第19話 戦力外

「おらぁ!」


巨漢のゴブリンが大剣を振るう。

その一撃を、長身の女性が右手の剣で受け止めた。

衝撃で足元が砕けて埋まる。


「はぁ!」


だがまるで何事も無かったかの様に、彼女は左手に持つ刺突剣をゴブリンの喉元目掛けて突き込んだ。

だが相手は巨体に似合わぬ軽やかな動きでバク転し、その一撃を躱して見せる。


白熱した両者の戦いは続く。

その凄まじい攻防を、周囲の人間はただ茫然と見つめていた。


「……すげぇな。あれでどっちも全く本気を出してないってんだから、もう完全に怪獣じゃねぇか」


ここは女神の天秤がホームとしている場所だ。

その訓練場で戦っているのは、ガートゥとレアだった。


二人はブーストも覚醒も使っていない為、全力の半分程度の力しか出していない事になる。

だがその状態ですら、蘇った女神の天秤のメンバーを唸らせるのには十分な力だった。


「アドルは、本気を出したあの二人より強いんだよな?ちょっと想像つかねぇんだけど」


二人の手合わせを眺めながら、女神の天秤のメンバーであるアインがそう口にする。

レアとガートゥの本気ですら、彼には計りかねる程出鱈目な強さなのだ。

アドルが更にその上を行くと聞かされても、アインにはピンとこない。


「どう見ても、彼は普通の兄ちゃんっぽく見えるからなぁ」


アインの横で、レスハーがアドルは普通の人間にしか見えないという。


今目の前で戦っている二人からは、強者としてのオーラがハッキリと彼には感じ取れていた。

とんでもない化け物だという確信。

だがアドルからは、そう言った物が一切感じられないのだ。


その事がレスハーには不思議に思えて仕方なかった。

あるいは担がれているのではと言う思いすらある。


「まあ見た目や雰囲気は確かにそうだけど、本気を出したら出鱈目に強いよ。アドルは。あいつの本気を見たら腰抜かす――いや、ビビッてお漏らしするかもな」


二人の反応にドギァはニヤリと笑って返す。

実際、アドルが全力を出した時の強さは別次元レベルだ。

それ以外の面子全員でかかったとしても、勝ち目は薄い程に。


「言ってくれるぜ。けど、そんな出鱈目揃いだからこそか……あの化け物を倒してダンジョンクリアしたってのも頷けるな」


「確かに」


アインとレスハーが笑う。

自分達の想像もつかない強さを持つ存在。

最強を目指していたパーティーの一員だった彼らにとって、平時ならば畏怖や嫉妬へと繋がる物だっただろう。


――だが現状では違う。


アドルの持つ途方もない力。

それは滅びに抗うだけの力を持たない彼らにとって、未来に繋がる希望となっている。


「ドギァ、邪神討伐頑張ってくれよ。折角生き返らせて貰ったばっかりだってのに、またすぐ死ぬ事になったら笑えないぜ」


「分かってるさ」


「俺達も加勢したい所ではあるけど……仮に女神様の塔に入れても、この実力差じゃ足手纏いにしかならないだろうしなぁ」


「せめて、ダンジョンが生きてりゃな」


深淵の洞窟ディープダンジョンの在った場所は、女神の塔へと変わってしまっている。

更にそれ以外のダンジョンからも、魔物は完全に姿を消していた。

そのため、一部称号クラススキル持ち以外はレベル上げがほぼ不可能な状態となっている。


邪神討伐に当たって救世の剣セイバーの面々がダンジョンへは向かわず、ホームで訓練を行っているのはそのためだった。


「何言ってんだ。俺達が多少レベル上げしたって、誤差だっての」


「それもそうか。全く……情けねぇ話だ。元王国最強パーティーのメンバーだってのに、今や完全に人任せなんだからよ。ほんっと、頼むぜドギァ」


ほんの少し前まで、女神の天秤はダンジョン攻略の最前線にいた。

だが壊滅して蘇らせて貰ってみれば、世界の命運をかけた戦いにおける戦力外だ。

アインの口調は軽い物だったが、その実、心情は自らの不甲斐なさで穏やかではなかった。


「安心しな。邪神は必ず倒す。リリアも大丈夫だって太鼓判を押してくれてるしね。きっと上手く行くさ」


ドギァがドンと自身気に胸を叩く。

その様子を見て、レスハーが少し不思議そうにする。


「リリアって、フィーナの作った人形だよな?ドギァはその子の事を、随分と信頼してるんだな」


「それだけの物を、リリアには見せつけられてきたからね。例え相手が邪神だろうと、あの子が出来るつったら出来る。少なくとも私はそう確信してるよ」


リリアがフィーナの祈りによって強力な力を得ているという事は、レスハーも当然知っている。

だが、事は邪神が相手だ。

いくら強力な能力を持っていたとしても、その結末がどうなるかなどなど誰にも分からない。


にも拘らず、ドギァが強がりや誇張抜きで心の底から勝利を信じているさまに、まるで崇拝の様だとレスハーは感じてしまう。


「大絶賛だな」


「性格と口には少々難があるけどね――っとぉ」


ドーンと言う爆発音と共に周囲の空気がびりびりと震え、話をしていたドギァ達の体が強風に煽られる。

ガートゥの姿が美しい女性に代わっており、レアの全身からはオーラが立ち上っていた。

衝撃波は二人の攻撃がぶつかって生まれた物だ。


「どうやら、本気の勝負に移ったみたいだねぇ」


本気を出したガートゥとレア。

その圧倒的なまでの力のぶつかり合いに、アインとレスハーが絶句した。


そして「これより上のアドルって本当に人間なのか?」そんな疑問が二人の顔にはありありと浮かんでいる。


「「本当に別次元だな」」


アインとレスハーは自然とそうハモらせた。

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