第16話 幸運

「この勝負、私の勝ちみたいね」


何処からともなく、勝ち誇った女の声が響いてくる。

態々話しかけてくるあたり、余程嬉しくて仕方がないのだろう。


「それも誰かさんのズルのお陰でね」


まったく、勘に触る女だ……


まあ調子に乗るのも無理はないだろう。

俺の打った手は完全に裏目に出ている。

そしてそれは、女神に大きく利する事となっていた。


本来【邪神グヴェル加護のろい】は、対女神用に授けた物だ。

あれには神と敵対する時、その相手を倒すためのスキル【神殺しチートスレイヤー】を生成する効果を持たせてあった。


女神が復活すれば、確実にアドル達と敵対する――皇帝に与えたのはオマケで、アドルの方が本命――事になると予想し、その力を与えたわけだが……


――そこに大きな誤算が生じてしまう。


アドルの中の【邪神グヴェル加護のろい】が、皇帝が使った力に反応して発動してしまったのだ。

皇帝が女神から授けられた力は、所詮切れ端に過ぎない。

そんなゴミに対抗して生成された【神殺しチートスレイヤー】は、本来想定していたよりも遥かに小さな力となってしまっていた。


当然そんな力では、女神を倒す事など夢のまた夢だ。


それに発動したタイミングも悪かった。

クリア前にアドルがスキルを手に入れたせいで、本来激闘になると思われたダンジョン攻略が死者が0で終わってしまっている。


本来の力を発揮できないとはいえ、【神殺しチートスレイヤー】は対神用の力だ。

邪神――月にいるのは俺の欠片――もあっさり倒されてしてしまう可能性が高い。


ゲームをクリアされた後の対策だったというのに、まさかそれがクリアに貢献してしまうとはな……我ながら間抜け極まりない話だ。


女神ンディアが御機嫌なのも当然である。


「あらあら、何も言い返してこないのね」


奴の姿はここにない。

今人間の女を体を乗っ取っているからだ。

だが姿が見えなくとも、あの女の勝ち誇った顔は容易に想像できた。


「ふふ、まあいいわ。人間ごっこで忙しいから、私はこれで失礼させて貰うとするわ」


もし俺が約束を反故にしたら、あの女神はどんな顔をするだろうか?


さぞ面白い反応が返って来る事だろう。

だがゲームは絶対だ。

報酬を踏み倒すなど、俺のプライドが許さない。


「それに、まだ負けと決まった訳ではない」


皇帝エタ……エ太郎だったか?が、女神と対立する可能性は限りなく0に近い。

かなり残念オツムをしている様なので、良い様にコントロールされるのは目に見えていた。

期待するだけ無駄だだろう。


――勝ち筋が残っているとすれば、それは邪神討伐報酬ラストドロップによる物だ。


「超レアの邪神鋼が手に入れば、僅かながらも勝ちの芽はある」


ゲーム的に言うのならば、本来ラスボスにドロップなどは必要ない。

態々用意したのは、面白そうなら裏ボスを作って遊ぼうと思っていたからだ。


まあ長く生きて情熱が枯れつつある今、それを用意するつもりは更々なかったが……奇しくも今回のゲームにおいては、それをンディアが勝手に担当する事になるだろう。


「超レアのドロップ自体は確定している」


アドルは【超幸運】を習得しているので、邪神鋼が出るかどうかは気にする必要は無いだろう。


問題は――


「それで武器が作れるかどうかだ」


邪神鋼は名称からも分かる通り、金属である。

そのままでは使えず、真価を発揮させるためにはある物を捧げて加工を施す必要があった。

更に、当然の事だが加工には手間と時間がかかる。


そのチャンスを得られるかどうか……そこが最重要ポイントとなるだろう。


「あの傲慢な女の事だ。復活に浮かれ、俺が用意したドロップを軽んじる可能性はある」


女神はゲームクリア後に手に入る様なアイテムには興味が無かったため、俺が用意したこの手のアイテムの子細は把握していなかった。


邪神鋼で武器を作られても問題ない。

そう判断し、あの女がアドル達相手に舐めプをかましてくれれば……


「さて、どうなるか……まあここはアドルの持つ【幸運】にでも期待するとしよう」


スキルである【幸運】系には、ドロップ率に影響する以外の隠し効果がある。

一つはドロップ率の揺れ戻し。

そしてもう一つは自身に訪れた理不尽な不幸の分、幸福が訪れるという物だった。


――ンディアがアドルに目を付け、自らの持ち駒に得んだのもこのスキルの効果に目を付けたからに他ならない。


神の持つ圧倒的な理不尽に蹂躙されるか。

それとも、アドルの【幸運】がその足を掬うのか。


「もしアドルが勝利を勝ち取ったなら、その時は奴の願いを叶える特別な褒美をやるとしよう」


本来なら用意した試練ゲームをクリアしたからといって、そこまでのサービスはしない。

だが俺の負けを帳消しにしてくれるのならば、多少色を付けてやっても罰は当たらないだろう。


「ふ、それすらも【幸運】の効果なのやもしれんな」


そう呟き、俺は眠る様に瞳を閉じた。

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