はしないだろう。


それ程までに酷い。

不快な笑顔。


「お前……本当にフィーナなのか?」


フィーナの顔にぎょっとし、固まって動けない俺に変わって、レアが彼女にそう問いかけた。

彼女も俺同様に違和感を感じている様だ。


まあそうだよな。

明らかに、今のフィーナは異常だ。


「あら、いやだわ。どこからどう見ても……フィーナのでしょ?これ」


そう言うと、彼女はスカートの端を両手で摘まみクルリと一回転して見せる。


なんだ?体?

今、フィーナの‟体”と言ったのか?


誰かと問われて、体と答えるのは明らかに返答としておかしい。


それに‟これ”って……


まるで物を指し示す様な、そんな口ぶりだ。

ますます意味が分からない。


「アドルさん。彼女からは……変わらず女神様の波動が感じられます」


セイヤさんが眉をしかめながら、俺にそう告げる。


何故フィーナからそんな物が?

そう言えば、セイヤさんは最初っから女神の波動を感じると言っていたな。


「あらあら。そんな大ヒント、与えちゃダメじゃない」


ヒント?

女神の波動がヒント?


ますます頭がこんがらがる。

考えれば考えるほど、意味が不明だ。


答えを求める様に、俺はリリアの方を見た。

だが彼女は辛そうな表情で、俺から目をそらしてしまう。

こんなリリアの表情と態度は初めてだ。


嫌な予感がしてならない。

一体、フィーナに何が起きているというのか?


「女神に体を乗っ取られている……という事か」


レアがフィーナを睨みつけ、とんでもない事を口にする。


他人の体であるかの様な発言。

そして女神の波動。


確かにその二つを繋ぎ合わせれば、そういう答えが導き出されるのは分からなくもない。

だが現実問題、女神がフィーナの体を乗っ取る意味などないはずだ。


そもそも、彼女は塔の中で女神と思しき姿をしていた。

俺達が戦っている間にフィーナの体を乗っ取り、ここまでやって来ただなどと、流石にそれは荒唐無稽にも程がある。


「ふふふ、正解よ。流石は戦姫なんて呼ばれるだけあるわぁ」


だがそんな俺の考えを否定するかの様に、フィーナ自身が楽し気にそれを肯定する。

荒唐無稽に思えたレアの言葉だったが、どうやら正解だった様だ。


俺の肩から力が抜け、さっきまでの焦りが綺麗さっぱり胡散する。


どういう状態かは正確には分からない。

だががまあ、女神が憑依しているだけというならフィーナに害はないだろう。


「それに比べて……愛しの彼女が乗っ取られてるのに気づけないなんて、白馬の王子様失格よ」


俺の方を見て、フィーナ――いや、女神ンディアが嫌らしく笑う。

とても女神とは思えない表情だ。


「あの……なんで女神様がフィーナの体を?何か理由があるんですか?」


「ふふ、理由は3つ程あるわね」


女神は楽し気に人差し指から薬指までの3本の指を立て、その手を俺へと伸ばす。


「3つ?」


「そ、3つ。一つは貴方達を驚かす為よ」


女神はそう言いながら、立てていた薬指を折った。


まったくふざけた理由である。

そんな馬鹿げた理由で体を勝手に動かされては、フィーナもたまった物じゃないだろう。


いや、勝手じゃなくちゃんとオーケーを貰ってるのか?

彼女は一応聖女候補だったし、女神に請われればきっと嫌とは言えなかったに違いない。


「2つ目は、この体が気に入ったから」


女神は次に中指を折る。


気に入った?


まあ聖女候補だった訳だし、女神とは相性がいいのだろう。

普通に考えて、全然関係ない一般人に憑依する方がおかしいだろうし。


「そして3つ目は……面白そうだったから、よ」


最後に彼女は人差し指を折り、それからグーの形になった手をパッと開く。


「面白そう?」


俺は眉をしかめる。

3つ目の理由と、一つ目の理由に違いが分からない。


「驚かすと事と、どう違うんです?」


「驚かすより、もーっと面白いって事よ。人が絶望するのって」


俺の問いに、女神がニタっと口元を歪ませ答える。


「は?絶望?」


絶望。

その不吉な言葉に、俺は再び不穏な物を感じ出す。


なんだろう。

凄く……

凄く嫌な予感がしてならない。


なぜこんなに不安になるのか?

相手は慈愛の女神だというのに。


「良い事を教えてあげるわ。いくら女神でも、意識のある体を乗っ取るのは無理なのよ。だから、この体を使うにあたって……どうしたと思う?」


「は?え?ね、眠らせた。とかですか?」


「ぶっぶー。はーっずれー。正解は――」


女神が動かすフィーナの背中から、純白の翼が飛び出す。

それは幻想的な程に美しい物だった。


彼女の体がふわりと宙に浮き。

そして、これまで以上に邪悪な笑顔を浮かべた女神は、楽し気にこう告げる。


「彼女の魂を破壊して奪ったのよ」


と。

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