第15話 赤き月

「ひゅーひゅー、お熱いねぇ」


暫くフィーナと抱き合っていると、思いっきり周りから揶揄われてしまう。

俺は恥ずかしくなってフィーナから慌てて離れた。


「レスハー!」


「あいたぁ!?」


ドギァさんが青毛の青年の頭にゲンコツを落とす。


「ぷっ。馬鹿は死ななきゃ治らないって言うけど、死んでもお前の馬鹿は治らなかったみたいだな!」


「なんだとアイン!」


レスハーと呼ばれた人と、アインという青年が取っ組み合いを初める。

生き返ったばかりだというのに、元気な人達だ。


「しかしまるで夢の様だよ。まさかレア達がダンジョンボスを倒して、俺達を生き返らせてくれるなんてな」


「全てアドル達のお陰さ」


「そうか、彼らには感謝してもしきれないな」


大柄な男性が此方へとやって来て、俺に握手を求める。


「俺の名はダストン。この借りは必ず返す事を誓う。ありがとう」


「ああ、いや――」


「恩返しに、これからの人生は奴隷の如くマスターの為に奉仕して下さいねぇ」


リリアのブラックジョークにダストンさんが固まった。

こいつは初対面の相手でも容赦がなくて困る。

いきなりきついのを捻じ込んで来るのは止めて欲しい所だ。


「この子ってひょっとして……」


「ああ、フィーナが作っていた聖少女人形ヒロイン・ドールさ」


ドギァさんがリリアの事を説明し、その頭に手を置こうとして空振りする


「超高級品なので、気安く触らないで貰えますかぁ?」


「なんつうか……強烈だな。本当にフィーナが作ったのか」


そう思うのも無理はない。

製作者であるフィーナとは似ても似つかない――見た目はともかく――からな。


「多分。祈りを使った影響なんだと思うの」


「祈り?」


「うん。願いを奇跡に変えて、物質に付与する特殊なスキルよ。一度っきりしか使えない上に、リリアに使うつもりだったから皆には習得した事を伝えてなかったの。ごめんなさい」


ずっと気になってはいた。

リリアが何故ここまで優秀なのか、と。

どうやらそれはフィーナの使った特殊なスキルによる物だった様だ。


「謝る必要は無いよ。リリアはパーティーの中核を担ってくれてたからね。大金星だ」


「ああ、その通りだ」


すまなさそうにするフィーナの肩に、レアとドギァさんが笑顔で手を置いた。


彼女達の言う通りだ。

リリアが居なければ、俺はきっとここまで辿り着けていなかっただろう。

正に大金星だ。


「ん?」


今、地面が揺れたような……


「なんだ?」


「おいおい地震か!?」


気のせいではなかった。

足元が揺れる。

しかもその揺れはだんだんと大きくなっていく。


≪エネルギー供給が止まったため、封印の維持機能が完全に停止しました≫


突然女性の声が、空間内に響いく。


「敵か!?」


急な地震に謎の女の声。

俺はそれを敵襲と判断し、武器を構えて周囲の様子を伺う。

だがその姿はどこにも見当たらない。


「レア!探索を!」


「分かっている。だが【広域探索エリアサーチ】には何も反応がない」


周囲に反応が無い?

じゃあ魔物じゃないのか?

だったら一体何が?


≪速やかに、女神ンディアの塔の起動フェーズに移行します≫


何が起きているのか分からず混乱する中、再び女性の声が響いた。

俺には何を言っているのか全く理解できない。


だが――


女神ンディアの塔!?」


セイヤさんが、女神の塔と言う言葉に大きく反応する。

冷静な彼女が大声を上げるのは珍しい事だ。


≪ダンジョン消滅に伴い、内部の全生命体を排出します≫


「ダンジョン消滅!?」


謎の女性の声はダンジョンが消滅すると言っている。

それが事実なら大変な事になる。


俺は【収納ストック】から転移の羽を取り出そうとするが――


「なんだ!?」


「これは!」


ダンジョンの床が光り輝く。

それは魔法陣の様な文様を描き、次の瞬間俺の視界が暗転した。


「ここは……ダンジョンの外か?」


はるか遠くにダンジョンの入り口――ちょっとした砦の様な建物――が見えた。

どうやら外に放り出されたらしい。


周囲には皆や、女神の天秤のメンバーもいる。

更に周囲に光の柱が何本も立ち、その中から冒険者と思しき人間がどんどん姿を現わす。


「なんだ!?」


「どうなってるんだ!?」


恐らく深淵の洞窟ディープダンジョンを探索していた冒険者達だろう。


……排出と言っていたのはこの事か。


ダンジョン内で感じた振動は、外に出ても続いていた。

女性の言っていたダンジョン消滅が原因なのだろうか?


だが――今はそれ以上に気になる事があった。


時間的にまだ昼過ぎの筈だというのに、辺りがまるで夜の様に暗いのだ。


そして頭上には――


「月が……」


女神によって邪神が封印されている赤き月。

それが今までに見た事のない程紅く、まるで鮮血の様に怪しく夜空で輝いていた。


これはまるで邪神が……


嫌な想像に背筋が寒くなる。


「アドル……」


フィーナも同じ事を考えたのだろう、不安げな顔で俺にしがみ付いて来た


「フィーナは俺が守る」


「ありがとう。アドル」


そう、何が起ころうと俺は彼女を守って見せる。

例え何が起ころうとも。


「うわっ!?」


揺れがひときわ大きくなる。

そして轟音と共に、遠くに見えた砦が豪快に吹き飛び、白く輝く巨大な何かが飛び出した。

それは真っすぐに上に伸びていく。

まるで空に輝く赤い月をを目指しているかの様に。


「天の月が紅く染まる時、女神の塔が英雄達を聖戦へと導かん……」


セイヤさんが空を見上げ呟く。


「教会の神聖書にある一説です」


「それって……」


「女神の塔の出現。それは――」


それは邪神の復活を意味する物だと、そう彼女は言葉を続けた。

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