第8話 開幕

「あれが……」


ダンジョン南部最奥に位置する巨大な空間。

その中央に4つ目の、赤い巨体のドラゴンが静かに佇んでいた。


ダンジョンボス――邪神の影グヴェル・シャドー


女神の天秤を壊滅させ、フィーナを殺したダンジョンの主だ。

奴には俺達の姿を見て、ニヤリと口の端を歪めた。


「覚えているぞ?あの時の生き残りだな――死んだ仲間を生き返らせるために戻って来るなんて、本当にばかだねぇ」


最初は響くような重々しかったドラゴンの声が、突然その巨体に不釣り合いな甲高い声に変わる。

それに合わせて、口調事態もまるで幼い子供の様な物に変化した。


「皆の体はどこだ!」


レアが一歩前に出る。

それは最初に確認し置く必要のある重要事項だった。

何故なら、俺達はフィーナ達を救うためにここに来たのだ。


「はははは、僕はちゃんと約束は守るさ。ほら」


奴の4つの目が赤く光る。

頭上から急に強烈な光が差し、俺は上を見上げた。

するとドーム型の空間の頂上部分から、光る玉がゆっくりと姿を現わした。


その中には人の姿が漂っており――


「「フィーナ!」」


俺とレアの声がハモる。


光の玉の中には、確かにフィーナの姿があった。

ダンジョンボスはちゃんと約束を守っていた様だ。

一番心配だった懸念点が解消され、俺はほっと胸を撫で下ろす。


……フィーナ、待っててくれ。


「良かった。全員揃ってるな」


ドギァさんがそう呟く。

フィーナに気を取られてしまっていたが、数えると確かに中には9人分の姿があった。


彼女にとって、そこにいる人間は全てが大事な仲間達だ。

その安否――死んでいるので少し違うが――が確認出来て、ほっとしているように見える。


――とは言え、俺も彼女も喜ぶにはまだ早い。


目の前の化け物を倒さなければ、フィーナ達は救えないのだから。


「ふふふ、安心したかい?もちろん龍玉の話も本当だよ。それを使えば全員生き返らせル事が出来る。まあ僕を――僕達を倒せればの話ではあるけどね」


巨大な赤い竜の体に、突然亀裂が走る。

そのまま肉体は弾け、周囲に肉片が飛び散った。


――いや、肉片ではない。


それは一つ一つが4つの目を持つ、小さな赤毛の四足獣だった。

レアの話を聞く限り、こいつら一匹一匹がレベル500のモンスターだ。


今の俺達なら、レベル500のモンスターでも大した脅威ではない。

問題はその数だった。


視線で相手を素早く数える。

その総数は101匹だ。


此方はガートゥやベリーを含めても8人相当。

一対一でなら負けない相手でも、流石に一人で十匹以上を担当するとなれば話は変わって来る。

恐らく普通にやったのでは、勝ち目はないだろう。


「ご心配なく。龍玉はちゃんと頂きますから。では――絶対障壁アブソリュート・フィールド


リリアが魔法を発動させる。

魔法陣が立体的に広がり、青い皮膜の様な光が空間全体を覆いつくす。


「へぇ……転移を阻害するタイプの結界かい」


「転移で飛ばれると面倒くさいので。封じさせて貰いました」


ダンジョンボスが転移を使うのは、レアの話から分かっている。

数で勝る彼らに、転移で好き放題動かれたのでは戦いにならないからな。

真っ先に封じさせて貰った。


まあこの結界は俺の持つ転移の羽の効果も阻害してしまう訳だが、逃げ出すつもり等更々ないので全く問題ない。

勝てばいいだけだ。


「ははは。その程度で僕達に勝てるかな?」


「勝つさ。同じ轍を踏むつもりはない」


ダンジョンボスの馬鹿にした様な言葉に、レアがハッキリと答える。

彼女も俺と同じく、負ける事を考えてなどいない。


勝って大事な者を取り戻す。

俺達はその為にここに来たのだ。


「そうかい?じゃあ君達の自信のほど、見せて貰おうかな」


そう言うと同時に、分裂したダンジョンボスが此方へと一斉に殺到する。

数で一気に押しつぶす気なのだろう。


――ありがたい。


普通に戦ったのでは此方に勝ち目は薄い。

だから最初に強烈なのを一発食らわせるつもりだった。


そこに態々突っ込んできてくれるのだ。

小躍りしたい気分だ。


「マスター!」


「分かってる!」


スキルを発動させる。


神殺しチート・スレイヤーを。


それも封印無しの全開だ。


発動と同時に体の内から圧倒的な力が湧き上がり、同時に全てを破壊したくなる衝動が俺の内側を満たす。

俺はそれを抑え込み、剣を構えた。


そして放つ――


「マジック!フルバースト!」


目前にまで迫ったダンジョンボス達に、渾身一撃を。

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