第18話 笑顔

建物の窓から中庭を覗くと、外では戦闘が行われていた。

勿論本格的な物ではなく、軽い手合わせだ。


「げっ!?」


「ぐわっ!」


「つぅ……」


4人の男性が瞬く間にのされ、その前でドギァが腕を組んで不敵に笑う。

彼女に倒されたのは、この前蘇生させたばかりの女神の天秤のメンバー達だった。


4対1と言う形のハンデバトル。

勿論ドギァの方が1である。


「ったく……たった1年とちょっとでどうやったらここまで強くなれるんだよ」


「聖女に散々鍛えられたからね」


ドギァのレベルは、女神の天秤のリーダーを務めていた頃とは比べ物にならない程上がっている。

彼女は救世の剣セイバーの中では最弱だったが、それでもかつての仲間相手に無双位出来る強さは持ち合わせていた。


――もはやその他有象無象と、私達とでは強さの次元が違う。


「へー、あの聖女さんにねぇ……ところで、彼女ってフリーなのか?」


「セイヤを口説こうってんなら諦めな。彼女は生粋の聖女様だからね」


「分かってねぇな、ドギァは。そういうお堅いのを落とすのがいいんじゃねぇか」


聞くに堪えない下らない話である。

そもそも、男がセイヤを口説いて一体どうするというのか?


「噂をすればなんとやら」


セイヤが門を抜け、此方に向かって来るのが見えた。

そして中庭にいるメンバーに軽く挨拶してから、二階にいる私の元へとやって来る。

此処に来たのは、出していた指示の進展を伝える為だろう。


「返事はきましたか?」


「ええ、此方の指定に合わせるとの事です」


そう答えたセイヤの声は、少し不服そうだ。

私が出した指示は、邪神討伐の為の援軍の要請だった。


――エターナル帝国皇帝に向けての。


女神の塔の祝福を受ければ、私達だけで邪神を倒す事は可能だ。

借りなくてもいい力を借りれば、邪神討伐によって得られる名声が分散する事になる。

至高の聖女として歴史に名を残そうとしているセイヤが嫌がるのも、まあ無理はないだろう。


だがこれは女神ンディアの直接の指示だ。

より確実に邪神討伐ゲームクリアする為の。


不満はあっても従って貰うしかない。


「確実に勝つため何で、我慢してください」


「分かっています。万一の事を考えれば、当然の措置ですから」


「ええ。ですので、盛大に皇帝達をこき使ってやるとしましょう」


最終的に敵対するのが間違いない以上、此方の消耗を押さえ、その上で彼らには疲弊して貰わなければならない。

皇帝は無駄にプライドが高くせに知能は低そうだったので、少し煽ってやれば簡単に出来るだろう。


「所で……アドルさんが見えませんが。フィーナさんと一緒なんですか?」


「……何か問題でも?」


今マスターはフィーナと買い物に出かけていた。

その間、私はお留守番だ。


……胸糞悪い。


「フィーナさんとは何度か面識があるんですが……彼女、何者です?」


セイヤは真っすぐに此方を見て聞いてくる。

その顔は真剣だった。

どうやら、何か勘づいている様だ。


「彼女ですか?」


女神の力の隠ぺいや演技は完璧なものだった。

そう面識の多くないセイヤが、違和感を感じるはずは無い。

唯一考えられるとすれば、それは最初にあの女がやらかしたミスだ。


きっとそれでセイヤは異常に勘づいたのだろう。


まあもっとも、アレはわざとやった臭いが。

気づいた人間をただ混乱させるためだけに――要は愉快犯という奴だ。

何せあの女は性根が腐っているから。


「彼女は聖女に選ばれなかった可哀そうな落後者で、この私を生み出した偉業だけを誇りに生きていく残念な女性ですよ?それがどうかしましたか?」


質問に関しては、とぼけた回答を返しておく。

私には真実を話す事が出来ないので。


「そうですか……まあ邪神討伐には関係なさそうなので、これ以上余計な事を伺うのは止めておきましょう」


「仕事がありますのでこれで」そう言って去ろうとするセイヤに、私は「待ってください」と声をかけた。

ちょっとした質問をする為だ。


「一つ貴方に質問があるんですが、女神を心から信奉していますか?」


「ええ、勿論です」


私の質問に、眩いばかりの100点満点の笑顔で彼女は答えた。

それを見て確信する。

セイヤは女神の事などたいして敬っていない事に。


理由は単純明快。

笑顔が綺麗すぎるからだ。


人間の自然な表情には、大なり小なり歪みが生まれる物。

だがセイヤの笑顔は、完成された完璧な物だった。

きっと何度も何度も鏡の前で練習して会得したのだろう。


――人に見せる為の偽りの笑顔を。


心の底から湧き出る感情なら、作り笑顔で誤魔化す必要は無いですからねぇ。

以前聖女の質問をした時は、凄く自然な笑顔でしたし。


「では、私はこれで」


用が無いのならばと言った感じに、セイヤは足早に去っていく。

正直なところ、彼の同行はこの先の不安材料の一つだった。

だがこの様子なら――絶対とまでは言わないまでも、恐らくは大丈夫だろう。


まあ仮に全てが上手く行ったとして、それでもマスターを守れる可能性は限りなく0に近いのだが……


だが足掻こう。

最後の最後まで。

どんな犠牲を払おうとも、私の全てを賭けて。

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