第4話 信仰

自分の聖女としての運命を信じている。

そう私はドギァさんに言いきった。


――正直、不安がないのかと言えば嘘になる。


だが聖女である私は、常に毅然とした態度でなければならない。

他者に自らの不安をみせるなど論外だ。


そして失敗も許されない。

ダンジョンを攻略し、邪神を討つと教会に宣言している以上、何があろうとも私はそれを実行しなければならないのだ。


――そのためには、アドルを切り捨てるのが理想的だった。


確かに彼の力は強力である。

だが頼りにするには余りにも不安定であり、何よりも、残された時間が少なすぎるのだ。


だから彼を切りすて、他のメンバーで年単位の時間をかけて万全の状態で挑む。

それが現状におけるベストの選択肢と言って間違いない。


だが、それが出来ないからこそ私は困っていた。

私はともかく、他の者達は決してその選択肢を良しとはしないだろう。


レアやドギァは、彼女達の死んだ仲間を救うために命を賭けてくれようとしているアドルを見捨てる事はない。

テッラも強力な金属の提供に強い恩義を感じており、それを返す為なら自らの死をもいとわない感じだ。

そしてベリーも私に懐いてくれてはいるが、主であるアドルを見捨てるとは到底思えなかった。


それに何より――女神の使いでありリリアが、彼を救う事を望んでいるのだ。


それは言ってしまえば、女神の意志である。

聖女である私がそれに表立って反旗を翻す訳にはいかなかった。


――まあ私自身は、女神ンディアの事を毛ほども敬ってはいないが。


聖女である私は、女神の事が記された書物には全て目を通している。

だがそのどれもが眉唾物の内容ばかりだった。

恐らく教会が女神の神聖性を上げるために、大仰な話を書き記したのだろう。


ユニークスキル【聖女】を持つ私には、女神の力を感じ取る力がある。

そのため、女神が本当に存在していること自体は疑っていない。

だが、実際にはどんな存在かも分からない物を敬えるほど、私はめでたい思考をしていないのだ。


私が女神を信奉するのは、それが聖女のあるべき姿だからに過ぎない。

所詮、表面的な物だ。


私が心から信奉する物――それは聖女そのものだった。


人々から敬われ、愛され、信頼される聖なる巫女。

かつて私の憧れた姿。

そう、聖女こそが私の信仰する神なのだ。


――私は至高の聖女になる。


それを邪魔する者は、誰だろうと容赦しない。

例えそれが、聖女の仕えるべき女神であろうともだ。


「なんとか、彼と二人で話をする機会があればいいんですけど」


女神像の前に跪きながら呟く。

無謀なチャレンジを潰す作戦として、私はアドルにもし駄目そうなら自害する様頼むつもりだった。

勿論、その後に万全を期してフィーナを救うという約束をしてだ。


それがみんなの幸せに繋がる。

そう説得すれば優しい彼の事だ、きっと皆の為に生きる事を諦めてくれる筈だ。

他の者達も、彼が自ら命を絶ったのならば諦めてくれるだろう。


我ながら良い作戦だと思う。

だが――


「問題は彼女リリアをどうするか」


そんな話を、彼女が許してくれる筈もない。

妨害されるのは目に見えていた。

まあそれ以前に、私がそれを話したと知られれば、それ以降彼女の協力を得るのが難しくなるだろう。


堅実なダンジョン攻略のためには、それは避けたい所だ。


「何とかリリアさんの目を避けて……」


リリアは常にアドルの傍にいる。

彼女を何とかして引きはがさないと――


「私の目を避けて、どうするつもりなんですか?」


気配は一切感じなかった。

なのに急に背後から声をかけられ、背筋に寒気が走る。


聖女である私の背後を取るなんて、全くとんでもない人形だ。


「リリアさんがここへやって来るなんて、珍しいですね」


動揺を悟られない様、平静を装い立ち上がって振り返る。

油断大敵とはよく言った物だ。

声に出してしまった自分の迂闊さを呪いつつも、何とか言い逃れする方法を考える。


「おやぁ。私の質問には答えられませんか?」


「アドルさんは素敵な方なので、ダンジョン攻略が終えたら彼にデートを申し込もうと思ってまして。でも、リリアさんはそれを許してくれませんよね?だからどうやって目を盗もうかと思って」


「そうなんですか?私はてっきりマスターに、自害でも求めるつもりかと思いましたよぉ」


心の内を見透かされ、表情が固まりそうになった。

だが私はそれをぐっと堪え、笑顔のままそれを否定する。


「まさか。聖女である私が人に死ねだなんて言う訳がありませんよ」


「そうですよねぇ。私としても貴方は使えるんで排除したくはありませんので、そうであってくれる事を祈るばかりです」


彼女は口の端を上げて笑ってはいたが、その目は冷たい物だった。

もし私がアドルに余計な事を吹き込めば、彼女は本気で私を潰しにかかって来るだろう。


――世の中、中々上手く行かない物だ。


疑われてしまった以上、もう彼に自害を進める手は使えないだろう。


「肝に命じておきます」


こうなると、リリアの言うメンタルポーションの効果と、アドルの努力に期待するしかない。

聖女である私が運や他人頼りというのはもどかしい事ではあるが、仕方がないだろう。


ドギァさんに言った言葉ではないが、自分の――自分達の運命を信じるしかない様だ。

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